NATOの対セルビア1999年戦争の本音目的
- 2011年 3月 9日
- スタディルーム
- NATOのセルビア大空襲岩田昌征
中東北阿の雲行きが怪しい。2003年に米軍の対イラク武力侵攻がなかったならば、フセイン政権は、チュニジアとエジプトのように民衆運動で打倒されたのか、リビアのカダフィ大佐の道をたどるのか、それとも、安定性を誇示しているのか、こんな事を考えさせる今日である。
ところで、1999年3月24日に開始されたNATOの78日間にわたる対セルビア大空爆は、今の所ヨーロッパにおける最後の戦争であった。しかしながら、このNATOが仕掛けた戦争の、建前のではなく本音の目的が何であったかと言う問は、市民的知識人社会で殆ど議論されていないようだ。ヨーロッパの保守派・右派によって「あれは左派のやった戦争だ」と言われるくらいに、北米・西欧・日本の中道左派的市民社会がマスメディアを通して主導ないし支援した戦争であったから、同じく国連安保理抜きであっても、右派政治家主導で断行されたイラク戦争に比較して、良識的市民社会は、歯切れ良く議論できないのであろう。ここに、ポーランドのヤギイェロンスキ大学教授マレク・ヴァルデンベルグ著『ユーゴスラヴィア解体 ユーゴスラヴィアの鏡に写された国際政治』(スホラル社、ワルシャワ、2005年)がある。500ページ強の大著で1991年から2004年までの旧ユーゴスラヴィア解体プロセスを克明に描写しており、アメリカ、ヨーロッパそしてポーランドにおける主流的見解、すなわちユーゴスラヴィアの悲劇の主要責任をセルビア人とミロシェヴィチ大統領に押し付ける論潮を論破している。ユーゴスラヴィア内外の多原因と多責任を強調する点で、私、岩田がこのテーマで発表した4冊の本と軌を一にしている。欧米の少数派批判的論者が推定する、アメリカ・クリントン政権やドイツ赤緑政権が実行した「左派の戦争」の本音の目的に関してヴァルデンベルグは、以下のように整理している。要約紹介しよう。
1 西側諸国が1998年以来行って来た対セルビア脅迫外交の面子を保つ。言葉だけではないよ、
を実証する。
2 空爆は短期数日で終了すると最初考えられており、最新兵器の実戦テストと唯空軍主義戦争
構想の実戦テストを行なう。
3 武力介入の電撃的効果を示し、NATOの性格変更を決定的に実証する。
4 いわゆる「人道的介入」は安保理承認なしで効率的に勝利を得て、国連、特に安保理の役割
を削減する。
5 人権が主権に優越するという主張、「人道的介入」の先例と論拠を提供する。
6 西ヨーロッパのアメリカへの従属性・依存性を強化する。
7 セルビアに武力的教訓を有効に与えることによって、アメリカは明瞭に公表したアメリカの意思にさからうことを許さないと頑固に抵抗する国々に見せつける。
8 セルビアを軍事的に弱体化することで、ロシアの影響力をバルカン半島から排除し、ヨーロッパにおいてロシアの発言力が如何に小さいかをロシアに見せつける。
9 コソヴォ・アルバニア人の側に立って、コソヴォ解放軍を支援し、(コソヴォにクリントンの銅像が立った:岩田)そのことでイスラム世界におけるアメリカのイメージを改善する。
10 BiHからアルバニアに至るアメリカ依存のイスラム・ベルトを創り、イスラム原理主義への対抗力とする。
11 コーサス、黒海、中央アジアにおける戦略的・経済的利害とトルコにおけるイスラム原理主義勢力勝利の危険性とを考慮して、コソヴォに軍事基地を創り、BiHに続くNATO保護国を設立する。
12 クリントン大統領のセックス・スキャンダルをおおいかくし、彼が決断力ある大政治家であることを示す(pp.360-361)。
ヴァルデンベルグは、空爆終了後数年間の事態の推移を見ると、上記の諸推定の大部分が誤りではなかった、と結論している。私、岩田もそう考える。すくなくとも、建前の「人道的介入」よりも現地の事態を説明できる。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔study386:110309〕
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