動き出した新政権の挑戦 脱原発宣言
- 2017年 6月 28日
- 評論・紹介・意見
- 原発小原 紘韓国
韓国通信 N0527
6月19日、釜山市機張郡(キチャン)の古里原発1号機の廃炉式に出席した文在寅大統領が、原発に依存したこれまでのエネルギー政策を転換し、「脱原発」を宣言した。日本政府と「原発ムラ」の人たちには衝撃的、原発に不安を募らせる人には目が覚めるようなビッグニュースだ。
「韓国に越された」「原発の再稼働なんて信じられない」と友人たちは口を揃えた。
原発事故の原因究明も責任追及もせず、次々と原発を再稼動させる日本政府のいいかげんさが改めて浮き彫りになった。韓国の新政権はセウォル号沈没事故の真相究明と責任を徹底追及すると言明している。この違いは決定的だ。日本がやるべきことは「事故の処理」「脱原発」だ。それができないなら「オリンピックは返上」という声まであがる。
台湾も韓国も福島の原発事故を教訓にした。日本は「認知症国家」といわれても仕方ない。
<子孫のために>
「脱原発は逆らうことのできない時代の流れ。数万年この地で生きていく私たちの子孫のために、今始めなければならない」と語った大統領の言葉を「人気取り」と批判するむきもあるが、冷静さを装った負け惜しみに聞こえる。原発推進勢力にとって衝撃的なことに変わりはない。
早速、韓国の保守系新聞「朝鮮日報」が原発推進の立場から反論した。日本は「エネルギーの自給率が低下したため、6日に高浜原発を再稼働させた」と指摘、代替エネルギーへの懸念を表明した。原発がなくても「電気は足りている」という日本の現実を無視した原発擁護の理屈である。「原発はコストが安い」「原発は環境にやさしい」などと、わが国ではすでに破たんした理屈だ。原発事故を起こしてもなお原発に固執し続ける日本を「見習え」といわんばかりである。
<経済優先からの脱却>
「脱原発宣言」は経済優先からの転換をはかろうとする新政権のスタートにふさわしい選択である。「脱原発宣言」からは、非正規雇用の増大(所得格差)、少子高齢化、福祉の後退、人権軽視、環境破壊の解消を目指す政権の強いメッセージが伝わってくる。
<従来の日米韓の枠組みを超える>
「脱原発」だけではない。新政権が韓半島の平和に積極的に動き出しているのが注目される。前政権の軌道修正に慎重姿勢を見せながら、対決より外交・話し合いを優先させようとしている。
北朝鮮に対する「憎悪」がこれまでの日米韓政府に共通する東アジア戦略の核心とするなら、韓国の変化によって日米は戦略の見直しを余儀なくされる。特に北朝鮮を政権維持のために「利用」してきた安倍政権にとって痛手になる。ミサイル発射のたびに支持率が上がる安倍政権は異常ではないか。朝日新聞は社説(6/13)で、韓国政府に対して「外交の基軸は、自由と民主主義の価値を共有する米国と日本との連携におく姿勢を忘れずにいてもらいたい」と注文をつけた。韓半島の安定を望みつつ従来の枠組みの踏襲を求めた。
日韓両国がアメリカへの従属から解き放たれてこそ、朝鮮半島と東アジアの平和が近づくという視点が見られない。日米韓の連携を気安く言うべきではない。トランプと安倍に付き合ってはいられないという韓国の人たちに思いをはせた。
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