悲劇の朝鮮最後の王女 徳恵翁主(トッケオンジュ)の生涯
- 2017年 7月 10日
- カルチャー
- 小原 紘徳恵翁主日韓併合韓国
韓国通信NO528
昨年、大邱(テグ)で買った小説『徳恵翁主』を読んだ。小説は7年前に発行され、韓国内で大きな反響を呼び起こし、ベストセラーになった。昨年映画化(監督 ホ・ジノ 出演 ソン・イェジン)され、約500万人が映画を見て、一躍、徳恵翁主は「時の人」となった。
昨年夏、友人夫妻と対馬の厳原の万松院にある対馬藩37代当主、宗武志と徳恵の結婚記念碑(下の写真)を偶然見つけ、さらに年末には娘と行ったソウルの昌徳宮で徳恵翁主の住まいを見学した因縁もあり、400ページを越す長編小説に辞書と首っきりで格闘した。一日数ページの読書では筋がわからなくなるのが心配だったが、展開がドラマチックなので楽しみながら読み通せた。
徳恵翁主(1912~1989)は大韓帝国皇帝高宗(コジョン)の娘である。翁主とは側室の子どもに付けられる称号である。高宗の息子李垠(英信王)の妻となった日本人の梨本宮方子 (なしもとのみやまさこ:李方子)は比較的知られているが、徳恵のことは余り知られていない。韓国も事情は同じようで、今回、小説と映画をとおして彼女は有名人になった。
李方子は敗戦後、韓国人の妻として日本国籍を喪失、1963年に夫とともに韓国へ「帰国」した。生涯、夫の祖国を自分の「祖国」として生き、福祉活動に献身したことは韓国でも広く知られている。昭和天皇の妃候補だった方子の結婚は「内鮮一体」を目的とした政略結婚だったが、徳恵の場合も同じ政略結婚ながら併合された国の王女だったため人質的色彩が強かった。
高宗は李朝の創始者李成桂から数えて李朝26代国王である。「日韓併合」に抵抗したため、1907年に退位させられ、息子の純宗(スンジョン)に皇帝の地位を譲った。高宗の夫人は虐殺された明成皇后、閔妃(ミンピ)である。失意にあった高宗は末娘の徳恵の行く末を心配して、侍従職の養子を婿にすることを決めたが、急死してしまう(1919)。人一倍気位が高く利発だった徳恵は文学少女に成長するが、12歳(1925)の時、不本意な日本留学を求められ、やむなく学習院に入学する。
小説では母親がいる祖国朝鮮への思いと亡国の王女として辛い毎日が随所で語られる。東京に住む異母兄である英信王夫妻と朝鮮から連れて来た侍女ポクスンが心の支えだったが、やがて精神に異常をきたし始める。徳恵20才、対馬宗家の当主、宗武志(そうたけゆき)伯爵と結婚。拉致同然の日本行きと政略結婚に心はさらに傷つき、東京にいる留学生たちによる「徳恵奪還計画」に期待するが失敗に終わる。夫の武志は「亡国の王女」が心を開くことを優しく見守るが、娘(正恵)を出産してから徳恵の精神状態はますます悪化、東京の松沢病院(精神病院)に入院。娘正恵も両親の民族と地位の違いに悩み自殺するという不幸に見舞われる。終戦後、武志と離婚、小説では韓国人青年たちの手引きによって脱走するようにして祖国へ帰る。
小説のあらすじを追ったが、いたいけな徳恵が日韓併合という歴史の渦に巻き込まれて悲劇的な人生を送ったことに多くの韓国人が血涙をしぼった。宗武志は包容力のある知性溢れる愛妻家として描かれ、事実そうだったようだが、徳恵の祖国に対する思いがそれに勝(まさ)り、愛を受けいけることはなかった。つまり併合による悲劇が彼女の人生の不幸のすべてとして語られる。
小説と映画をつうじて多くの韓国人に歴史に翻弄された少女の人生の不幸と悲劇を再認識させたようだ。それが「徳恵ブーム」となった。(写真/対馬訪問/左/宗武志 右/徳恵)
歴史小説である。日本では「事実と違う」、「誇張され過ぎ」といった批判が生まれそうだ。わが国でも歴史上の人物が小説にとりあげられることは多いが、事実について細かく詮索して批判することはあまりしない。日本とのかかわりが多いだけに、「小説」であることを忘れて批判するのは読み方としては感心できない。彼女の人生を描けば苦悩の背景に日韓併合があるのは当然で、過去の侵略の歴史を認めたくない人には面白くないかも知れない。「過去は水に流して」は被害者が語る言葉であり加害者が語る言葉ではない。過去を忘れて「未来志向」というわが国の一般的な風潮からすれば「反日的」な小説であり、映画なのかも知れない。大筋から外れたところで、この小説には従軍慰安婦が登場する。韓国人には徳恵は従軍慰安婦と切り離せないものと受け止められたはずだ。
しかし日本人としては、小説を読み、映画を見て多くの韓国人が何故怒りを新たにし、涙したのか真摯に向きあう必要がある。「反日映画」と片づけられ日本での上映が危ぶまれるが(注)、韓国人の涙を「反日」だとみなして受け入れられないようでは、日韓の相互理解は遠くなるばかりだ。
読み終わって小説『徳恵翁主』が翻訳され出版されていることを知った。齊藤勇夫訳 かんよう出版 2592円。
(注)日本での上映が難しいと思っていたが6月24日から東京と大阪で『ラスト・プリンセス』というタイトルで上映が始まっていることを知った。うかつだった。
<オバカな日本政府、「文大統領発言」に抗議>
日本政府は文在寅大統領が演説の中で「福島原発で1368名が死亡、放射能の影響による死者やがん患者の発生数は把握さえ不可能」と語ったことに対して抗議したという。(6月26日付時事.com)
これは「原発で死んだ人はいません」「原発・放射能は安全」「印象操作はやめて」と言っているようなもの。抗議するなら死者の数は正確には何人なのか、甲状腺がんと放射能は関係がないと主張するならその根拠を明らかにすべきだ。「自宅に戻らないのは自己責任」とまで言いだした日本政府が韓国政府には子供だましのような理屈をつけて「抗議」した。恥ずかしくて言葉もない。
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