家庭用シュレッダーにみる貧困
- 2017年 8月 6日
- 交流の広場
- 藤澤豊
転職や引越しで、使いやすさから、つい新しい口座を開いてしまうことがある。海外に出れば、どうしても地元の銀行に口座を開かなければならない。金の出入りを分けるため、給与振込みの口座とは別にプライベートの口座も開く。それぞれの口座の入出金やクレジットカードの支払い記録は、万が一のときのために数年は捨てないでとっておくようにしていた。
何年もさかのぼって支払い記録を探すことはめったにないが、それでも買ったものの延長保障期間の確認や新たに買うものと価格の違いをチェックしなければというとき、残しておいてよかったと思うことがある。
還暦もとうに過ぎて子供も巣立ったことから、もうちょっと狭い部屋に引っ越すことにした。溜まった家財や本や雑多なものを処分し始めて驚いた。ボストンから新浦安へ、新浦安から横浜への二回の引越しのとき、面倒だからとダンボール箱に入れたままにしていた銀行口座や支払いの記録が山のように出てきた。こんなにと思う量で、どう処分したものかと考えこんだ。誰が拾ったところで、何をどうするというものではないだろうが、それでも金の出入りの記録、そのまま捨てるのをためらった。
震災まで住んでいた新浦安で、家庭用シュレッダーを買って使っていた。手動式の横幅二十八センチたらずの小さなもので、保管しておくまでのこともない個人情報をシュレッダーにかけていた。ダンボール箱から支払い記録をだしては、シュレッダーにかけていった。ハンドルを回す手も疲れたがシュレッダーも疲れたのだろう、カッターの軸に嵌るハンドルが滑って使えなくなった。
手動式では疲れてしょうがない。どうせ買うのなら小型の電動式シュレッダーをと思って探した。Webで見ると、よさそうなシュレッダーがいくつも出てくるのだが、大きさや使い勝手は実物をみなければわからない。所用ででかけた日吉と横浜港北ニュータウンにある家電量販店とディスカウントストアを五軒回ったが、電動式のものは連続使用時間が二、三分で実用にならない。どれと決められなくて、またWebで適当なものがないか探してみた。
驚いたことに、十年前に新浦安で買ったもとの同じシュレッダーが見つかった。手動式で疲れるが、電動式でオーバーヒートを起こして温度が下がるのを待っているよりいいし、なにより安い。これでいいじゃないかとサイトを見ていった。
十年経って、まったく同じ製品、量販店とネット販売の価格を比べてみて驚いた。
1)新浦安駅前のショッピングセンター(十二年前)
1,480円+3%(消費税) = 1,525円
2) 横浜港北ニュータウンのディスカウントストア
1,480円+ 8%(消費税) =1,599円
3) アマゾンへの出展者(ネット販売)
1,080円(消費税込み)+540円(送料) = 1,620円
4) ビックカメラ(ネット販売)
1,080円(消費税込み)-108ポイント = 972円
送料無料
一番安いビックカメラのネット販売で購入した。無料で時間指定の宅配便で届けてくれる。量販店かディスカウントストアで買うには隣駅までの電車賃がかかるし、たいした大きさでも重さでもないが、持って帰ってこなければならない。消費者としての選択はビックカメラのネット販売以外には考えられない。
十二年前には千五百円近くだして、買ってもって帰ったものが、家にいながらにして千円以下で手に入る。消費者としてはありがたいが、シュレッダーを作って提供する側の人たちのことを考えると暗くなる。
シュレッダーは大雑把に言えば、二つの構成部品―樹脂製のボディと鋼製の切り刃のからなる。部品の生産から始まってシュレッダーとして消費者に提供されるまで、主な工程で関与する人たちはざっと次のようになる。
1)工作機械を使ってボディの金型を製造する人たち
2) 樹脂素材を購入して射出成形機を使ってボディを作る人たち
3)鋼材を購入して切り刃を作る人たち
4)2)でできたボディと3)でできた切り刃からシュレッダーに組み上げる人たち
5)シュレッダーを倉庫に保管し、注文に応じて出荷する人たち
6)倉庫から家電量販店の支店に、あるいは顧客に輸送する人たち
7)1)から6)までの業務を支える事務処理をする人たち
8)1)から6)までの支払いを処理する金融機関
中にはデータ転送の仲介に入っているだけで、商社のねむり口銭のようなところもあるだろうが、何をするにもコストがかかる。省力化が進められているにしても、いったいどれだけの人たちがどれほどの賃金で働いて、住まいに千円以下でシュレッダーが届くのか。
ネット販売が進めば、店舗を構えて店員を配置している企業は価格競争で不利になる。ビックカメラのように店舗とネット販売が社内競合することすら起きて、売り上げが減る。それが消費者にとってはいいことでも、働いている人たちの賃金低下から解雇につながる。
製造業が海外メーカとの価格競争で立ち行かなくなって、労働力が流通やサービス業に移行しているが、そこでもコスト競争にさらされて、勤労者の低所得化が進む。少子高齢化がすすむなか、ますます人々が貧しくなってゆく。たかが千円のシュレッダー、ひとつの例だろう。
消費者としての利益と勤労者としての利益が競合するが、多くの人たちが勤労者でもあり消費者でもある。個人の視点から社会に視点を移せば、同じひとつの社会層の中で利益が相反している。それは資本主義だからだという人たちもいるが、視点のごまかしにか聞こえない。どんな社会経済体制になってもシュレッダーにみる勤労者と消費者の利益相反は変わらない。貧しくならないですむ社会をと思うが、現在の社会のありようとその延長線しか思い浮かばない、考えられないからなのか。哲学の貧困?わからない。
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