青山森人の東チモールだより…新政権発足が延期される政治空白のなかで
- 2017年 9月 4日
- 評論・紹介・意見
青山森人の東チモールだより 第355号(2017年9月4日)
新政権発足が延期される政治空白のなかで
結局、新政権樹立は9月に入ってから
本来の日程ならば、7月の選挙で国会議員となる者たちのための宣誓式が8月21日(月)におこなわれ、その後すぐ新政権が正式に発足するはずでした。ところがFALINTIL(東チモール民族解放軍)の創設42周年記念日にあたる8月20日(日)、この選挙で第一党に返り咲き、連立政権樹立のための協議を主導するフレテリン(東チモール独立革命戦線)のマリ=ルカテリ書記長はこの日程を変更すると発表したのです。
『東チモールの声』(2017年8月21日)は、「第4期目の国会議員の宣誓式、延期」と見出しを付けた記事のなかで(*)、マリ=アルカテリ書記長によればその理由とは、CNRT(東チモール再建国民会議)の党首であるシャナナ=グズマン計画戦略投資相がチモール海の領海画定交渉のために海外出張をして不在であるため、シャナナCNRT党首に敬意を表して帰国をまって日程を延期するというものです。そしてPLP(大衆解放党)とKHUNTO(チモール国民統一強化)とすすめている連立政権の協議については、近日中に結果が出るので国民は辛抱してほしいと語ったと同紙は報じました。
(*)2002年から2007年に務めた国会議員を第1期目として、2007~2012年を2期目、2012~2017年を3期目、そしてこのたびの総選挙で選ばれた議員たちは第4期目の国会議員となる。また、日本でいう内閣改造がされるたびに、東チモールでは立憲政府の次数が繰り上がる。近日中に発足する新政権は第7次立憲政府となる。
『東チモールの声』(2017年8月21日)より。「第4期目の国会議員の宣誓式、延期」。
「政治カレンダーによれば21日の月曜日におこなわれる第4期国会議員の宣誓式は来週に延期された。なぜならシャナナ=グズマンが領海画定交渉のために海外にいるからである。マリ=アルカテリ書記長によると、国会議員の宣誓式の日程が変更されたのは、チモール海の資源にたいする主権のために闘っているシャナナ=グズマンに敬意を表したいからだという」。
何をおっしゃいますか、マリさん、日程変更はPLPとの連立協議が難航しているからでしょ。国民に辛抱してほしいというのなら、正直におっしゃった方がよろしいのでは……。
一方、『チモールポスト』(2017年8月21日)の「新国会議員の宣誓式、キャンセル」と大見出しが付けられた記事では、現国会がこのたびの選挙で議席を確保した5政党(フレテリン、CNRT、PLP、民主党、KHUNTO)に書簡を送り、21日に行なわれる予定の新国会議員の宣誓式がキャンセルになることを伝えたと報じ、同紙の情報筋からの情報として、まだ新政権樹立に至っていないことを日程変更の理由として挙げています。なお『チモールポスト』もまた、「アルカテリ、辛抱を求める」という小見出しの記事で、新政権発足まで国民にたいし辛抱してほしいとマリ=アルカテリ書記長が語ったことを報じました。
マリ=アルカテリ書記長のいう日程変更の理由を真にうけることはできません。シャナナCNRT党首が海外に出ることがチモール海の領海交渉にかんする外交活動ならば事前に周知されているはずで、これが政治日程の変更の理由となるならば、とっくに変更が発表されていたはずです。そうでなく20日に変更が発表されたということはシャナナCNRT党首の海外出張は本当の理由ではないことを明々白々に示しています。日程変更の理由は、誰がどう考えても『チモールポスト』が報じるように連立政権の樹立に手間取っているからです。そしてフレテリンが他の2政党、とくにPLPとの連立協議が不調で(フレテリンの補完勢力とみてよいKHUNTOとは不調ではないであろう)、20日までに合意に至らなかったことが本当の理由であることは想像に難くありません。
そもそもタウル=マタン=ルアクPLP党首が、その批判の矛先の一人(もう一人はもちろんシャナナCNRT党首)であるフレテリンのマリ=アルカテリ書記長と、新政権の形態を連立(コリガサウン)と呼ぶのか包括(インクルザウン)と呼ぶかは知りませんが、いわゆる連立協議をすること自体無理があろうというものです。野党になるという自らの発言を180度転換したタウルPLP党首は、この連立協議のなかでフレテリンから相当に大きな成果を獲られなければ党員支持者にしめしがつかないことでしょう。
政治日程は最初、「翌週」に延期とされましたが、すぐに国会議員の宣誓式は9月5日、つまり「翌々週」へと修正されました。フレテリンとPLPの協議の難航ぶりがうかがわれます。
学生の健全な抗議にガス弾を撃つ政府
さて政治日程の変更が報じられた8月21日、学生たちの抗議活動にたいし警察部隊がガス弾を撃ち、けが人、逮捕者、器物破損などの被害が出て、東チモール国立大学に通じる道路が封鎖されるという騒動が起きました。ただし学生たちが抗議しているのは、連立政権のための密室談合協議がおこなわれていることにたいしてではありません。
総選挙の結果が発表され連立政権の枠組みに世間の関心が寄せられているころ、8月8日、任期終了を目の前に控えている第3期国会議員は、国会議員一人に一台あてがわれている公用車65台を売りに出して、新しい国会議員のために65台の新車を購入する資金279万ドルを計上することを決めました。65台の車に279万ドルとは1台約4万3000ドル。随分高価な車だこと!ちなみにトヨタのPRADOという車です。この決定にたいし学生たちは、車両不足で悩む地方の実態に目を向けるべきだ、とりわけ患者の搬送に困難をきわめる医療部署に公用車を配置させるべきだとして、猛反発を示しました。まず8月17日、東チモール国立大学の前で、ということはつまり国会前でということにもなりますが、横断幕を掲げる抗議活動をし、ル=オロ大統領と控訴裁判所にこの国会決議を無効にするように要請書を提出しました。
『ディアリオ』(2017年8月18日)には、「国会議員用の車を国会議員自身が8000ドルでオークションに出したことに抗議行動」と報道されています。これまで使用されていた公用車を政府が売り出して新車購入資金の一部とするのならまだ国会決議の話がわかりますが、もし国会議員がいままで自分が使用していた公用車をオークションに出して、その売上金を国会議員が自分の懐に入れるとしたら、言語道断です。国会決議の内容をわたしはまだよく呑み込めませんが、ともかく学生たちは公的な汚職だとして激しくこの国会決議を非難しています。
そして8月21日、MUTL(東チモール学生運動)という学生組織が2回目の抗議活動をしました。これにたいし、警察部隊がガス弾を使用したため、学生たちは逃げ惑い大混乱となり、結果、病院へ運ばれるけが人が出て、10台以上の車両が破損され、大学校舎の器物も損壊され、13名が逮捕されるという事態に発展してしまいました。
ここで問題なのは警察部隊によるガス弾使用です。ニュース映像を見る限りでは、学生たちは一回目の抗議活動のように横断幕を広げるだけではなく、大学と国会のあいだの道路にくりだし、抗議の気勢をあげています。しかしなんら暴力行為におよんでいません。それなのに、警告もなしに、突然、ガス弾が発射され、学生たちは逃げ惑い大混乱となってしまいました。音からすると実弾となんら変わらないので、撃ち殺されないように学生たちが逃げ惑うのは当然です。さらに逃げ惑う学生を追って、警察部隊は大学校舎の中にまで入っています。公共の場におけるデモ活動の正当性というものが問題になるとしても、気勢をあげるだけの、投石をするでもない、素手の学生たちをガス弾で蹴散らす必要性がどこにあったのか、PNTL(東チモール国家警察)の行動には大きな疑問が残ります。
政府側は、学生たちの行動をアナーキズムにつながる行動だと非難し、警察の実力行使を正当化しています。しかし、学生の代表と話し合いをしようとする態度をみせず、そして本来ならば8月18日に現国会議員の任期が切れていることを思えば、政府側こそ本物のアナーキズムだろうといいたくなります。
結局、さすがにまずいと思ったか、8月24日、国会議員は公用車をオークションにかけることを止めると発表しました。今後、逮捕された学生が起訴されるかどうかが焦点となっていくでしょう。
野党の存在の重要さ
学生たちは、国会議員らが高額の生涯年金を受け取る制度を温存することにたいしても激しく抗議をしています。野党不在の国会では国会議員が好き勝手し放題ですが、それに待ったの声をかけてきたのがタウル=マタン=ルアク大統領でした。タウル大統領は熱くなっている学生たちに、いままた抗議デモをすることはない、国会審議の経過を見守ろうではないかと声をかけ、自らは生涯年金を受け取らないと声明をだし、生涯年金制度の撤廃を目指すという立場を表明し、野党の役割を担い、社会の安定に貢献してきました。
選挙運動中、タウル=マタン=ルアクPLP党首は「かれらはたくさん間違いをしてきた。われわれはたくさん黙ってきた。いまこそわれわれは口を開き、かれらの嘘を示すときなのだ」と演説しました(『インデペンデ』2017年8月17日より抜粋)。このような立場で8議席を獲得したPLPのタウル=マタン=ルアク党首は、この公用車オークション問題でも、健全な抗議活動をする若者の味方になってくれるのが本来の姿なのに、フレテリンとの連立協議にいそしんでいるというのは、悲しいかぎりです。いろいろと複雑な事情があるとはいえ、政府与党に待ったをかける野党または野党的勢力が不在となれば、東チモールの今後5年間の先行きがおおいに懸念されます。
~次号へ続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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