英国は去っても英語は残る
- 2017年 9月 10日
- 評論・紹介・意見
- 藤澤豊
英Economist誌(2017年5月9日付け)にEUにおける英語の地位に関する記事があった。冒頭に「Lingua franca」とあげて、イギリスが離脱すればフランス語が英語に取って代わるという、いつものフランス病を揶揄している。記事のurlは下記のとおり。
ことの発端が欧州委員会委員長、ジャン=クロード・ユンケルの発言というのが興味深い。ルクセンブルクの首相にまでなった政治家が「Lingua franca」、EUがまとまらないのもうなずける。
ルクセンブルグはフランス語とドイツ語にルクセンブルグ語の三つの公用語を時と場合に応じて使い分けている。フランス語とドイツ語はいいが、ルクセンブルグ語は聞いたことがない。どんな言語かと気になってWebを見たら、ウィキペディアに次の説明があった。
「ルクセンブルクではドイツ語系の言語が話される一方でフランス語の使用地域にも近く、法令などの公文書には主にフランス語が使われ、日常語としてはドイツ語が一般に使われる。このルクセンブルクで使用される『ドイツ語方言』を、「国語」として整備したのが『ルクセンブルク語』である。1984年にルクセンブルクの公用語として採用された」
三つの公用語のうち二つはドイツ語とその方言なのに、ジャン=クロード・ユンケルのスピーチはフランス語。ウィキペディアで見る限りフランス文化(Lingua franca)の人らしい。
5月5日、ユンケルがフランス語でスピーチする前に、わざわざ英語で「SLOWLY but surely, English is losing importance」と発言して聴衆の冷笑をかった。思いより現実をみるイギリス人らしく、「Is this true? Not really, and it seems not to have been intended as seriously as easily-offended British headline-writers took it.」と冷ややかに応戦した。要約すれば、「本当かね?気の早いメディアが言うような簡単なことじゃないと思うよ」あたりになる。そこはEconomist誌、簡単じゃないという主張を裏付けるデータを列挙している。
Webで関連記事を探したら、日本にもEconomist誌がいさめているメディアというのかレポーターがいた。記事を書くのなら、Economist誌が引用したデータぐらい見てからにしたらよかったのにと思わずにはいられない。厳しい言い方をすれば、自分の視点をもたずに、Economist誌のように主張を裏付けるデータを示すこともなく、ただニュースとして機械的に配信しているとしか思えない。ちょっと長いが、配信されたニュースを引用しておく。
「6月27日、欧州議会の幹部は、英国が欧州連合(EU)を離脱すれば、英語はEUの公用語ではなくなる可能性があるとの見方を示した」
「EU加盟国はそれぞれEU言語を1つ指定する権利がある。英語は欧州で最もよく話されており、3カ国において公用語であるにもかかわらず、正式には英国だけが英語をEU言語に指定し、アイルランドはゲール語、マルタはマルタ語を選択している」
「欧州議会憲法問題委員会のダヌタ・ヒューブナー委員長は、英国のEU離脱による法的な影響について『英国の申告に基づいて英語が公用語となっている。英国が抜けるならば、英語も同様だ』と記者会見で語った」
「ただ、公用語でなくなっても実際には使用する可能性があるとし、公用語であり続けるためには、全加盟国の同意が必要だと説明した。また、加盟国が2カ国語以上を選べるようルール変更することも考えられるとした」
「EUの文書や法的資料は公用語である24か国語に翻訳されるが、英語が公用語でなくなれば、英国人は自分で翻訳する必要がある。また、英語はEU特許を申請する際に用いる3言語に含まれており、英語圏の研究者や企業はその利点を享受してきた」
Economist誌が全欧州における英語の普及を考えれば、共通語としての英語の地位は、イギリスが離脱したところで変わりようがないと次のようにデータをあげている。
「The European Union has 24 official languages, three of them considered “working languages”: French, German and English」
「…… the three enlargements of the EU since 2004 have decisively shifted the balance in Brussels from French towards English. There is no consensus for going back, still less for switching to German
「Among students in lower secondary school outside Britain, 97% are studying English. Only 34% are learning French, and 23% German. In primary school 79% of students are already learning English, against just 4% for French」
要約すれば、EUには24の公用語がある。そのうち英語とフランス語とドイツ語が作業言語(working languages)として使われている。三度にわたるEUの拡大にともない、本部で使用される言語のバランスがフランス語から英語に移行した。英国の離脱によってフランス語に戻る合意はないし、ましてやドイツ語へという話はない。
英国以外のEU内の中学校の低学年の97%が英語を勉強している。フランス語は34%、ドイツ語は23%に留まっている。79%の小学生が英語を勉強しているが、フランス語は4%と取るに足りない生徒しかいない。
言語の習得には長い時間がかかるし、日常会話で使用している言語は簡単には変えられない。ジャン=クロード・ユンケルは「slowly but surely」ゆっくりではあっても着実に英語の影響が薄くなると言ったが、「英国がEUを離脱しても、イギリスがもたらした(gift)英語は残るだろう」と言うべきだったろうと締めくくっている。
ちょっとうがった見方になるが、フランス語かドイツ語を母国語としないEU各国は作業言語としてフランス語かドイツ語の二者択一をせまられて、いずれかの影響が強くなるより、イギリスがいなくなっても英語を希望するだろう。
言語に優劣があるとは思わないが、外国語として学びやすい、使いやすい言語はあると思うし、その最たるものが英語だろう。「Lingua franca」の思いがどうであろうと、英国のEU離脱がそれを証明することになるが、そんなことで「Lingua franca」がめげやしないことも同時に証明するだろう。
イギリスの離脱によって、日本では先細りだったフランス語やドイツ語の翻訳がふえるかもと期待している翻訳者がいるかもしれないが、期待しない方がいい。すっかり影を潜めてしまって第二外国語の地位を中国語に譲ったドイツ語が復活するとも思えないし、文化やファッション以外では耳にすることもなくなったフランス語が、考えられない。イギリスどころかアメリカが退潮したとしても世界の共通語としての英語は残るだろう。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion6929:170910〕
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