自民党の「合区解消改憲案」の前途に暗雲
- 2017年 11月 19日
- 評論・紹介・意見
- 澤藤統一郎
第48回総選挙は、形の上では「改憲派圧勝」だった。安倍政権にとっては念願の改憲実現に向けての絶好のチャンス。改憲へ具体的な一歩を踏み出さねばならない。時期を失すれば改憲世論はジリ貧となり、永遠に改憲の機会を逃すことにもなりかねない。さあ、今だ。アベ一族はそう意気込んでいるに違いない。
だが、改憲をめぐる世の中の雰囲気は、なかなかアベの思うとおりとはなっていない。明らかに安倍一強の力の衰えを世論が感じ取っているのだ。だから、これまでアベにおもねり、阿諛追従していた風見鶏の一群が、姿勢を変えてきた。いつまでもアベの下駄の雪であることに、先行きの不安を禁じえないのだ。それが、改憲問題に表れてきている。
アベの意気込みにかかわらず、改憲のハードルは高い。まずは自民党内での原案をとりまとめなければならないが、いままでのようには行かない。党内の各勢力が、ものを言い始めているではないか。次いで、連立を組む公明と摺り合わせなければならない。しかし、公明は明らかに及び腰だ。今回選挙では、公明は票も議席も大きく減らした。アベといつまでも蜜月ではさらなる退潮を余儀なくされる。さらに、野党第1党の立憲民主党を抱き込まねばならない。これが難物…のはず。残る希望と維新はたいしたことはない…だろう。共産・社民は相手にせず…に違いない。最後の難関は、国民投票。あらゆる世論調査が、けっしてアベ改憲路線を容認していない。
結局国民は改憲など望んでいない。その空気は、アベ一族以外も肌で感じている。アベ以外の政治勢力にとっては、改憲に本腰を入れる状況ではないのだ。それでも、アベとその取り巻きが焦って急げば、手痛い失敗をすることになるだろう。その失敗は取り返しがつかない。半永久的に改憲の企みは封印されることにもなる。
その第1ハードルの自民党内の意見とりまとめ。これまでの党内論議から、改憲テーマは以下の4点に絞られている。
A 憲法9条に自衛隊明記
B 緊急事態条項の整備
C 教育無償化
D 合区解消
もちろん、Aが本命。次いでB。Cは維新取り込みのトリック。Dは、関心が島根・鳥取、徳島・高知の地域限定テーマ。
総選挙直後の今、自民党がA・B・C・Dの各テーマについて、気勢を上げるのかと思いきや、どうもそのようではない。A・B・Cは、いずれも先送りだという。Dのみが残ったが、さして意気が上がる様子でもない。
昨日(11月17日)の毎日新聞一面左肩に、「自民改憲案:年内集約断念、参院合区解消は大筋了承」の見出し。
「自民党は16日、安倍晋三首相が掲げる自衛隊の明記など4項目の党憲法改正案について、年内の取りまとめを見送る方針を固めた。衆院選で議論が遅れたことなどから党内集約が間に合わないと判断した。党執行部は年明けにもまとめたい考えだが、首相が想定する「来年の通常国会で改憲原案発議」がずれ込む可能性もある。一方、自民憲法改正推進本部(細田博之本部長)は16日の全体会合で、参院選の合区を解消する憲法47条、92条改正案のたたき台を大筋了承した。」
「一方、自民の重点4項目のうち▽自衛隊明記▽教育無償化▽緊急事態対応--の3項目は党内でも意見集約のメドが立たない。首相は「丁寧」な政権運営を強調しており、他党との議論に想定以上の時間がかかる可能性もある。自民改憲推進本部の岡田直樹事務局長は16日の記者会見で党改憲案について「スケジュールありきでない。積み残した課題もある」と指摘した。」
さて、ほかの3点はダメでも、これだけはその大筋了承されたという「合区解消改憲案」。その「自民党・憲法47条・92条改正案のたたき台」とはどんなものか。
「たたき台は、国政選挙について法律で定めるとしている47条に、選挙区の区割りは行政区画などを勘案するとの条文を追加。さらに参院議員が『広域的な地方公共団体の区域から少なくとも一人が選出される』などのただし書きを加える。」という。
具体的には次のとおり。
<現行憲法47条>「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」
これに、次の一文を追加する案だという。
「各選挙区は、人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案して定めなければならない」「参議院議員の全部または一部については、改選ごとに各広域的な地方公共団体の区域から少なくとも一人が選出されるよう定めなければならない」
<現行憲法92条>「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」
これに次の一文を追加するという。
「地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域的な地方公共団体とすることを基本とし、その種類は、法律で定める」
なんだか笑っちゃいたくなる改憲案。憲法ではなく、本来は公職選挙法を改正するだけで済む問題。人口の都市部への集中で、参院選挙の定数が不均衡となった。一票の格差を是正するために、昨年(2016年)の参院選で「鳥取・島根」「徳島・高知」の2合区が導入され、一票の最大格差を3.08倍に縮小した。しかし、合区では「地方の声が届かない」「地元密着の政治家が育たない」と地元からは解消要求の声が高い。
だからと言って憲法を変えなければならない問題ではない。合区するのには公選法改正の手続だけでできた。分区することも、国会が決めればよい。もちろん一票の格差をなくする工夫と手立てをしてのこと。むしろ、改憲をしてまで一票の格差を認めようという発想がおかしい。
現行憲法は、「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」のだから、国会の工夫の余地は限りなく大きい。一票の格差を解消するには、地方区の定員を増やせばよい。あるいは、ブロックごとの比例代表制を採用すればよい。もちろん、比例代表の全国区だけにすれば、理想的な一票の格差解消が実現する。議員定数を増やすことに躊躇は不要である。欧米に比較して、日本の議員数は少ないのだし、費用が心配なら、議員一人あたりの歳費を削ればよいだけのこと。
さて、ようやく自民党内では具体化するかに見えた、合区解消改憲案。早くも前途多難なのだ。
今朝(11月19日)の毎日新聞第5面。「参院改革協:合区解消改憲 賛同なし」の見出し。
{参院各会派の代表者による改革協議会は17日、選挙制度専門委員会(岡田直樹委員長)を開いた。選挙区の「合区」をなくしたい自民党が都道府県単位に戻すよう主張したのに対し、公明党などは「1票の格差」是正を重視する立場を表明。自民党は現在、合区解消の憲法改正案を検討中だが、他党との隔たりは大きいままだ。」
自民党から、各会派の反応を探った形だが、うまく行かなかったようだ。
「公明党の西田実仁参院幹事長は、国会議員を『全国民の代表』と規定した43条と自民党の案は矛盾するのではないかと指摘。『参院の権限縮小には反対だ』と明言した。公明党は全国を10程度のブロックに分けた大選挙区制にして定数配分を調整し、格差是正を図るべきだと提案した。共産党も合区を解消する改憲は『14条(法の下の平等)に違反する』と反対し、全国9ブロックの比例代表制を提唱した。国会の『1院制』を目指す日本維新の会は『道州制導入による選挙制度の抜本改正』を訴え、社民党は現行憲法下での制度改正を主張した。衆院選で混乱した民進党は党内論議が進んでおらず、足立信也氏が個人的な意見として、選挙区で複数候補への投票を認める『連記制』に言及した。」
自民党のみが、「合区解消のための改憲提案」。公明も含め、他党の全てが、改憲なしの改革案か、現状のままでよいとの意見。選挙では大勝したはずの自民党が孤立しているのだ。自民党が、憲法問題に関して民意を代表しているわけではないことをよく物語っている。
(2017年11月18日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2017.11.18より許可を得て転載
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