青山森人の東チモールだより …ル=オロ大統領、この局面をどう打開する
- 2017年 11月 20日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
青山森人の東チモールだより 第360号(2017年11月19日)
ル=オロ大統領、この局面をどう打開する
シャナナ抜きでは「歴史的な指導者たち」との会談にならない
10月19日、少数与党(30議席)が提出した「政府計画」が多数野党(35議席)によってあえなく否決されたことで、新政権はさっそく試練に直面しました。30日以内に再提出される「政府計画」が再び否決されると、憲法に則して政府は倒れることになります。国会多数を占める野党が連合を組んだ時点で、国会勢力図は35(野党)対30(与党)となり、当然こうなるであろうことは予想されました。
ル=オロ大統領は不安定な政局の打開策を見出すため、11月15日に各政党の「歴史的な指導者たち」と会談することにしました。ここでいう「歴史的な指導者たち」とは、フレテリン(東チモール独立革命戦線)のマリ=アルカテリ首相とシャナナ=グズマンCNRT(東チモール再建国民会議)党首そしてタウル=マタン=ルアクPLP(大衆解放党)党首の3人を意味します。しかしシャナナCNRT党首は対オーストラリア領海画定交渉団長として海外に長期滞在し、チモール海における領海画定と「グレーターサンライズ」ガス田の開発交渉をおこなっており、ル=オロ大統領との会談には出席できませんでした。シャナナCNRT党首を自分にとってまだ切り札となると信じているマリ=アルカテリ首相は、シャナナCNRT党首が出席できないのであれば局面打開の会談にならないとして、ル=オロ大統領と「歴史的な指導者たち」の会談はシャナナCNRT党首の帰国を待って延期になりました。
第8次立憲政府を目指す野党連合
先にすすむ前に、ここまでの経緯をまとめてみます。今年7月22日の選挙の結果23議席を獲ったフレテリンは、22議席を獲った前政権の最大与党CNRTに僅か1議席の差をつけて第一党となり、国会65議席の過半数を占めるべく新政権樹立のために他党との連立協議に入りました。しかしフレテリンはCNRTからは連立を拒否され、8議席のPLP(大衆解放党)、7議席の民主党、5議席のKHUNTO(クフント、チモール国民統一強化)との協議におよそ1ヶ月間費やした結果、民主党だけが連立に加わってくれることになり、国会65議席のうち30議席しか有しない少数連立政権による第7次立憲政府がいわば見切り発車のように発足したのが9月15日、大臣・副大臣・長官の顔ぶれが一応出揃ったのが10月半ばでした。
憲法によって提出が義務付けられている「政府計画」は10月16日から国会審議に入り、19日に野党によって否決されたのは上記のとおりですが、「政府計画」が国会に提出された10月10日の数日前に、野党3党は「国会野党連合」を結成し、国会65議席のうち35議席を占める勢力となり、ル=オロ大統領に国会多数派に政権を移譲するという選択肢を提供したのでした。
10月10日、タウル=マタン=ルアクPLP党首の61回目の誕生日に、海外にいるシャナナCNRT党首からタウルPLP党首へ祝いのカードが届きました。この日が「国会野党連合」を結成した後であったことを考えると、たんなる個人的な祝いのメッセージではないでしょう。
2016年2月にタウル=マタン=ルアク大統領(当時)が国会の場で、シャナナ=グズマン計画戦略投資相(当時)とマリ=アルカテリZEESM(飛び地・オイクシの経済特区開発事業)最高責任者を、東チモールを侵略したインドネシアのかつての独裁者スハルト大統領とそのファミリービジネスを引き合いに出して、公共事業からこの二人の家族へ特権的に利益がまわっていることを批判したことは記憶に新しいところです(東チモールだより第319号 参照)。シャナナCNRT党首はこれ以降、スハルト大統領を引き合いにだされて批判されたことをよほど根にもったか、自分は東チモールのスハルトなんだから…となにかにつけてタウル前大統領をあてこする発言を続け、解放闘争の両雄は疎遠になってしまいました。
したがってこのたび野党連合を結成する3党のうちの2党の党首(二人とも国会議員になっていない)として、この両雄は仲の良いところを見せる必要があるわけです。そして10月12日、野党3党は国会多数派として第8次立憲政府樹立に向けた政治綱領に署名をしたのです。
しかしながら「シャナナvsタウル」の対立軸は明確です。それは国家予算を大規模事業にまわすか(シャナナ)、庶民の生活向上のためにまわすか(タウル)の対立です。今年の選挙運動のなかでもタウルPLP党首はこのことを訴えてきました。それが、フレテリン連立政権が少数であるという政局を迎え、いまは安定政権を樹立することが先決であるという理由で政治性の違いが鮮明な二人が仲良くして野党連合を組むというのは、日本ならば反対勢力から“野合”と揶揄されることでしょう。
フレテリンと組めない理由
お互いの違いはとりあえず脇に置いて政局を安定させたいのであれば、PLPがフレテリン連立政権に加わるという選択もあるはずです。PLPがシャナナのCNRTを選びマリ=アルカテリのフレテリンを選ばないのは、1970年代にフレテリンと他政党が内戦に陥った歴史を引きずっているのでしょうか。わたしは指導者たちの内部事情に詳しい東チモール人ジャーナリストにきいてみました。かれによれば、今回の不安定な政局は1970年代の歴史とは関係がない、この政局を生んだのはル=オロ大統領とマリ=アルカテリ書記長が傲慢であるからで、フレテリンの責任である、という意見でした。
8月半ばの時点ではPLPがフレテリンの連立政権に参加すると思われましたが、結局は合意に至りませんでした。10月11日、タウル=マタン=ルアクPLP党首は記者団との懇談会でフレテリンとの連立協議が不調に終わったことについて、PLPはフレテリンが“全能の神”になるのを受け入れられない、大統領はフレテリンであり、フレテリンのマリ=アルカテリ書記長が首相になるのを支持した、しかし国会議長はフレテリン以外でなければならないと主張したが受け入れられなかったという趣旨のことを語っています。この発言内容が本当だとしたら、国会議長の座をPLPに譲りさえしたら、フレテリンは安定政権を樹立できたかもしれないのにもったいないという気がします。しかし一方フレテリンは、タウルPLP党首に国会議長の座を譲ろうとしたものの、タウル党首は国会議員になるつもりはないので同党幹部のフィデリス=マガリャエンス氏を推したが、それは受け入れることはできなかったと主張しています。
分科会を通過できなかった補正予算案
「政府計画」が野党連合に否決されたさい、政府は二度目の「政府計画」を補正予算案とともに国会に提出するといっていました。補正予算案は11月8日に内閣評議会の承認を得て、9日、国会議長に提出されました。国民生活のため緊急に必要な資金がある、支払うべき負債がある等々と補正予算の必要性を主張する政府ですが、これにたいし野党は、「負債」の定義が必要だ、支払うべき負債があるのなら一般予算からなぜ賄えないのかよく検討する必要がある、いずれにしても「政府計画」を審議・採択せずして補正予算案の審議・採択はあり得ないという立場をとっています。
補正予算の額は(報道によって数字がまちまちですが)約2億6000万ドルです(2017年度の一般予算額は13億4000万ドル)。この補正予算案は国会審議にまわされるまえ、分野ごとに問題を検討する国会内の分科委員会の一つである、財政問題を担当するC委員会で検討されたところ、政府が主張する緊急性が見出されないとして、11月15日に6対5(欠席なし)で否決されたのです。C委員会の6名が野党で構成されているので当然の結果といえましょう。国会内分科会で補正予算案が反対多数となりましたが、これは国会勢力図が確認されただけで新たな波紋を呼ぶことではないとおもわれます。その後5日間、分科会で意見が集約され、補正予算案は20日に国会の審議に諮られると報じられています。あくまでも最大の問題は、再提出される「政府計画」が野党連合によって否決される見通しであることです。
問題解決の手段は大統領の手中に
さて、冒頭で述べた11月15日にもどります。「歴史的な指導者たち」との会談が延期された代わりに、ル=オロ大統領はシャナナCNRT党首を除いた「歴史的な指導者たち」と、そしてアニセト=グテレス国会議長とレレ=アナン=チムール国防軍司令官とそれぞれ個別の会談をおこないました。
このなかで注目されたのは、野党連合の顔でもあるタウル=マタン=ルアクPLP党首との会談です。タウルPLP党首は会談後の記者会見で、現状の不安定政局には二つの解決があると大統領に伝えたと述べました。一つは政治的解決で、多数派である野党連合に政権を委ねること、もう一つは憲法に沿った解決で、前倒しの選挙を実施すること、どちらを選ぶのか、判断は大統領の手中にあると伝えたとのことです。タウルPLP党首はこのようにいいますが、二つの選択どちらも憲法にのっとった手順です。
法律に沿わない玉虫色の解決案はタウル=マタン=ルアクという人物の嫌うところです。一方、シャナナ=グズマンという人物は超法規的な手法に親和性があります。マリ=ルカテリ首相はそんなシャナナCNRT党首の帰国後の言動に一縷の望みを託しているようです。しかしCNRTの幹部は海外のシャナナ党首から、野党連合にたいしてタウルPLP党首の指示に従うようにという指示を受けているのだと述べています。
とにもかくにも“その時”がきた場合、野党連合による第8次立憲政府の樹立を選ぶのか、前倒しの選挙(やり直しの選挙といったほうがピンとくるが)を選ぶのか、ル=オロ大統領の決断が注目されます。
~次号へ続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
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〔opinion7120171120〕
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