「テロ」と「カタルーニャ」の陰で 芯から腐れ落ちつつある主権国家(1)
- 2017年 11月 26日
- 時代をみる
- 童子丸開
バルセロナの童子丸開です。
しばらく記事を出すことができませんでしたが、「カタルーニャ問題」が奇妙な落ち着きを見せる一方で、バルセロナ、マドリード、ブリュッセルの間でなにやら意味深長な「つばぜり合い」が続いているためです。
この間を利用して、カタルーニャ問題の一方で進みつつある重要問題についてお知らせします。長くなるので2部に分け、後半は数日後にお知らせします。
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「テロ」と「カタルーニャ」の陰で
芯から腐れ落ちつつある主権国家(1)
11月中旬に入ってカタルーニャ情勢の激しい動きがぴたりと止まってしまった。プッチダモン前知事のブリュッセル滞在でカタルーニャ問題が国際化しスペイン中央政府としてはうかつな動きができなくなったこと、そして独立派側が憲法155条の適用に抵抗せず逆に12月21日の選挙を利用する戦術に出たことが、その表向きの理由である。しかしきっと間違いなく、10月1日の住民投票の流血騒ぎ以降、独立派側と中央政府側の秘密交渉による(おそらく陰の仲介者を得ての)筋書きの擦り合わせが行われたのだろう。でなければ、10月10日の独立宣言「適用延期」から双方で息を合わせるようなつばぜり合い、その後ピタリと日程を合わせた「155条vs独立宣言採択」と12月21日の選挙予告、プッチダモンの国外脱出と独立派の態度軟化・選挙利用などの一連の動きは、あまりにも不自然である。
ただ11月中旬以降のカタルーニャ独立問題について、詳しいことは後日まとめて書くことにしたい。ベルギーの裁判所はプッチダモンの取り扱いについての決定を12月4日に延ばした。異議申し立てが行われると彼のスペインへの送還は行われたとしてもずっと後になるだろう。またラホイがブリュッセルでプッチダモンと「直接対決」するという話もある。しかしいまスペイン国内で進行中の危機は、ひょっとするとカタルーニャ問題よりもはるかに本質的なものかもしれない。今はこちらの方を優先して記録しておきたい。この話は長くなるので2回に分けよう。
2017年11月25日 バルセロナにて 童子丸開
●小見出し一覧
《内から腐れ落ち、外から剥がれ落ちる「主権国家」》
《今までに表沙汰になった政治経済腐敗事件のまとめ》
①ギュルテル・B金庫(裏帳簿)事件
②レソ事件、プニカ事件
③バンキアなど銀行関連の事件
④その他
《開かれるか?バルセナスの「B金庫」》
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【写真:腐ったリンゴの芯:(左から)ロドリゴ・ラト、リタ・バルベラー、マリアノ・ラホイ、ルイス・バルセナス、イグナシオ・ゴンサレス:エル・プルラル紙より】
※ロドリゴ・ラトは元副首相、元IMF専務理事、元バンキア銀行総裁、リタ・バルベラーは元バレンシア市長、マリアノ・ラホイは現首相・国民党党首、ルイス・バルセナスは元国民党会計係、イグナシオ・ゴンサレスは元マドリード州知事
《内から腐れ落ち、外から剥がれ落ちる「主権国家」》
11月18日、スペイン政府に衝撃が走った。イベロアメリカ検察庁会議のためにブエノスアイレスに滞在していたホセ・マヌエル・マサ検事総長が急死したのである。現地の病院によると死因は敗血症ということで、マサは糖尿病の持病を持ち感染症にかかりやすい恐れがあったそうだ。この検事総長の死は今後のスペインの政治に巨大な影響を与えるだろう。彼はカタルーニャ独立運動への強硬な対決姿勢を保ってきただけではなく、司法組織の中で政治腐敗を追及する勢力から政府与党の国民党中枢を守る「防御璧」となってきたのである。敗血症というと、言ってみれば体の中から腐ってしまう病気だが、「政治的敗血症」がスペイン国家の致命症にならないように心血を注いだ人物が敗血症で死亡するというのは何か象徴的な感じさえする。
その翌日、11月19日に欧州委員会委員長のジャン・クロード・ユンケルはエル・パイス紙のインタビューに答えて、「ナショナリズムは毒素であり、独立論者はラホイ政権を軽んじてはならない」と発言した。そしてブリュッセルに滞在中のカタルーニャ元州知事カルラス・プッチダモンを「主権国家に対する侵害者」であり「欧州の価値観への敵対者」であると指弾した。しかし彼は、自分が必死に支えようとしているラホイ政権がカタルーニャ独立派と同様に、あるいはそれ以上に「主権国家に対する侵害者」「欧州の価値観への敵対者」になるかもしれないことを分かっているのだろうか。彼は11月9日にも「ナショナリズム=毒素論」を語っている。しかし、敗血症のように内側から腐って死に至らしめる毒素について思い及んでいるのだろうか。その毒素にはスペイン(カスティージャ)・ナショナリズムも含まれると思うのだが。
この数年来スペインは、カタルーニャという「側」が崩れ落ちると同時に、マドリードという「芯」が腐れ落ちつつある。11月中旬に入ってカタルーニャ問題を巡る動きがやや落ち着いてきたと同時に、内側からの崩壊が再び大きくマスコミをにぎわせるようになった。エル・パイス、エル・ムンド、ABC、ラ・ラソンといったマドリード寄りの新聞や国営TVは懸命に「カタルーニャ」を全面に押し出すことで、何とかして「芯の腐り」を国民の目から覆い隠そうとしているが、国民の意識はすでに中央政府と与党国民党の実態の方に向かっているように思える。
ここでは11月中旬以降になって報道されるようになったスキャンダラスな事実を中心に取り上げたいが、それ以前の事実経過についてまず述べておこう。外側から見ると今年8月のバルセロナ暴走テロ、9月以降のカタルーニャ独立騒動ばかりが目につくと思うが、実を言えばこの国は、政治腐敗が原因で政変の起こったウクライナ、ブラジル、アルゼンチンなどを上回るのではないかと思われる途方もない状態に陥っている。それは単に一握りの悪徳政治家たちのせいではなく、この国が歴史的に作り上げ維持してきた社会的な構造そのものに関わるものだろう。腐敗はこの国では一つの「文化」とすらなっている。(参照:当サイト記事『腐っても鯛』)
《今までに表沙汰になった政治経済腐敗事件のまとめ》
この項目では基本的に今年の8月までに明らかにされた政治腐敗事件を取り上げて、簡単にまとめておくことにする。それぞれが今年9月以降に、バルセロナ・テロ事件とカタルーニャ独立騒ぎの陰に隠れてどのようになっていったのかは、次の項目以降としたい。なお、スペインの検察庁、裁判所判事局などの法曹界、国家警察やグアルディアシビルなどの治安機関、税務担当機関などは決して一枚板ではない。以前からスペイン国内の保守派と進歩派の対立があるのだが、バブル後の財政が破たんした10年ほど前から、どうもそれ以外の巨大な力が働いているような気がしてならない。決して表に出ない部分でこの国の将来を巡る激しい暗闘が繰り広げられているとしか思えないふしがある。
①ギュルテル・B金庫(闇資金裏帳簿)事件
(当サイト関連記事:『バブルに群がったバレンシアと国民党の悪党ども』、『引き続く「ギュルテル」の闇』、『国民党は崩壊に向かう?』、『選挙を決定的に方向づけた「腐敗追及」』、『「左右大連合」に冷や水を浴びせる司法当局』、『暴かれ続ける政治腐敗』)
ギュルテル事件は、建設バブルが最盛期、つまりバブル崩壊寸前の2007年に検察庁による調査が開始され、2009年に全国管区裁判所によって立件された大規模政治腐敗事件である。それは、マドリード、バレンシア、ガリシアの広い地域にまたがり、現与党スペイン国民党による贈収賄、脱税、違法な党活動資金と選挙資金、公金横領、職権乱用などのあらゆる範囲に及んでいる。
この事件捜査から派生した「B金庫(Caja B)」と呼ばれる国民党の闇資金と裏帳簿に関する事件は特に重要だ。これはギュルテル事件の中心人物の一人である国民党元会計係ルイス・バルセナスが丹念に記録した違法な党活動資金と国民党幹部に対する闇給与を示す帳簿についてのものである。ここには現首相マリアノ・ラホイを含むほとんどの国民党幹部が名を連ねており、その真相が明らかにされれば国民党だけではなくスペイン社会そのものの崩壊すら招きかねないだろう。
今年4月、全国管区裁判所は首相ラホイを証人席に呼び出し、ギュルテル事件に関する証言を求める決定をした。ラホイはすぐさま、法の下で裁判所の決定に応じるのは当然だとして証人席に座ることに同意した。その証人喚問は中央の政治日程がほぼ終了した7月26日に実施されることになったが、被告席ではないにしろ、現職の首相が裁判所の席に座ることは世界でもめったにないことだろう。その日、裁判所の証人席に座ったラホイは、「B金庫」について予想されたとおり「知らぬ、存ぜぬ」を貫き通した。また主犯格とされるフランシスコ・コレアとの関係を問われると「コレア?誰だ?それは?」と答え、その関係をすべて元国民党会計係(バルセナスの以前)アルバロ・ラプエルタと元マドリード州知事エスペランサ・アギレに押しつけた。そのうえで国民党の会計には一点の違法性も存在しないと断言した。
その後、政府与党国民党は、6月から議会で社会労働党、ポデモス、シウダダノスの要求で開催されている「国民党の違法な資金に関する調査委員会」について、憲法裁判所に「基本的人権を脅かすもの」として訴えた。そして議会が再開された8月下旬以降、ラホイは、バルセロナで起こった「聖戦主義テロ」とカタルーニャ独立問題を矢面に立てることで、巧みに「B金庫」を含むギュルテル事件についての疑問を世間の目から覆い隠してきたのである。
②レソ事件、プニカ事件
(当サイト関連記事:『腐りながら肥え太ったバブル経済の正体』、『選挙を決定的に方向づけた「腐敗追及」』、『資金洗浄の都、マドリッド』、『暴露されたもみ消し工作』、『暴かれ続ける政治腐敗』)
現在、①に上げた「ギュルテル・B金庫事件」と並んで、現与党ラホイ国民党を窮地に追い込みそうな政治腐敗事件がレソ事件である。これは今年4月に逮捕された元マドリード州知事イグナシオ・ゴンサレスとその周辺の政治家や実業家が絡む、贈収賄、脱税、資金洗浄、不正蓄財、公金横領、職権乱用などのあらゆる悪徳を含んだ大型政治腐敗事件だ。これは、元マドリード州知事のエスペランサ・アギレ、元マドリード市長ルイス・ガジャルドン、現マドリード州知事クリスティーナ・シフエンテス、現法務大臣ラファエル・カタラーなども関与を疑われており、国民党の中枢部に致命的な傷を負わしかねない。さらに、死亡したホセ・マニュエル・マサ検事総長とその周辺の法曹関係者が事件のもみ消し工作(失敗に終わったが)に関わった可能性が高い。
またプニカ(Púnica:カルタゴ)事件は、やはりマドリード州の国民党の有力政治家でアギレの右腕だったフランシスコ・グラナドスとその周辺の政治家や実業家など50余名が逮捕された、贈収賄、資金洗浄、不正蓄財、公金横領などの容疑がかけられる大規模政治腐敗事件である。上のレソ事件同様、マドリード中心の利権あさり構造とマドリード国民党の「B金庫」の存在を明らかにするもので、①のギュルテル事件とも深く関連している。
この二つの事件もまた、腐れ落ちていくスペイン国家中枢を語る際に極めて重要なものなので、後に続く項目でその後の展開を詳しく書くことにしたい。
③バンキアなど銀行関連の事件
(当サイト関連記事:『金融危機を利用して金をつかみ取りする銀行幹部』、『倒産銀行にたかる病原体ども』、『次第に明らかになる「バンキア破産」劇の内幕』、『選挙を決定的に方向づけた「腐敗追及」』、『「左右大連合」に冷や水を浴びせる司法当局』、『暴かれ続ける政治腐敗』)
スペインの銀行に関連する事件の中心は何と言ってもバンキア銀行(『バンキア銀行の成立と倒産』参照)である。そしてその中心人物がアスナール政権時代の副首相でIMF専務理事をも務めたロドリゴ・ラトだ。その悪事の数々は上の関連情報に書かれているが、『倒産銀行にたかる病原体ども』で書いた「不透明カード事件」で、被告となっていた65名に対して今年2月に判決が下り、3ヶ月から6年までの懲役刑が言い渡された。ラトは4年半、バンキアの前身カハ・マドリードの会長だったミゲル・ブレサは6年の刑だが、控訴手続きの途中の今年7月にブレサは自宅で猟銃を使って自殺してしまった。
スペインには「カハ(カシャ、カイシャ)」と呼ばれる伝統的な金融機関がある。日本語では「貯蓄銀行」と訳され、地域経済の振興のために各都市や自治体から委託された者(実際には自治体の政治組織や利権団体の者)が役員(経営者会議)を構成する「半官半民」といってよい独特の機関である。これが300年ほどかけて、地方ボス(伝統的な貴族や地主などの有力者)や地方政治家と大小の企業・産業界が結びついた強固な支配構造をスペインの各地に定着させてきた中心的な場であり続け、必然的に公金横領と政治腐敗の温床となってきた。
しかしこの金融機関は現在ではほとんど消滅し、先述のバンキア、サンタンデール、BBVA、カシャバンクなどの大手銀行に吸収再編成されている。1996年のアスナール国民党政権誕生以来の建設バブルが結局はその利権構造の命取りになったのだが、『潰された「オプス・デイの銀行」とゾンビ経済の実態』で書いたように、その「腐った血」である不良債権の蓄積は、大手銀行自身の経営にとっても致命症の原因となりかねない。米国発の金融バブル崩壊が再び起これば、今度はもう大手銀行も無事では済まないだろう。またこの独特な金融機関がほぼ消滅したことは、この国の伝統的な権力構造の崩壊をも意味するものだ。
④その他
ノース事件(『スペイン上流社会の腐敗の象徴:ノース事件』参照)は欧州で王家直属の一員が刑事被告人となったフランス革命以来の歴史的な事件だが、今年2月にバレアレス地方裁判所は、ブルボン家クリスティーナ(退位した国王フアン・カルロス1世の次女)は無罪だが公金26万5千ユーロの返却義務、夫のイニャーキ・ウルダンガリンには6年3ヶ月の懲役の実刑判決を言い渡した。明らかに「真っ黒」な王女への実に「寛大な判決」を下した裁判所には、ありとあらゆるところからの巨大な圧力が加えられただろう。有罪判決を受けたウルダンガリンは、現在は家族と共にスイスで暮らしているが、最高裁への上告を決めている。
ブジョル事件(『カタルーニャの殿様:プジョル家の崩壊』参照)の裁判は進行中であり、また同じくカタルーニャの地方政治家による贈収賄事件「3%事件」も裁判が続いている。また①のギュルテル事件と結びついた形でバレンシアを食い荒らした政治家と企業家たち(『内堀に届くか:バレンシアの亡者ども』、『バレンシア国民党の「解体」と暗礁に乗り上げた「大連立構想」』、『バレンシアの暗黒の海』参照)の裁判も進行している。首謀者と見られていたリタ・バルベラー元バレンシア市長は保身に走る国民党中央幹部の圧力で離党させられた後に悲惨な最期を遂げた(『国民党:リタとマリアノの“地獄への二人三脚”』、『バルベラーの死、アスナール離脱の動き: 中身をすり替えられた国民党』参照)が、バレンシアはギュルテル事件とともに国民党と伝統的なスペイン社会を破滅に追いやるかもしれない。(リタが地獄で手招きする姿がマリアノには見えているのかな?)
スペイン社会の腐敗体質を最も象徴するのが「脱税合法化措置」だろう。バブル経済の崩壊で塗炭の苦しみに遭う過半数の国民の一方で、ごく少数者のますます豊かに膨れ上がる懐を守り抜くのがこの国の財務省(『脱税を犯罪にしないスペイン政府の政策』、『ようやく違憲とされた「脱税合法化措置」だが…』参照)なのだ。財務大臣のクリストバル・モントロには、マリアノ・ラホイと共にリタ・バルベラーが待つ地獄に行ってもらわねばなるまい。タックスヘイブンで(『パナマ文書と政財界の深い闇』、『国民党:ソリアの衝撃と広がる亀裂』参照)不正蓄財・脱税をしながら罪に問われることのない者たちを、いったい誰が裁いてくれるのだろうか。
その他、特に重大なものとして、現職の内務大臣が国家警察の幹部と共謀してカタルーニャ独立派を陥れるために不正蓄財事件をでっち上げようとした「フェルナンド・ゲート事件(『直前まで国民党不利、ポデモス有利で進んでいた!』参照)」がある。そしてこの件から派生して、国家警察や司法機関が持つ謀略の仕組みと不正な資金の動きが次々と明るみに出されつつある。これは現在の国家権力の奥底にフランコ時代と同じ構造が横たわっていることを十分に感じさせる事件であり、後の方で詳しく述べることにしたい。
《開かれるか?バルセナスの「B金庫」》
【写真:スペイン国民党元会計係ルイス・バルセナスが記録した国民党の「闇給与」。現首相マリアノ・ラホイ、元副首相ロドリゴ・ラトなどの名前が見える。】
ギュルテル事件に関する情報が再びマスコミに登場してきたのは、10月も20日を過ぎたころ、カタルーニャ州議会が「一方的独立宣言」を、中央議会が憲法155条を持ち出して大騒動になっている最中だった。10月23日に国税当局は、元国民党会計係のルイス・バルセナスが53万ユーロ(約7000万円)のマドリード国民党の闇資金を、元州知事エスペランサ・アギレの財務を担当していたベルトラン・グティエレスの自宅に隠していたことを突き止めて、検察庁政治腐敗取締委員会に告発した。しかしこれは膨大なすそ野を持つギュルテル事件のごく一部にすぎない。中央政界がテロとカタルーニャの騒動で揺れている間、司法機関は確実に国民党の犯罪者たちを追い詰めていたのである。
翌10月24日に全国管区裁判所で行われたギュルテル事件の公判で、治腐敗取締委員のコンセプシオン・サバデイュ検事は、1999年から2005年にかけての国民党の「B金庫(闇資金裏帳簿)」の存在を「全面的に抗し難いほどに証明済みのもの」と断じた。そして続く25日の公判でも検察側は被告席に座る者たちを、「社会的に極めて甚大な損失をもたらした行為」による「主権国家に対する攻撃であった」と非難した。「主権国家に対する攻撃」とは、中央政府と国民党がカタルーニャ分離主義者に対して常に使用する言葉だが、それを言う者たち自身の身内が、ひょっとすると自分たち自身が、同じ言葉で非難されている、というわけだ。
カタルーニャ州政府のプッチダモンがブリュッセルに突如出現して世界中が大騒ぎした11月初旬にも、ギュルテル事件を追及する議会の調査委員会の活動は続いていた。11月7日の上院公聴会で国家警察のUDEF(経済財務犯罪対策係)のマヌエル・モロチョ捜査主任は、国民党がギュルテル事件の捜査に圧力をかけて妨害し続けてきたことを証言した。同時に彼はマリアノ・ラホイやアルバレス・カスコスなどアスナール政権時の閣僚たちが「B金庫」のカネを受け取ったことを「証拠がそれとなく指し示す形で」と表現したが、これはラホイ自身と政府首脳を前にしての極めて慎重な証言であり、国家警察も国民党の闇資金と闇給与を確信していることが明らかになった。しかし政府はそれに対して「証言としての価値があるとは思えない」として矮小化し、追求するポデモスの議員に対しては“ベネズエラ政府からの闇資金の疑惑”を、社会労働党の議員に対してはアンダルシアでの公金横領事件(『アンダルシアに腐れ散る社会主義者』参照)を持ち出して、必死で話をすり替えながら逃げようとしたのである。
プッチダモン・ブリュッセル情報や12月21日の選挙関連の報道が溢れかえる中で、これらの事実は多くの人々の注目を引くことがなかった。ところが、11月も半ばを迎えてからは一気に政治腐敗の報道が増えてきた。特にレソ事件の衝撃的な盗聴録音記録が公開されてからは(これについては次回に)このニュースの方が主流になる日が増えた。そして11月15日、ギュルテル事件に関連してマドリード地方裁判所は、国民党本部で破壊されたバルセナスのコンピューター・ハードディスク(『国民党は崩壊に向かう?』参照)について「証拠隠滅事件」として立件することを決定した。重要なのは国民党という団体が被告とされた点である。
バルセナスの証言によれば、このコンピューターには、彼が会計係を務めた1999~2005年の間の「B金庫」を含む党の会計の詳細が記録されていた。しかし国家警察による党本部の家宅捜索の際に、ハードディスクが35回にもわたってフォーマットされたうえで破壊された状態で発見された。おそらく警察の一部から事前に家宅捜索の警告が送られていたのだろうが、情報の僅かな痕跡すら発見不可能な状態だったのである。それにしてもまたずいぶんとご丁寧な破壊の仕方だが、副党首であるマリア・ドローレス・コスペダルに言わせると「35回」というのが「国際基準」なのだそうだ。本当かどうか知らないが、まあ、証拠隠滅の「国際基準」なのかもしれない。しかしいずれにしても、この件で始めて国民党そのもの、党の存在自体の犯罪性が問われることとなった。
今まで国民党は、一部の党員が不届きなことをしたのであって党自体は清廉潔白であると主張してきた。しかしこの件で、その党自体が被告席に座ることになる。実際に被告席で証言することになるのは主要に現会計係のカルメン・ナバロ、情報担当のホセ・マヌエル・モレノと弁護士のアルベルト・デュランだが、その責任は党組織全体が負わねばならない。必要に応じて党首のラホイ、副党首のコスペダルなどの幹部もまた被告席に座ることになる。国民党側は「証拠不十分」を理由に立件の取り消しを求めたが、それは裁判所に拒否された。いま国民党は裁判所に「ボティンの原則」を要求して何とか裁判を回避しようとしている(『雲の上の「1%」』参照)。逆に言えばそれほどに重大だということになる。しかし今までの流れを考えれば、この「党の犯罪」は遠からず白日の下に曝されることになるだろう。
こういった検察庁政治腐敗取締委員会と国家警察UDEF(経済財務犯罪取締係)による告発と証拠は、もはや国民党の存在そのものに対する裁きを阻止不可能なものにしている。スペイン政府と与党国民党、そして伝統的なスペインの権力構造に沿って生きる者たちにとって、このギュルテル事件は「カタルーニャ独立」の何倍も重大な脅威に違いない。そしてそれはおそらく、表面的な姿かたちを変えながら生き延びてきたスペインの中央集権体制の最終的な解体を導くものになるだろう。
しかし…、それにしても…、こういったふうに検察庁と裁判所、国家警察とグアルディアシビルといった国家権力の中枢にある機関を、スペイン国家自体の解体を導きかねない方向に引きずっているのは、いったいどのような力だろうか。社会労働党が後押しする「進歩派」ではありえない。「進歩派」にとっては78年憲法で確保されたスペインの国家体制を破壊するものは何であろうが絶対的な敵だからだ。では、いったいどこの力なのだろうか。「何とも不思議」としか言いようがない。
『「テロ」と「カタルーニャ」の陰で 芯から腐れ落ちつつある主権国家(2)』に続く
予定の項目 《次々と炸裂する「ゴンサレス爆弾」》、
《国家権力中枢の闇に潜むネズミども》、
《もしテロとカタルーニャ問題が無かったら…》
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4255:1711126]
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