「イスラム国(IS)」イラクとシリアで壊滅(5完) ―IS帰国者と移民社会への暖かな対応を!
- 2017年 11月 30日
- 評論・紹介・意見
- イスラム国坂井定雄
シリア北部のラッカ市とイラク北部のモスル市を中心拠点とした「イスラム国(IS)」には、最盛時には4万人あるいはそれ以上の人員―軍事指導部、宗教指導部、一般戦闘員のほか、Yuチューブなどを利用する宣伝チーム、貧弱とはいえ病院スタッフや行政担当者などが活動していた。そのうち、中東と欧州からの外国人は3万人程度だったと英国はじめ欧、米の情報機関と研究機関は見ている。この外国人たちとくに英国、フランスなど欧州からの人員にはかなり流動性があり、ISが追いつめられてきた2016年には帰国者も増え、減少しはじめた。米国の研究機関が10月に発表した数字では、ISに参加した外国人のIS参加者のうち33か国の5600人以上が、自国にもどったという。そのうちアラブ諸国ではチュニジア800人、サウジアラビア760人などが多い。
一方英BBC電子版によると、欧州内のIS帰国者のうち約6千人が、欧州内でテロ活動の危険性があるとして、各国が追跡、監視してきた。最近捜査当局は、追跡する人物をさらに約千人増やしたともBBCは伝えている。当局がとくに密入国に目を光らせている人物には、欧州での大規模テロ事件の容疑者もいるが、犯罪容疑で強制捜査ができる人物は一部で、犯罪歴がなく、合法的に出、入国している人物もかなりいるようだ。英内務省によると、シリアから帰国した約400人のIS参加容疑者のうち、逮捕、起訴されて有罪判決が下ったのは54人だけだった。詳細は不明だが、各国の捜査当局が、追跡、監視に大きな努力をしているに違いない。
中東、北アフリカ、ロシア、中央アジアなどの地域から、ISに参加した者がもっとも多いのはチュニジアで計約6千人。その一部は、チュニジア国内でテロ事件を起こしたテロ組織への参加が懸念され、当局が追跡している。
しかし、英国やフランス、ベルギーはじめ欧州諸国で、これらシリアやイラクから帰国したIS参加者のテロ防止に、当局が力を注いでいることは当然としても、IS参加者を生み出した、国民の一部である移民やその子孫の社会の問題とその解決への取り組みは、どれほど進んでいるのだろうか。欧州から報道されるのは、なお中東から流出してくる難民の受け入れ規制とその政治問題化ばかりのように見える。
欧州各国での移民社会の問題は、失業率の高さ、貧困、イスラム嫌いと差別だ。この貧困と差別に苦しみ、それを解消するための政策が見えない政府に対する不満を鬱積する、移民とその子孫たちの多くが、バグダーディが宣言し、世界に向け巧妙に宣伝したイスラム・カリフ国(宗教・政治一体の宗主国)樹立に、強く引き付けられたに違いない。そして、若者たちは、危険や不安を感じながらも、ISの勧誘員に導かれ、多くがトルコ経由でシリアのラッカなどにたどり着いた。
チュニジアの場合は、アラブの春で独裁政権を倒した貧困の若者たちだけでなく、高給で誘われた看護師、栄養士などの若い女性たちまで、ISにイスラム教徒としての期待、希望を抱いてシリアに向かったケースが少なくなかった。
こうして、シリアやイラクでISに加わり、帰国した人々の大部分は、その期待、希望を裏切られ、多くの仲間たちの死を目撃し、いのちからがら、やっと脱出できた人たちだ。帰国途中で、あるいは帰国後、ふたたびイスラム過激派のテロ・グループに加わり、テロ活動に参加しようとする人は、いるとしても、ごく一部にちがいない。
大多数の帰国者たちは、英国やフランスでも、チュニジアはじめアラブ諸国でも、生まれ育った国で社会復帰をしたい、それしか生きてゆく道はないと思っているのではないだろうか。その人たちを受け入れ、生活のすべと希望を与えなければならない。再び過激派のテロに加わるのを防がなければならない。いわゆる治安対策の強化だけでは、テロはなくなるどころか、逆効果を生むだろう。それは、中央アジア諸国でも、アフリカでも同じことだ。
豊かな中東産油国は、各国の貧しいイスラム教徒を過激派の影響から引き離し、寛容なイスラム社会を少しでも豊かにするために、また自国をイスラム過激派のテロから守るために、中東や欧州、アフリカ、中央アジアのイスラム教徒が多い国にもっと経済支援を行うべきだ。とくに、イスラム教発祥の地であり、イスラムの発展に貢献し、一方でウサマ・ビンラディンのアルカイダをはじめ、過激なイスラム集団を生み出し、IS参加者も多いサウジアラビアは、巨額の兵器を米国から輸入することをやめ、貧しく、内戦とテロに苦しむ中東諸国をもっと経済支援すべきだ。
本年5月、トランプ米大統領がサウジを訪問したさい、巨額な兵器売却で合意した。今後の10年間で総額3,500億ドルの兵器を米国はサウジアラビアに輸出するというのである。もし、その一割を、イスラム諸国や欧州のイスラム移民の多い国での、イスラム社会のために活用すれば、ISのようなイスラム過激派のテロ組織は自由に活動できなくなるに違いない。(了)
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