「怖い絵展」を見る
- 2017年 12月 6日
- カルチャー
- 宇波彰
去る2017年11年20日に,私は東京上野にある「上野の森美術館」で「怖い絵展」を見た。東京とその周辺では、駅などにこの美術展の大きなポスターが掲示されている。それはこの美術展で展示された、ドラローシュの「ジェーン・グレイの処刑」を使ったポスターである。といっても、私はこの画家のことを何も知らなかった。この展示では,そのほかにも私の知らない多くの画家の作品が展示されている。しかし、ターナーの「ドルバダーン城」、セザンヌの初期の「殺人」など、著名な画家の作品もあり、なかなか面白かった。
しかし,「怖い絵」とは何であろうか? 確かに「ジェーン・グレイの処刑」は、これから斬首されようとしている若い女性を描いているというが、それはそうした説明があって始めて「怖い絵」だと認識するのであり,絵そのものが怖いというわけではないであろう。絵が語る物語が「怖い」のである。
この展覧会はたいへんな人気で、私が行ったときも、入り口には「80分待ち」と書かれてあったが、私は70分待って入ることができた。観客の多くは若いひとたちであったが、それも女性が大半を占めているように見えた。若い女性が「怖い絵」を見に来る理由は何であろうか? 老齢のひとはあまりいなかったが、おそらく寒空の下を、長時間にわたって立って待つことが、老人にはつらいことだからであろう。私は、昨年(2016年)の1月上旬にソウルにいたが、そのときの日中の気温はマイナス10度よりも低かった。そのとき、ソウルの繁華街を歩いていると、どうも老人の姿をあまり見かけないので、「慰安婦像」のある日本大使館の近くで、たまたま声をかけてきた韓国人の青年に尋ねてみると、「寒いので老人は家にいるのです」という答が返ってきた。冬の東京もソウルと同じなのかもしれない。
さきほどの問いの反復になるが、なぜこの展示に多くの若い女性が「殺到」しているのか? それは単に「ほかの人たちが見ているから」とか、「上野に来たら並んでいたから」といった理由からではないように思われる。
11月21日の毎日新聞朝刊に、「座間事件 深層に若者の孤独」という,この新聞論説委員である野沢和弘が書いた記事が載っている。それによると、「日本の自殺死亡率(人口10万人当りの自殺死亡者数)は、世界ワースト6位、女性だけだと3位だった」という。自殺者は減少してはいるが、「若年層は減り幅が小さい」のであり、しかも「15〜34歳の自殺死亡率は、事故による死亡率の2.6倍」だという。若い人たちは非常に孤独なのである。野沢和弘は、「(座間の)事件の猟奇性だけでなく、深層に<居場所>がない若い世代の孤独や不安が漂っていることを直視しなければならない」と書いているが、「怖い絵」の超人気と、自殺に走る若い女性たちの「孤独と不安」には、関係があるように思えてならない。(2017年11月22日)
初出:「宇波彰の現代哲学研究所」2017.11.30より許可を得て転載
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〔culture0562:171206〕
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