ミャンマーを手中におさめようとする中国
- 2017年 12月 14日
- 評論・紹介・意見
- ミャンマー中国阿部治平
――八ヶ岳山麓から(244)――
この秋、ミャンマー・ラカイン州をおもな居住区とする20万とか50万というロヒンギャ人が、同じムスリムの隣国バングラデシュに逃れました。もともと130万くらいしかない民族だから、国連は前例のない規模の危機、民族浄化だとして、アウンサンスーチー女史率いる政府の対応の遅れを非難し、ローマ法王までミャンマーを訪問して保護を訴えました。
スーチー女史は記者会見でその責任を問われると、「私は政治家です」と一見とぼけた答えをしました。「スーチー女史は軍の残虐行為を知らされていない」という事情通もいますが、私はそうは思いません。スーチー女史は「私は軍人ではない」といったのです。ミャンマー軍政期の2008年につくられた現行憲法では、ミャンマー軍は特権が保証されていて、文民政権は軍を統制できません。
では、なぜこんにちミャンマー軍はロヒンギャ迫害に乗り出したか。
まず国籍と自治を求めて戦うロヒンギャ・ゲリラの存在があります。ミャンマー軍は、警察襲撃への報復として、ゲリラの温床であるロヒンギャの村を焼き払って、ラカイン州の治安安定を図ったのです。
ここで忘れてはならないのは中国の存在です。中国は国際世論に反して、ロヒンギャ問題はミャンマーの「国内問題」であり、内政に干渉すべきではないという理由で、ミャンマー軍の非行を非難しませんでした。
ミャンマーで1988年に軍による再クーデターがおきたときも、欧米諸国は経済制裁に踏切りましたが、中国はむしろ軍政に接近して政治経済上の「貸し」を作り、今日までミャンマーに対して強い影響力を維持してきました。
ベンガル湾に臨むラカイン州には石油・ガス開発のためにインドや韓国の資本も進出していますが、中国は港湾都市チャウピューを起点にミャンマー内陸を縦断し、昆明から重慶に至る石油・天然ガスのパイプラインを建設しました。これは去年1月から稼働し、中国西南開発のための重要なエネルギー供給路となっています
2015年には中国中信集団(CITIC)などの財団とタイの財閥との合同企業がチャウピューに約1000ヘクタールの工業団地やミャンマー最大の港湾施設を整備する利権を獲得しました(日経ネット2016・01・04)。
というわけで、ラカイン州の治安は「一帯一路」構想実現の上で、中国にとって「核心的利益」にほかなりません。
(地図をご覧になりたい方は、http://blog.knak.jp/2013/05/post-1256.htmlを参照してください)。
このほかにも、中国にとって重要なのは、少数民族地区を通る石油・ガスパイプライン沿線の治安問題、イラワディ川上流の支流合流地点、カチン族聖地の「ミッソン・ダム」建設の再開問題です。そしてさらに大きいのは東北部中緬国境の少数民族問題です。
ミャンマー人口の3分の1近くが少数民族です。中国雲南省との接壌地帯には国境をはさんで同じ民族が住み、ミャンマー側にはカチン、シャン、カヤ、カレンなど少数民族主体の行政区があり、そのなかにまた民族特区があります。ここには高度自治あるいは独立をめざす武装集団が複数存在しています。
中国の文化大革命時代、ミャンマー軍事政権は文革支持の華僑を弾圧しました。それをゆさぶるために、中国は少数民族ゲリラに武器や人員を援助しました。現在民族特区の指導者のかなりの部分は、文革期に武装ゲリラに参加した元紅衛兵の漢人です。
中国は現在これら漢人幹部を通して少数民族集団の間に強い影響力を維持しています。現にスーチー女史がはじめて中国を訪問したときは、ゲリラの活動が一時停止したほどです。またコーカン(果敢)地域住民は漢人そのもので、コーカン自治政府はネット上に漢語のホームページをもっています(本ブログ「八ヶ岳山麓から(196)」)。
ロヒンギャ問題が国際的に露出する以前の話ですが、2016年11月に中国は、人民日報傘下の環球時報の論文を通して大略こんな主張をしました。
――ミャンマー軍と中緬国境の武装集団との戦争が再発した。去年の戦争では大量の難民を生んだが、殷鑑遠からず、今回もまた数千のミャンマー民衆が雲南に避難してきた。武装集団は無謀にも木姐、105号埠頭など中国・ミャンマー貿易の重要河港と中緬貿易の大動脈を襲撃した。
さらに武装集団は中国が投資したミッソン・ダム開発計画に厄介な問題を持ち込み、建設を妨害している。武装集団のなかには、あつかましくも中国領内の同族に越境参戦をよびかけ、わが領内で非合法に武装を補充している。こうしたやり口は極悪非道であり、中国は絶対に容認しない。
ミャンマー北部の混乱は中国の国益に損害を与えるばかりでなく、中国の国家イメージを悪化させた。この地域の戦争は現在中国が推進している、中国・インド・バングラ経済回廊と「一帯一路」の形成にとって大きな障碍になっている。
スーチー政権は軍政以来の中国の影響力を削ぎたいし、その介入を避けるためにも内戦は早々に終結したい。そこで少数民族ゲリラとの和平交渉を何度も試みたのですが、どうしても事態を収拾できません。
ところが中国はこの環球時報論文を通して、「ミャンマー各勢力は和平交渉の席に着け」と呼びかけました。ミャンマー軍にも「なにがなんでも少数民族武装集団を制圧するのはやめて、スーチー政権ともっと協調すべきだ」といい、とりわけ武装集団には「敗勢の者がわが国に援助を求めているが、今後中国をあてにしてはならない」として関係切断をする意向を示しました。
従来中国はジンバブエやチリなどの専制国家に対しては、「主権尊重」「内政不干渉」の原則をタテに、これら政府を国際的非難からかばって、その資源開発を援助してきました。
ところが最近のミャンマー内戦に対しては、「中国は富強である(原文は『実力雄厚』)。しかもミャンマー内戦の各勢力と密接な関係にあり、その政策決定に影響を与える力がある。中国は敢えて問題を引受ける」といい始めました。内戦が中国にとってマイナスにしか働かなくなったので、ミャンマー各勢力が自力で和平を実現できなければ、中国が介入するぞと露骨な脅しに出たのです(以上、環球時報2016・11・24)。
しかし、いまだ戦火は止みません。国際世論の手前表立った介入を控えているかもしれません。
リーマンショックを機に、中共指導層はアメリカの凋落を確信しました。その後の不景気を何とかしようと、西欧諸国の首脳が中国詣でをしたので、さらにその思いを強くしたことでしょう。
大清帝国は乾隆帝のとき、ビルマに侵入してコンバウン朝を朝貢国としましたが、今日「実力雄厚」の中国がミャンマーの内政に介入するとすれば、中緬関係はほとんど日米関係に近い、中国を目上とする支配従属関係になるでしょう。
安倍首相はこの6月5日、東京都内の国際交流会議で、中国の「一帯一路」構想に、「条件が揃えば日本も協力していきたい」と述べました。中国政府は陰ではともかく公式には歓迎し、ネット世論は嘲笑しています。後れを取った日本を尻目に、中央アジア・ASEAN諸国をくみこんだ中国の「一帯一路」経済圏構築は、ミャンマーに関する限り極めて着実に進んでいます。
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