周回遅れの読書報告(その38)時代との格闘
- 2017年 12月 16日
- 評論・紹介・意見
- 脇野町善造
20年近く前に『マネー革命』という三巻本を読んだことがある。そのときのメモがある。
経済研究とは、単なる過去の歴史研究ではない。スミスがそうであったように、マルクスがそうしたように、時代と格闘する学問だったはずなのである。またそうであるがゆえに、経済研究は現実の社会との緊張感を維持し得てきた。『マネー革命』に出てくる数多くのアメリカの研究者も、方法と動機はともあれ、彼らが今生きているこの時代と、この激しく揺れ動く時代と真正面から取り組んでいる。
1971年以来(つまり金本位制の最終的崩壊以来)世界経済は極めてリスキーな状態に陥った。このリスクをどう管理(コントロール)するかが、この結果、大問題となった。ブラック=ショールズの方程式の普及に代表される金融工学の発展はこうした時代背景を抜きには語れない。――相田らによるロバート・マートンに対するインタビュー(相田他『マネー革命[第2巻]金融工学の旗手たち』240-242頁)はこのことを端的に物語っている。
経済学が時代の学問(科学)である限り――時代の要請に応えるか、現状分析を行うかはともかく、いずれにせよ、経済の現状を無視したのでは、殆どその研究は無意味だという意味において――今、経済(学)を研究しようとしたら、現代がリスク管理の時代だということを看過することは許されない。
無論このことは、研究によってリスク管理が可能になるとか、リスク管理が経済学研究の課題であるとか、を意味するわけではない。市場経済である以上、市場にあるリスクはむしろ根本的には管理し得ないと考えるべきなのであって、リスク管理という言葉自体、リスクの排除不可能性を前提にした上で、リスクを現実の経済運営の中でどう処理するかを考えるものだとした方が、はるかに現実的である。
経済研究においてリスク管理を看過し得ないという意味は、実にこうした排除不可能なリスクによって世界全体の経済運営自体が大きな影響を受けていることを認識しなければならないということにある。逆に言えば、こうしたことを看過して経済を研究することはもはや許されないということになる。翻って、はたしてマルクス経済学はこうした状態にキチンと対応し得ているか。「危機がやってきた」と騒ぎ、声を挙げることだけでは、決して「対応」とはいえない。この不安定化が何に起因し、何故に世界資本主義はこれを克服し得ないでいるのか――こういった問題意識が要求されるのである。
ウォール街での実務経験のある大学教授として、フランク・パートノイの次のように言う(『マネー革命[第3巻]リスクが地球を駆けめぐる』99頁)。
経済や金融を研究する学者にとって不幸なことの一つは、現実離れした理論倒れに陥りがちなことです。マーケットと無縁な小さな部屋で一人研究していると、公式や理論が現実とどのようにつながっているのがわからなくなるのです。
パートノイは、アメリカの主流経済学である新古典派を想定してこう言っているのであるが、このことはマルクス経済学にも生じているのではないか。しかも、新古典派における以上に深刻に。彼ら(マルクス経済学者)には、金融の現場での経験はほとんどない。あったとしても、日本の銀行や証券会社での「労働者」としての経験に過ぎない。それは二重の意味でもはや「現場」とはいえない。一つは、ルーチン的労働に過ぎないということ。もう一つは日本の金融界での労働であること。日本の金融の著しい遅れを考えるならば、そこは「金融の現場」とはいえないのである。
そして、「現場経験」のなさをひとまず措くとしても、金融の現場で今何が起こっているかを正確に理解しているマルクス経済学者が本当にいるのだろうか、という疑問がある。仮にいたとしても、その数は極端に少ないのであろう。でなければ、この緊要の問題に対して、これほど発言が少ないわけがない。「時代との格闘」が失われているのだ。もし、「時代との格闘」が出来ないようであれば、もし、現実の社会との緊張した対峙に耐えられないのであれば、経済の研究などやる意味はない。おとなしく傍観者として、研究者の活動を眺めていればいい、ということになる。したがって、研究をいささかでも生産的なものとなるようにしようとするのであれば、現段階において経済学に課せられた最も喫緊の課題はいったい何なのかを絶えず捉え返さなければならない。それを忘れてはならない。
ずいぶん古いメモだが、このメモを修正する必要は、今なおなさそうだ。ただし「金融」の意味をどう考えるか、は別の話である。
相田洋他編『マネー革命』NHK出版、1999年
記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion7190:171216〕
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