青山森人の東チモールだより…もたつく展開、たんなる泥仕合か、それとも何かの機をうかがう時間稼ぎか?
- 2017年 12月 20日
- 評論・紹介・意見
- 青山 森人
青山森人の東チモールだより 第362号(2017年12月19日)
もたつく展開、たんなる泥仕合か、それとも何かの機をうかがう時間稼ぎか?
ソモツォ防衛大臣の失言、その後
12月初めにも、「政府計画」が二度目の拒否にあうか、あるいは政府不信案が可決され、第7次立憲政府は倒れるのかなとわたしは観ていましたが、違いました。展開がもたついています。
政府から国会に提出された補正予算案が野党によって拒否され、野党によって政府不信案が国会に提出されたのは11月20日、早いものですでに1ヶ月前となりました。補正予算案をはねつけた野党にたいし、11月22日、ジョゼ=アゴスチーノ=セケイラ=ソモツォ防衛治安大臣(以下、ソモツォ防衛大臣)は、軍・警察は資金不足で緊急事態に対応できない、なにか事が起こってもわたしは軍・警察を動員させずに野党35議席に事態を委ねると不快感を吐露しましたが、防衛大臣としてまずいこの発言は、野党のみならず市民団体からも批判をうけました(東チモールだより 第361号)。
東チモール南西部に位置するコバリマ地方で行われた11月28日の「独立宣言の日」の行事が終了後、ソモツォ防衛大臣は辞任するような報道もされましたが、マリ=アルカテリ首相は、人間はときとして感情的になり間違ったことをいうものだ、わたしは閣僚を辞任させない、かれらを任命したのはわたしであり、かれらの責任はわたしにある、辞任させるのは首相の権限であるとして、ソモツォ防衛大臣をかばいました。ただ首相のこの言い方からすればソモツォ防衛大臣が失言したことは認めたようです。
このあとソモツォ防衛大臣は、上記の失言との連続性があるのかどうかは報道だけではわかりませんが、野党PLP(大衆解放党)の副代表・フィデル=マガリャンエス氏をアメリカのスパイだといったものだから、マガリャンエス氏は政府にたいしこの発言の真意を調べるように要求するありさまです。まあ、ソモツォお騒がせ大臣の失言をどこまでまじめにとりあげるべきか迷ってしまいますが、閣僚なのだから軽はずみな発言はしないでほしいものです。インドネシア軍占領時代、苦しいゲリラ戦のなかでソモツォ氏のこの“明るい”性格がどれだけ東チモール解放闘争に貢献したかをつぶさに目撃したわたしにしてみれば、ちょっと複雑な思いがします。
首相の危なっかしい発言
ソモツォ防衛大臣をかばうマリ=アルカテリ首相の態度は政府の長としては当然といえば当然の姿勢と思われますが、11月末、フレテリン(東チモール独立革命戦線)の指導者であるアルカテリ首相はソモツォ防衛大臣の失言よりもある意味で危ない発言をしました。「11月28日」(独立宣言の日)のことを認めない(認識しない、知らない)という意見がソーシャルネットワークに出回っていることにかんして、「11月28日」のことを認めない(認識しない、知らない)人は東チモール人ではない、東チモールはそういう人たちの国ではないから、そういう人たちはどこかよその国で住む場所をさがして暮らせばよい、という趣旨のことを述べたのです。
ソモツォ防衛大臣の失言は口が滑った類のものとして片付けることができるのにたいし、マリ=アルカテリ首相のこの発言はおそらく口が滑ったのではない真っ当な意見として口から出たことでしょう。しかしわたしはこの発言にフレテリンの歴史的な弱点・限界が表れているように思えてなりません。
まず一般論として、「認識しない」((『東チモールの声』[2017年11月30日、電子版]の報道ではテトゥン語でla rekoneseと記載)を単純に「知らない」という意味に捉えた場合、戦争の歴史をよく知らない若者たちが多数いるという問題と考えるならば、“戦争を知る大人たち”から“戦争を知らない子どもたち”への歴史の伝承の取り組みが不十分なのではないかと“戦争を知る大人たち”が謙虚に反省することがまず必要なはずです。フレテリンによる独立宣言の歴史を今の若者がよく知らないからといって、そのような人は東チモール人ではないという意見は大人として不寛容です。マリ=アルカテリ首相は政府首脳として歴史教育にたいする自分たちの取り組みが不十分であると反省する姿勢を示してほしいものです。
次に東チモールの歴史を認識しつつ、「認識しない」を「認めない」という意味に捉えた場合、マリ=アルカテリ首相の発言は、1975年11月28日のフレテリンによる独立宣言を認めない者は東チモールから出て行けという意味の発言となってしまい、そうなると同年翌日に、(それがたとえインドネシア軍によって操られていたとしても)インドネシアとの併合を認める「バリボ宣言」(バリボは西チモールに近い町の名前)をおこなった当時の反フレテリン政治勢力であったUDT(チモール民主同盟)やAPODETI(チモール人民民主協会)などの関係者・縁者が今も抱いているかもしれないフレテリンにたいする反感を再燃させ社会不安を煽りかねない発言となってしまいます。2006年の「東チモール危機」勃発の反省をうけて東チモール社会ではいま、フレテリンと非/反フレテリンの対立構造は影を潜めていますが、このたびの首相の発言は寝た子を起こしかねません。
「独立宣言」と「バリボ宣言」の二つの宣言があったことが象徴するように1970年代の東チモールの政治勢力はフレテリンと反/非フレテリンで割れていました。フレテリンが同じ東チモール人でありながら対抗勢力を力で抑えながら戦ったためにインドネシア軍の圧倒的な軍事力をまえに一時的とはいえ敗北を喫してしまいました。フレテリンのやり方では勝てないと判断したシャナナ=グズマンがフレテリンから抜け出て、解放軍をフレテリンから切り離し、全東チモール人が参加できる解放組織を構築しなければならなかった経緯は周知の通りです。
独立直後の政権を担当したフレテリンは東チモール社会に亀裂を招き、結果、2006年「東チモール危機」が勃発、辞任を余儀なくされたマリ=アルカテリ首相ですが、今年11年ぶりに首相に返り咲いたとき、アルカテリ首相がまずすべきこととはフレテリンの弱点・限界を克服するために歴史の清算をすることでした。つまり1970年代の東チモール人同士の抗争の歴史に真摯に向き合い真の意味での和解作業をすることでした。こうした作業にはカトリック教会の支援が不可欠です。第7次立憲政府は9月の発足当時、少数政権ながらもカトリック教会の支持を得ていました。マリ=アルカテリ首相はその瞬間を捉えるべきでした。しかしマリ=アルカテリ首相の政治体質は旧態依然でフレテリンが弱点・限界を克服できていないことが、このたびの首相の発言で顕になりました。もしフレテリン主導の和解作業が実現されればフレテリンは支持率30%前後(良くも悪くも変化しない支持率)の壁を乗り越えられたかもしれないと思うと、非常に残念です。
国会議長と野党の対立
12月4日、野党多数派はアニセト=グテレス国会議長の国会運営は規則に沿っておらず、公平性に欠け、職権を濫用しているとして、同国会議長の罷免を国会に求めました。このことにたいし12月11日、グテレス国会議長は、野党による罷免要求の内容が個人攻撃と誹謗中傷に満ちているとして、デリ(Dili、ディリ)地方裁判所に民事訴訟の手続きを始め、また控訴裁判所へは野党のこの要求について合法性を諮るよう求めたのです。
12月4日の時点で、政府が提出した補正予算案に緊急性はないとした野党による訴えについて国会審議は滞り、また政府不信任案の審議も国会議長によって本会議で採りあげられないまま時間だけが過ぎ去っていた状態でしたが、これでもう一つ、国会議長の罷免要求が重要審議事項として待ち列に加わりました。
アニセト=グテレス国会議長は、何よりも補正予算の審議が緊急かつ最優先事項だとして野党からの重要審議事項を無視し、そして10月19日に否決されたその日から30日以内に再提出されなければならない(と憲法に明記されている)「政府計画」を政府が国会に再提出しないままの状態で(つまり政府による憲法違反状態)、補正予算の審議を12月14日から始めるという国会日程を組みました。その一方でグテレス国会議長は野党からの罷免要求に怒り心頭に発したか、補正予算の審議が終わったら国会議長を辞任するといいました。
ところがアニセト=グテレス国会議長は突然、補正予算の審議は翌週に延期すると発表しました。理由は、不審者が国会周辺をうろつき、国内に武器が密輸されたという報告が国防軍からされたことから、国会の安全性を確認できるまでの措置だということです。野党は、国会の安全性は通常通り保たれているので補正予算の審議が緊急だと主張するならなぜ延期するのかと反発します。さらにその「翌週」の18日(月)になるとまた補正予算の国会審議が延期になりました。そしてグテレス国会議長は政府へ、この18日から30日以内に「政府計画」を国会に再提出するよう求めたのでした。
そうこうしているうちにクリスマス・年末年始
いやはや、まったく、東チモールの政情はルール無用の仁義なき泥仕合のような様相を帯びてきました。もうクリスマス・年末年始の休暇は目の前です。政府は補正予算も政府不信任案も国会議長の罷免要求も、宙ぶらりんのままで年を越そうとしているのでしょうか。肝心要の2018年度一般予算案の審議が年内に始まるとはとうてい思えません。東チモールは独立国家として初めて予算案が決まらない年度を迎えることになり、2018年の年明からしばらくの間、2017年度の一般予算額の12分の1ずつ月ごとに使う「12分算方式」を適用することになるでしょう。
現政権による行き詰った政局は少数政権であるがゆえの窮状でしょうが、この状態を停滞させているものは一体何でしょうか。フレテリンは何か時間稼ぎをしているのでしょうか。現政権が倒れた場合、ル=オロ大統領は前倒しの選挙(再選挙とわたしはいいたいが)を実施するか、野党多数派に政権を担わせるかを判断しなければなりませんが、例えばひょっとして、大連立による安定政権を模索しているドイツを見習って、少数与党と海外に滞在し続ける野党第一党CNRT(東チモール再建国民会議)のシャナナ=グズマン党首との妥協点を見出そうと水面下で工作がされているかもしれないと勘ぐりたくもなります。あるいはまた、前倒し選挙に向けた準備のための時間稼ぎでしょうか。
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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