青山森人の東チモールだより…貧しい国の論理と企業の論理
- 2018年 3月 30日
- 評論・紹介・意見
- 青山 森人
青山森人の東チモールだより 第367号(2018年3月27日)─貧しい国の論理と企業の論理
疑問が残るシャナナの言動
東チモールとオーストラリアの領海を「国連海洋法条約」に基づいて画定する条約が3月6日に国連本部で締結され、調印式に出席しませんでしたが、東チモール側の交渉団長であるシャナナ=グズマン氏が3月11日に帰国したとき、シャナナ交渉団長の行動には疑問が残ります。
シャナナ交渉団長が帰国することを政府は知らされていなかったのです。交渉団長の帰国を歓迎する輪に政府は入れませんでした。また、シャナナ交渉団長による政府への報告会はなく、シャナナ交渉団長は凱旋パレードから野党連盟AMP(*)の集会に参加し、AMPの指導者たちと支持者たちが政府をさしおいてシャナナ交渉団長の労をねぎらいました。
(*)ル=オロ大統領が1月26日、前倒し選挙をするため国会を解散したことから、野党3党の連盟組織はAMP(国会多数派連盟、Aliança de Maioria Parlamenntar)とは名乗れなくなったので、頭文字をそのままにしてAMP「前進への革新連盟」(Aliansa Mudansa ba Progresu、表記はテトゥン語)と変名した。
領海画定交渉については政治や選挙の材料としないことが与野党のあいだで紳士協定のように共通認識とされていましたが、シャナナ交渉団長が政府への連絡も接触もなくすぐさまAMPの集会に直行したことは、交渉団長とCNRT(東チモール再建国民会議)党首との立場が混在してしまい、この紳士協定が台無しになってしまいました。
政府はシャナナ交渉団長から一切連絡がないと嘆き、マリ=アルカテリ首相は交渉の報告がほしいというと、シャナナ交渉団長は自分は政府閣員ではないので政府に報告書を提出する責任はないといいました。実際、調印式に臨んだアジオ=ペレイラ国境画定担当首相代理が報告書を提出したのですが、交渉団の長として交渉団員に報告書を提出させると政府にいえばそれですむのに、わざわざマリ=アルカテリ首相を挑発するような発言は子どもじみています。交渉団が交渉に費やしたこれまでの金額は5000万ドルで、主な内訳は交渉団の旅費と国際弁護士への顧問料であるとマリ=アルカテリ首相が述べています。莫大な国費を使う交渉団の長が政府に連絡もしないで帰国し、帰国してからも政府に接触しようとしない態度はいただけません。
マリ=アルカテリ首相とシャナナ大統領(当時)の確執といえば2006年に勃発した「東チモール危機」が想起されます。指導者たちは2006年の教訓を忘れることなく、亀裂を生むような言動を厳に慎んでほしいものです。それにしてもシャナナ=グズマン氏の言動には理解に苦しみます。
海外で働く若者たち
2016年6月に実施されたイギリス国民投票(離脱支持51.9%、残留支持48.1%)でイギリスのEU離脱が決定しました。2017年3月にイギリスはEU離脱を正式に通告し、6月からEUとの離脱交渉が始まり、EU離脱予定日(2019年3月末日)まであと1年を残すだけとなりました。イギリスがEUから離れると、イギリスはEUの「移動の自由」原則から離れEU加盟国であるポルトガルのパスポートをもつ東チモール人労働者の入国に制約をかけることができます。イギリスの東チモール人労働者(約1万5000人、『インデペンデンテ』紙、2016年6月28日)に影響が及ぶということは、かれらから仕送りを受ける国内の家族の生活にも大きな影響が及ぶことになります。イギリスの東チモール人労働者から祖国に送金される毎月の総額は100万ドル以上(ポルトガルの通信社『ルザ』の記事、2016年6月29日)になるので、東チモール経済はイギリスのEU離脱によって多大な負の影響を被る可能性があり懸念されます。
2月28日、首都デリ(ディリ、Dili)のポルトガル大使館前で若者たちが(1000人以上か)抗議の声をあげました。かれらはポルトガル国籍を証明する書類取得を127ドル87セント払って申請したものの、長い時間待たされて何も音沙汰が無いことにしびれを切らした者たちです。大使館は抗議活動にたいし扉を閉ざしましたが、ポルトガル大使は書類発行作業には時間がかかるものであるとニュースのインタビューで応えていました。抗議活動の代表者によると、申請からポルトガル国籍を証明する書類発行まで6カ月かかるという説明だったが、3~4年も待たされているといいます(以上、2018年3月1日のGMNニュースより)。若者たちがポルトガル国籍を取得し職探しに出かける国はイギリスかアイルランドであるとこのニュースは報じています。イギリスがEUを離脱したあと、東チモール人労働者はアイルランドに流れるかもしれません。
韓国も東チモール人の出稼ぎ先として重要な国です。韓国は東チモール政府と二カ国間協定を結び、東チモール人労働者を公式に受け入れています。バリ島の国際空港で韓国人に連れ添われる東チモール人を見かるときがあります。あるときわたしはかれらに話しかけると「韓国へ働きに行く」と話してくれました。かれらは政府調達のおそろいのTシャツを着ていました。韓国の東チモール人労働者から国内へ仕送りされる年総額は1000万~1200万ドルだといわれています(『ルザ』の同記事)。ところが最近、政府間で決められた仕事を勝手に辞めて別の仕事に就いたり、契約が済んだあとも韓国で働き続けたりする不法就労者が問題になっています。東チモール政府は韓国との協定を続けるため、韓国における東チモール人不法就労者の問題を解決しようと努めているところです。
少子高齢化の日本とは真逆に、東チモールでは若い人たちの人口が右肩上がりに増えています。しかし若者たちを受け容れる雇用態勢は東チモールにはありません。家族と離れ離れになって海外に出稼ぎへ行く若者たちはどのような想いで毎日をすごしていることでしょうか。東チモールでは雇用問題はインドネシア軍撤退直後から常に重大な社会問題となり続けています。することがなく身体をもて余して道端に座り込んでスマホをいじる若者たちの姿はこの国の痛々しい社会風景です。一念発起して海外で働くことを選んだ若者たちは国内の家族にとって現金収入をもたらしてくれるばかりでなく、かれらがもし国内で働くことができればその知識と経験は東チモールの国づくりにとって貴重な戦力となることでしょう。
企業の論理
「グレーターサンライズ」ガス田からパイプラインが東チモールにひかれれば、雇用が創出され若者たちは家族と別れなくても国内で働けるかもしれません。パイプラインは東チモール社会の流れをいっきに変え活気をもたらしてくれると東チモール人が期待するのは当然のことです(期待通りに物事が進むか否かは別として)。国づくりの真っ只中にある貧しい国・東チモールがパイプラインに寄せる想いは、利益追求が最大の目的であるガス田開発企業には理解されないかもしれません。
企業の論理として例えば次のようなものがあります。「バユウンダン」油田が枯渇するのが2022~2023年ごろであり、天然ガス市場において需要が供給を上回るのが2023~2024年ごろ。したがって「グレーターサンライズ」ガス田から「バユウンダン」までパイプラインをひけば、「バユウンダン」油田からオーストラリアのダーウィンに既にひかれているパイプラインをタイミングよく再利用でき、いまから開発に着手すればちょうど2023年以降の天然ガス市場で優位に立つことができ高い利益をあげることができる。そうなれば東チモールは大きな利益から80%の“ガス田使用料”を得ることができ、逆に東チモールが自国にパイプラインをひくことに固執すればこのタイミングを逃すことになり、さらに新しい液化天然ガス工場や供給施設を建設しなければならないとなれば、国際市場におけるこの事業の競争力が低下してしまい東チモールは利益を得られない。大きな利益からの80%(東チモールにパイプラインがひかれない場合の東チモールの配分)と、得られない利益からの70%(東チモールにパイプラインがひかれた場合の東チモールの配分)、どちらが得か、という論理です(以上、People Of East Timor Misled Over Sunrise Oil And Gas[サンライズの石油ガスについて誤って導かれる東チモール人]という記事を参考、インターネットで読むことができる)。
シャナナ交渉団長にいわせればこれが「先進諸国に共通する資本主義者の物の考え方」(シャナナ交渉団長が交渉を仲介した和解委員会に宛てた書簡)ということになるのでしょう。効率良く既存の施設を再利用すれば天然ガスの需要が供給を上回るタイミングにうまく乗ることができ高い利益をあげることができるという分析が百歩譲って正しいとしても、この論理が、パイプラインが経済の枠を越えて広範囲な多様で多大な社会的影響(悪影響もあるだろう、とくにシャナナ連立政権が立案し一部進行中の[タシマネ計画]のもとでは負の影響が懸念される)をもたらしてくれると期待を抱く東チモールの論理を説得するのは至難の業といえましょう。パイプラインが自国にひかれなければ「グレーターサンライズ」ガス田の開発は次世代に委ねるべきだというのが東チモールの立場です。
「グレーターサンライズ」ガス田開発をめぐる交渉が早くもオーストラリアで再開されたようです。東チモール政府はアジオ=ペレイラ国境画定担当首相代理を交渉に派遣しました。貧しい国の論理と企業の論理は果たして接点を見出すことができるでしょうか。
チモール海の旧境界線。
領海画定条約によるチモール海の新境界線(赤い線)。東チモール政府のホームページに掲載されている図を参考してイメージ図を作成してみた。「グレーターサンライズ」ガス田からパイプラインをベアソにひき、そこに液化天然ガス工場を、ベタノに精錬工場を、そしてスアイに供給基地をそれぞれ建て、これら3地点を高速道路で繋げるという南部沿岸開発事業が「タシマネ計画」である。
ベタノにて、「タシマネ」(南)の「タシ チモール」(チモール海)を望む。
2017年8月5日。ⒸAoyama Morito
手つかずの美しい海を見ながら、ここに精錬工場…わたしは首をかしげざるをえなかった。
~次号へ続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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