政府と日銀を統合して考えれば、財政再建は完了しているという俗論 - 経済学の貧困と経済学者の劣化(その6)
- 2018年 4月 9日
- スタディルーム
- 盛田常夫経済学
アベノヨイショの「経済学者」のなかで、ひときわ声高で、激しくヨイショする御仁がいる。先般も、自民党推薦の公述人として、参議院の委員会で、「異次元金融緩和で財政再建は完成している」と言い切った奇人、高橋洋一その人である。無署名で週刊誌記事も書いているようだが、すねに傷をもつ御仁だ。
それにしても、いろいろな人が、次から次に安倍礼賛とアベノミクスをヨイショしているが、「すねに傷」のある人たちも為政者を持ち上げれば後ろめたい過去を消すことができ、あわよくば立身出世か財を蓄えるチャンスと思っているのだろう。
数学で経済を理解できる?
高橋はもともと数学の出身で、自らも「経済学者というより数量分析家」だと主張しているように、物事を数字や数式操作で理解しようする。現代経済学は応用数学になっていることも、高橋のような思考が受ける素地があるようだ。
たとえば、数年前に出版した『日銀新政策の成功は数式で全部わかる!』(徳間書店)の中で、財政破綻が起きる条件を算術式で表し、「債務残高/GDP比の極限が発散しない限り、財政破綻はしない」として、日本財政の破綻などあり得ないと結論している。財政の現実を考えるのではなく、頭の中の算術計算を重視する奇妙な思考法である。すべての経済問題は「数式でわかる」と主張しているように、「算術計算が真で、算術で読み解けば、現実問題は解決する」というのが、高橋の思考法である。
かくように、高橋は現実の問題に真正面からぶつかるのではなく、最初からそれを避けて、算術モデルで問題を解こうとする。こういう御仁は、往々にして、頭の中の思考と現実を区別することができず、頭の中の思考で現実問題が解決されると主張する。こういうタイプの人は社会科学の探究には向かないが、次から次へと駄作を乱発できる書き手は出版社に都合が良いようだ。だから、剽窃問題が起きても可笑しくないが、雑本を量産する出版社にも問題がありそうだ。
さて、高橋は、政府の勘定と日銀の勘定を統合して統合政府の勘定で考えれば、国債の債権・債務関係が相殺されて消えるから、日本に財政赤字問題などないという。もっとも、これはスティグリッツからの受け売りで、スティグリッツは物事を深く考えることなく、統合勘定で考えれば財政赤字問題が解決するかのように考えている。だから、これは高橋氏の専売特許でなく、物事をあまり深く考えないエコノミストが陥る罠だ。もしこのようなことが可能であれば、永遠に財政赤字問題は生じないことになる。
もう一つ付言すれば、多くのアベノヨイショが主張している命題に、「将来、人口が半分に減っても、労働生産性を倍にすれば、GDPは減少しない」というものがある。これも算術計算で現実問題を解こうとするプリミティヴで浅はかな考えである。ちょっと頭を働かせば、算術計算で社会経済問題を解決できないことなどすぐに分かる。30年後に県民人口が半減する秋田県に、「残った人々の生産性を倍にすれば、人口減の問題は解決します」と提言するようなものだ。高齢者が過半を占める地域に、「AIやロボットを駆使して、生産性を2倍にしましょう」と提言する「学者」より、一般人の方がはるかに現実の厳しさを分かっている。
観念と現実の倒錯
数学出身で社会科学分野の数量分析をやっている人に多いのは、数量モデルと現実の混同である。いや、混同というより、思考モデルを現実だと錯誤する。現実から出発するのではなく、モデルから出発し、モデルの結論が真で、現実をモデルに合わせれば問題が解決されるという倒錯した思考である。これこそ、数量化・数学化した社会モデルが、頭の遊びの観念論に陥る理由である。
一般政府勘定と日銀勘定を統合するとはどういうことか。高橋は「政府と日銀は親会社と子会社との関係にある」から、統合して考えて何ら問題ないという。そもそも政府と日銀を親会社と子会社の関係と捉えることが間違っている。中央銀行は政府が勝手に紙幣を発行しないように、独立して通貨管理を行う責務を課せられている。これは近代の歴史的経験から得た、人間社会の知恵である。中央銀行を政府の子会社と考えるのは勝手だが、それは政府が恣意的に紙幣を発行した時代の思考である。
ところで、事業会社と銀行が合併した場合、事業会社の債務は銀行の債権と相殺されて消滅するのだろうか。この二つの企業の間では債権・債務関係は消滅するが、合併すると債務が空気の中に消えてなくなるわけではなく、銀行は事業会社の債務分だけ損失処理を行う。減資あるいは増資という方法で、銀行株主が債務処理を負担することになるだけのことだ。
高橋はここでも頭の中の操作と現実を混同する。頭の中で統合勘定をあたかも現実の勘定のごとく捉え、統合政府の負債である通貨の発行には事実上、コストがないに等しいから、すでに財政再建が完成していると論理を飛躍させる。政府と日銀を統合することの現実的意味を考えない高橋には、事の重要性に考えをめぐらすことができない。
たとえ政府と日銀を統合勘定で考えたとしても、政府の債務が消滅することはない。赤字の支出を担保するものが将来の税収であるとすれば、それを担保とする債務は必ず勘定記入されなければならない。通貨という債務が必ず「統合政府」の負債として存在する。日銀を政府に吸収すれば、日銀券は政府紙幣に変貌するだけのことだ。政府紙幣化した日銀券は信用を失い、ハイパーインフレの引き金になる。
政府と日銀の「統合」とは何か
頭の中で統合勘定を作るのではなく、実際に政府と日銀を統合するとはどういうことか。それはとりもなおさず、日銀が独立機関であることを止め、政府の紙幣発行部に成り下がることを意味している。紙幣発行部が預金の裏付けなしに紙幣を発行した場合、これは政府紙幣と同じになる。担保になる裏付けがない政府紙幣の発行は、即座に激しいインフレを惹き起こす。これは戦時中に経験したことであり、近年では体制転換過程で中・東欧諸国で経験したことだ。
1990年代初期にウクライナを訪問した折、政府が印刷したおもちゃのような紙幣が流通していた。外国からの客人にはこの紙幣を日当として配って接待していた。案の定、このような政府紙幣の増発はハイパーインフレをもたらすことになった。当然である。政府が資金的な裏付けを欠く紙幣を印刷すれば、そのような結末になる。いわゆるヘリコプターマネーの結末である。同じことはソ連邦崩壊後の旧共和国や旧ユーゴスラビアの解体時にも生じた。1990年にドブロブニクの会議に出席した折、1ドルの交換レートは200万ディナールを超えていた。
こうした政府による野放図な紙幣発行を許さないために、政府から独立した中央銀行が存在する。政府の勝手な紙幣流通が国民経済を破壊した教訓から、中央銀行の独立性の確保が国民経済安定の基本的な条件になっている。だから、頭の中で政府と日銀を統合するのは勝手だが、その現実的結果に無知な議論は何の役にも立たない。ただの思考の遊びである。
政府債務の担保はなにか
政府の債務が国債という形で担保され、しかも国債市場が混乱なく機能している限り、政府の債務問題が重大化することはない。しかし、ここで二つの問題が存在する。
一つは政府債務を最終的に担保するものは何か、もう一つは国債市場が混乱する可能性はどこにあるのか。
政府の財政赤字(累積債務)という債務の最終的担保は将来の税収である。専門文献では徴税権と称しているが、将来の税収のことである。「将来の税収という債権で担保される」という前提で、政府債務が管理されている。しかし、現在の日本政府の累積債務総額は税収の17年分である。消費税2%程度の引上げに右往左往している現状で、この債務が将来の税収でカバーできると考えるのは現実的でない。明らかに、将来、政府は何らかの形で累積債務を大幅に削減する必要に迫られるはずである。その確率は百%に近い。
国債市場が安定的に機能している限り、政府の債務問題が国民経済の危機的状況を惹き起こすことはない。しかし、財政赤字問題が解消されず、債務が増え続け、日銀が国債引き受けをさらに増やすことになれば、将来の日本経済へのリスクから国債価格が低下し、インフレと共に政府の利払いが増え続け、国債の消化が難しくなる。外国の投資家が国債市場へ入り込めば、さらに事態は複雑化し、政府と日銀の信用が崩れ、国債の価格破壊が起きる可能性がある。そうすれば、日本経済に対する信用が崩れ、ギリシアやアルゼンチン並みの経済危機を迎えることになる。
政府が債務を帳消しにする日
戦費で膨れ上がった国家債務は戦争終結とともに解決された。資金的裏付けのない紙幣が膨大に発行され、ハイパーインフレになって債権も債務も「ご破算になりまして」で、政府債務も銀行預金もすべて無価値になってしまった。既述したように、中央銀行が独立していなかった体制転換諸国ではハイパーインフレによって、すべてがリセットされた。
さて、それでは現代日本の巨額の国家債務はどのように処理されるのだろうか。
まず、将来の税収によって処理されると考える専門家はいないだろう。消費税2%の引上げで大騒ぎする日本で、近い将来、EU並みの高率の消費税(付加価値税)が導入される見通しはない。だから、アメリカの経済学者も、インフレによる債務の減価を提唱しているようだが、かなりの高いインフレ率でない限り、大幅な債務削減は期待できない。もちろん、日本の国債市場が崩壊すれば、ハイパーインフレが起きる可能性があり、その場合には終戦後のようなリセットが実現するが、大きな混乱なしでは済まないだろう。
日本でもっとも蓋然性が高いのは、自然災害(巨大地震や津波)か、原発の人災が大きく広がって、私権制限の措置が導入される事態である。緊急事態法などで、預金引出しが制限され、資金的裏付けのない財政支出や政府紙幣のような紛(まが)い物が導入されれば、ハイパーインフレを惹き起こすだろう。つまり、大規模災害の発生→私権の制限→税の裏付けのない財政支出→ハイパーインフレという経路を通して、巨額に膨れ上がった政府債務と一般国民の債権(預金)がチャラになる。望むと望まざるとを問わず、この種の強権的な措置によってしか、巨額な債務を大幅に削減できないだろう。国民が増税による債務の負担を拒む限り、他に方法がない。
この問題に、右も左も関係ない。政治志向で問題が解決されることはない。
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〔study959:180409〕
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