命は鴻毛より軽し
- 2018年 5月 7日
- 評論・紹介・意見
- 熊王信之
昨今の政治や経済の出来事を見ていて強く感じるのは、何も変わっていない、と言うことです。
何がと問われれば、憲法に定められた人権や、民主主義の諸制度にも拘わらず、戦前の価値感、戦前の思想を抱いた「あの人達」の存在です。
私が出生後通学を始めた頃、年代で言えば、昭和30年代ですが、子供心にも感じました。
小学校の先生にも子供を殴る、軍人あがりの教師が多数居て、学校自体も民主主義には無縁の処でした。 社会自体も戦後間もない時代でしたので、新憲法が制定されようがされまいが、余り関係が無いような社会実態があったように思えます。
実際、私の友人は、ジフテリアで亡くなり、小学校の校舎は消毒されましたが、後は、何の措置も無く、居なくなった児童の席のみ眼につく様でした。
あの時代、高齢者も同様で、疾病で発病し寝たきりに移行するとそのまま亡くなるのが一般的な情景であり、私の祖父母も同様の経過を辿りました。 入院して延命治療等は無かったのでした。
長じて、当時を回顧しては感じ入るのは、戦前の価値感の残滓が残る時代だったのか、との思いです。
戦争は終わっても食糧事情は今とは隔世の感があり、冷凍設備の不良とも相まって、家庭の食事風景は、とても貧しいものでした。 しかしながら、飢えることが無かったのは確かでした。 敗戦前には、前線でも後方でも飢えは身近にあったのでした。
何時の頃からか、軍隊や戦争の実態に興味を持ち、特に軍装や食糧それも前線での食に特に興味を抱いた処から、当時、未だに存命であった身近に居られた旧軍人に戦場での食について尋ねたことがあります。
例えば、第二次大戦での米軍のレーションと呼ばれる前線任務につく兵士に支給される食糧は、その一例のKレーションでは、缶詰主体の朝・昼・夕の携帯食料です。
下は、そのBreakfast(朝食)の現物と再生品です。 後は、昼と夕と合わさって三食分で一兵士当りの一日分の糧食になります。
K Ration How To ? Breakfast Written: 9/14/2010 Author: Dave Lammert http://www.90thidpg.us/Paperwork/HowTo/KRation/breakfast.html
亡父は、大阪の第四師団傘下の歩兵第八連隊兵士として従軍の経験がありましたので、最初に尋ねた処、そんなものが日本軍にあるか、と大声で怒鳴られました。 Kレーションについては、何でも戦後に大阪に進駐して来た米軍兵士の一隊が路上で野営し食事をして居た折に見たのが最初で、非常に美味しそうに思えたそうでした。
それはそうでしょう。 戦後間もない時期の亡父の写真を観ると、頬の骨が出て、細い腰に巻いたベルトが哀れな程でしたから。 胸を悪くして除隊したのでした。
後日に何人もの旧軍人に尋ねましたが、当時の米軍の野戦食糧事情を述べた処で、全ての方々が呆然とされました。 ただ、高校時代の恩師でビルマ・インパール作戦に参加された方には、尋ねることが出来ませんでした。 実際に飢えた経験をお持ちであったからです。
旧日本軍では、これ等の事情は当然でした。
今も残る軍人勅諭曰く、「生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。身心一切の力を尽くし、従容として悠久の大義に生くることを悦びとすべし。」 これは、私の意訳ですと、「生きるか死ぬか、そんなことは考えるな。 壮大な任務を達成する意義からお前は死ぬのであると喜べ。」
「「陣地は死すとも敵に委すること勿れ。」 これは、「一旦獲った陣地は死んでも守れ。」
「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。」 これは、「捕虜になるなら死ね。」
この様に、日本の軍人は、日頃から「死ね。 死ね。」と言われ続けていた訳です。 そんな兵士にレーションなんて要らない、と言うことです。
亡父も招集を受けて練兵場での教練の始めに教官から言われた言葉を反芻していました。 それは、「貴様らー。 一銭五厘がー。 教練で死ねば戦死じゃー。」と。 当時「招集令状」の葉書の郵送料が「一銭五厘」であった処から、兵士一人当たりの値打ちが「一銭五厘」と言う訳でした。
そんな軍隊での糧食事情が内地では兎も角、戦場ではどうであったのか、は押して知るべし。
一説に依れば、第二次大戦での全戦没者の60%強、140万人前後が戦病死者であり、そのほとんどが餓死者と言うことですが、その真因は、作家の半藤一利氏が言われる如く「軍の指導者たちは無責任と愚劣さで、兵士たちを死に追いやった」と言うものでは無く、そもそも、始まりから兵士の命は鴻毛の如き存在であった、と思われるのです。 人間の命の尊厳は、「あの人達」には何の意味も持たなかった、そして今も持たないのです。
戦没者230万人 6割「餓死」の学説も 無謀な作戦が惨劇招く 毎日新聞 2014年8月15日
http://mainichi.jp/articles/20140815/mog/00m/040/005000c
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion7618:180507〕
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