青山森人の東チモールだより…さあ、国民の判断はいかに!
- 2018年 5月 13日
- 評論・紹介・意見
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青山森人の東チモールだより 第369号(2018年5月12日)
さあ、国民の判断はいかに!
5月12日は投票日
5月12日は、イラクの総選挙日です。過激派組織いわゆる「イスラム国」ISの支配から解放されたモスルの様子が話題になっているイラクで、国民議会選挙の投票がされます。またこの日はインドでも、来年の総選挙の前哨戦となる南部のカルナタカ州の議会選挙の投票日となっています。
これらの選挙のように国際ニュースで大きくとりあげられませんが、東チモールでも5月12日は選挙の投票日です。去年2017年7月の総選挙から10ヶ月後、新政権発足からわずか8ヶ月後に実施される選挙で、前回の選挙から1年以内の選挙なので再選挙・やり直し選挙と呼びたいところですが、東チモールでは「前倒し選挙」と呼ばれています。
東チモールは自由と民主主義を自慢せよ
「前倒し」とはいえ事実上の“仕切り直し”で“やり直し”の選挙です。今度こそは安定政権を狙うフレテリン(東チモール独立革命戦線)と、過半数に達する議席をもった三党が一つの政治勢力となったAMP(進歩改革連盟)の一騎打ちともいえる選挙です。4月10日から始まった選挙戦では両陣営の辛辣な言葉による非難合戦が過熱気味となり、国内の各方面から懸念が表明されました。
選挙戦の途中で、AMPの代表でAMPを構成する最大政党CNRT(東チモール再建国民会議)の党首でもある独立の英雄・シャナナ=グズマン氏は、安全保障にかんする意見を求められ国連に招待され、4月21日から一週間ニューヨークに滞在しました。シャナナ=グズマン氏はアントニオ=グテレス国連事務総長とも会見し、東チモールの民主主義の成熟ぶりを讃えられました。そして再び選挙運動に合流したシャナナ氏の口調は、ニュース映像を見る限りですが、ニューヨーク出張前と比べれば少しは抑制されたように見えます。暴走気味であったシャナナ氏の口調が自制されたのはけっこうなことです。
さて、東チモールの民主主義の成熟ぶりですが、これは決してグテレス国連事務総長がポルトガル人であることからくる東チモール人指導者への身内的な甘い評価ではなく、調査機関が出した数値として報告されていることです。2017年、「エコノミスト インテリジェンス ユニット」という機関による調査によると、東チモールの民主主義の指標は東南アジア諸国のなかで最も高いばかりではなく、最近の10年間においてこの指標が安定しているという報告が出ています。また「2017年、世界の自由」という報告によれば、東チモールは「自由」の分類に入り、これは東南アジアでは東チモールだけだということです。それぞれの調査には調査機関の主観が入るとはいえ、自由と民主主義の度合いが高い国として東チモール人は誇りを持って自慢してよいといえます。
ところで、選挙戦最終日の5月9日、東チモールのGMN局(全国メディアグループ、『ディアリオ』紙などを発行する報道機関)のテレビ討論会に出席したシャナナ氏は、司会者に「あなたは国の解放者として国民によく知られ、心が大きく、ふところが広く、冷静だったのに、この選挙戦ではそうではなくなり、とても攻撃的な話し方をしていますね。それはなぜですか」と質問されると、シャナナ氏は「何も言わなければ言われていることに承服していると思われるからであり、忍耐にも限界があるからだ」と静かな語り口調で応じています。
ちなみに、去年12月28日、同局のテレビのインタビュー番組に出演したフレテリンのマリ=アルカテリ首相は、上記と同じ司会者に「あなたはなぜ嫌われているのですか」ときかれ、「自分が嫌われていることは承知しているし、フレテリンが嫌われているというよりはわたしが指導するフレテリンが嫌われていることも承知している」と苦笑いしながら応えていました。
ききにくいことであるが誰しもがきいてみたい質問をきくこの司会者もたいしたものですが、それに応える指導者の姿は、東チモールの民主主義の度合いの高さをたしかに証明しています。
残念な襲撃事件
民主主義の度合いが高い国であると外国の調査機関によって評価された東チモールでも、まだまだ未熟な部分があるようです。選挙戦も終盤に入った5月5日、残念な事件が起きてしまいました。ビケケ地方で選挙運動を展開していたAMPの支持者が何者かに投石をされ、18名が負傷、2台の車両が破損をうけました。
その後、警察当局はAMP支持者を襲撃した疑いのあるフレテリン支持者5名を捜査していると報道されています。襲撃したのはフレテリン支持者であるようです。一方で選挙戦終了にあたり選挙管理委員会は、小さな出来事や不測の事態は発生したが重大な事件は起きなかったと声明を出しました。5月5日の襲撃事件にかんする記事やニュース映像で負傷者の写真をみると、これは深刻な暴力事件です。それでもおそらくこの暴力事件が治安を脅かすことのないものであるから小さな出来事として分類されたのかもしれません。
AMPの指導者たちは選挙演説でフレテリンを攻撃しかえます。シャナナ=グズマン氏は、フレテリンは暴力の政党で解散すべきだといい、自らの支持者へは挑発にのらないように呼びかけます。AMPの報道官でありAMP構成政党であるPLP(大衆解放党)の党首であるタウル=マタン=ルアク氏は、フレテリンのマリ=アルカテリ書記長は良い手本を示すことができない、国を治める能力が無い指導者であると酷評し、フレテリンが政権をとると独裁体制となる、この選挙は独裁体制か民主主義かを選択する第二の住民投票(第一の住民投票とはつまり独立を決めた1999年の住民投票のこと)だとフレテリンへの対決姿勢を鮮明に示しました。
新世代の判断が注目される
結局のところ、誠に残念ながら、フレテリンとAMPの対立構造は、フレテリンと解放軍(シャナナ=グズマンとタウル=マタン=ルアク)という昔ながらの対立構造にもっていかれたような感じがします。この対立構造においては、広く国民の尊敬を集めている解放軍が優位に立つことは疑う余地がありません。ゲリラと苦楽・生死をともにして戦った記憶が鮮明に残っている住民にとって、解放軍のシャナナ=グズマン総司令官とタウル=マタン=ルアク参謀長が手に手を携える“夢の組み合わせ“に魅力を覚えるのはごく自然なことでしょう。
1970年代、フレテリンと反フレテリン勢力が内戦をしたという過去があります。フレテリン側に殺された者たち、反フレテリン側に殺された者たちの、負の感情を呼び起こされれば、東チモール人同士の敵対関係を修復し、フレテリンの武装組織であった解放軍をフレテリンから切り離して全東チモール人のための民族解放軍として改編し、全東チモール人が参加できる解放闘争に東チモールを導いたシャナナ=グズマン氏の実績は、AMPに有利に働くはずです。
去年2017年7月の選挙で第一党に返り咲いたフレテリンのマリ=アルカテリ氏が政権樹立の際にカトリック教会に相談するなど謙虚な姿勢を示したとき、カトリック教会と良好な関係を最大限に利用して、フレテリン自らが1970年代に東チモール人同士が内戦に陥り物理的衝突をしてしまった負の歴史を清算する和解行動をとるべきでした。そうすれば今回の選挙も随分と違った展開を迎えたかもしれません。
あるいは、戦争の記憶のない/もしくは少ない若い世代の政治感覚を思えば、上記のような考え方はそれこそ旧態依然たるものかもしれません。東チモールでは17歳に達すれば有権者資格が得られるのです。住民投票によって独立が決まった1999年の時点で初等教育を受け始める年頃になっており、現在20代半ばにさしかかる世代を東チモールでは「99年世代」と呼ばれています。民主主義の指標では東南アジアでトップだとしても最貧国といわれる東チモールに「99年世代」に雇用の機会を提供する経済力はありません。多くの「99年世代」は、ポルトガル国籍を取得してEU加盟国で職を探すか、オーストラリアや韓国で政府が決めた職に就いて働くか、それとも国内でボ~っとするか、どれかを選ばなくてはならない厳しい現実で生きているのです。
2007年から10年続いたシャナナ連立政権は雇用創出と経済自立を目指し、チモール海の「グレーターサンライズ」ガス田からパイプラインが自国へひかれることを前提とした「タシマネ計画」(南部沿岸開発計画)を立案し、そのためのインフラ整備を推進してきました。この開発中心政策では、巨額の資金が庶民の生活向上のために費やされることはなく、貧富の格差や汚職の蔓延という社会の歪を東チモールにもたらしてしまいました。このことを批判して去年初挑戦だった総選挙で8議席も獲得し躍進したのがタウル=マタン=ルアク氏率いるPLPでしたが、タウル氏はシャナナ氏と合流してしまいました。若い世代が解放闘争の歴史にこだわらずに自分たちの将来をまずもって心配すれば、この「前倒し選挙」でシャナナ連立政権の10年を批判するフレテリンに若い世代の票が入ることも十分考えられます(去年の総選挙では、フレテリンはシャナナ氏との連立を選択肢に入れていたのでシャナナ連立政権の10年を批判しなかった)。
人口比率で大半を占める若い世代の政治感覚が、経済的に厳しい現実のなかで果たしてどのような意思表示を示すでしょうか……これが予断を許さない大きな注目点です。
~次号へ続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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