短歌における「改ざん」問題 ~斎藤史を通して考える
- 2018年 6月 11日
- カルチャー
- 内野光子
『梧葉』という季刊の短歌新聞の「視点論点」に以下を寄稿しました。
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短歌における「改ざん」問題
①國をこぞり戦ひとほす意気かたし今撃たずして何日の日にまた
❶国こぞり戦ひとほす意気かたし今起たずして何日の日にまた
② 亡き友よ今ぞ見ませと申すらく君が死も又今日の日のため
➋亡き友よ今ぞ見ませと申すらく君が憂ひしとき至りたり
①②は、斎藤史の初版『朱天』(一九四三年)八九頁の掲載作品だが、❶➋ は、後年の『斎藤史全歌集』(一九七七年、一九九七年)の収録作品である。初版では「天つ御業」の小題のもと、②には「すぐる二・二六事件の友に」という詞書を付す。『全歌集』での小題は「天雲」となり、傍線部分が改作されている。傍線部分を比べると、作者には、『全歌集』編集時に、歌の意味を大きく変更する意図があったことは明白である。ちなみに、①②は、『大東亜戦争歌集愛国篇』(一九四三年)『新日本頌』(一九四二年)にも収録されている。
また、斎藤史は、『全歌集』編集時に、『朱天』の冒頭に「はづかしきわが歌なれど隠さはずおのれが過ぎし生き態なれば昭52記」の一首を付記した。『全歌集』刊行時、この一首は、戦時下の自らの作品を隠そうとしなかった潔い宣言として、高く評価され、その後、しばしば引用されている。ところが、『全歌集』に収録された『朱天』は、初版の『朱天』から
現(あき)つ神在(ゐ)ます皇国(みくに)を醜(しこ)の翼つらね来るとも何 かはせむや
等を含む一七首が削除されていた。その上、『全歌集』の「後記」に「・・・多少の手直しはあるが、発表当初と大差はない。世渡り上手に生きるならば削ったであろう戦争時の歌もあえてそのまま入れたの・・・」とも記していた。
隠さずに公表したと言いながら、あとから、改ざん、削除、隠蔽が徐々に明らかになってきた、公文書改ざんの一件の構図を思い起こす。文芸の世界でも、用字・用語等の修正はともかく、一度、世に問うた作品や歌集には、表現者としての責任が伴うはずである。斎藤史は一例に過ぎない。(『梧葉』2018年4月春号 所収)
初出:「内野光子のブログ」2018.06.09より許可を得て転載
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