青山森人の東チモールだより…第8次立憲政府も波乱の幕開け
- 2018年 7月 18日
- 評論・紹介・意見
- 青山森人
青山森人の東チモールだより 第373号(2018年7月17日)
第8次立憲政府も波乱の幕開け
閣僚一部が就任できず
5月12日の「前倒し選挙」で議席過半数を獲得した三党連合勢力AMP(進歩改革連盟)が新政権を担うことになり、AMPの副代表ともいえる立場にあるタウル=マタン=ルアクPLP(大衆解放党)党首が首相に指名されました。これを受けてフランシスコ=グテレス=“ル=オロ”大統領(以下、ルオロ大統領)はタウル=マタン=ルアク氏を首相に任命しまた。ところが、タウル次期首相が提出したAMPによる第8次立憲政府の名簿41名のうち11名にかんして、就任を認めることに難色を示し保留したのです。汚職事件の調査の対象になったり裁判係争中の被告であったりしていることなどが保留の理由です。
6月22日、タウル=マタン=ルアク新首相をはじめとして新大臣・新副大臣・新長官らの宣誓就任式がおこなわれ第8次立憲政府が発足しました。しかしルオロ大統領が承認を保留した閣員11名の就任は見送られました。AMP代表であるシャナナ=グズマンCNRT(東チモール再建国民会議)党首は首相顧問大臣として就任するはずでしたが、ルオロ大統領のこの行為に怒り心頭に発したか、この日の就任式典を欠席しました。
もう一人、石油資源相に返り咲いたアルフレド=ピレス氏も、ルオロ大統領がピレス氏の大臣就任に難色を示さなかったのにもかかわらず、シャナナ=グズマン氏に足並みを揃えて就任式を欠席しました。ピレス氏の石油資源相への返り咲きに象徴されるように、AMPによる閣員名簿には2007年から10年続いたシャナナ連立政権の顔ぶれが多数含まれています。三党連合勢力による政権とはいえ、そしてPLPのタウル=マタン=ルアク党首が首相になったとはいえ、AMP政権とは事実上、これまでのシャナナ連立政権の延長線上であるのは明々白々といえます。
さて、就任を保留されたのは、エルダー=ロペス、フランシスコ=カルブダイ=ライ、ガスタン=ソウザ、トマス=カブラル、マルコス=ダ=クルス、セルジオ=ロボ、ビルジリオ=スミス、ジャシント=リゴベルト、アントニオ=ベルディア、ジョゼ=トゥルクエル、そしてフィロメノ=パイシャン、の11名です。急いで言っておかなければならないのは、フィロメノ=パイシャン氏の保留については、手続き上の問題のようです。フィロメノ=パイシャン氏は国防軍の第2番目の地位にある准将ですが、防衛大臣候補として名簿に載ったため、民間人となるべく国防軍に辞表を提出して、国防軍に受理されましたが、軍高官の場合は軍内部の手続きだけでは不十分で国会内で設置される国家評議会に辞職の件が諮られなければならない規定になっていることから、6月22日の就任が見送られたわけです。パイシャン氏は、その後、規定どおりの審議を経て民間人となり、7月8日、第二回目の閣僚就任式にて国防大臣に就任しています。
フィロメノ=パイシャン氏が国防大臣に就任した二回目の就任式で、大統領から保留されなかったシャナナ=グズマン氏とアルフレド=ピレス氏も就任する意志があれば就任できたはずですが、二回目の就任式は一人だけのものとなりました。シャナナ=グズマン氏のルオロ大統領への抗議の意思は相当に強いようです。
前回の第7次立憲政府と同様に今回の第8次立憲政府も、数回の閣僚就任式を経なければ閣僚の顔ぶれ揃わないという波乱の幕開けとなりました。
シャナナ氏による司法への反発
さて問題の汚職事件にかかわっているといわれる閣僚候補者たちのなかで、もっともわかりやすいのはガスタン=ソウザ氏です。第6次立憲政府で公共事業・交通・通信大臣を務めていたときに、公用車の不正使用をめぐって息子たちとマルチーニョ=グズマン神父とともに公金横領・公文書偽造そして管理行政の怠慢の罪の容疑で起訴されています(東チモールだより 第365号を参照)。当時首相だったシャナナ=グズマンCNRT党首は、「前倒し選挙」運動中を含めて、自分が車の使用を指示したので被告は無罪だ、自分が刑務所に入る、などなど公の場でこの裁判を批判し、また「前倒し選挙」後にはシャナナ=グズマン氏やバジリオ=ド=ナメント司教が裁判に出廷し証言をするなど、ガスタン=ソウザ氏は現在進行中の裁判の被告になっている人物です。
そのガスタン=ソウザ氏はこの第8次立憲政府では計画戦略投資相に指名されました。計画戦略投資相といえば、第6次立憲政府でシャナナ=グズマン氏が就いていた閣僚職です。シャナナ=グズマン氏はソウザ氏が被告となる汚職裁判にたいして自らの不快感を示したかのようです。そもそも10名も汚職疑惑にかかわるといわれる人物を政府要職に就けようとするシャナナ氏の意図とは司法への反発と不快感そして挑戦の表明であるとわたしには感じられます。
PLPの存在価値は?
汚職事件の調査をされる人物や容疑をかけられる人物を含む閣僚名簿を認めるのはタウル=マタン=ルアク首相にとってさぞ不本意だったに違いありません。しかしシャナナ=グズマン氏率いるCNRTが21名、タウル=マタン=ルアク首相率いるPLPが8名、KHUNTO(チモール国民統一強化)は5名というAMPを構成する三党がそれぞれ擁する国会議員数を考慮すればその力関係のなかでCNRTから多数の閣員を出すことを、その人物が容疑者であっても、呑まざるを得なかったのでしょう。シャナナ連立政権を批判して立ち上げたPLPの行く末が危ぶまれます。
第一回目の就任式が行われたあと、6月下旬、ルオロ大統領はインドネシアを公式訪問し、帰国後、タウル=マタン=ルアク首相はルオロ大統領と会談を重ねています。タウル=マタン=ルアク首相は、ガスタン=ソウザ氏を含む2名を名簿からはずすと発表するなど、シャナン=グズマンAMP代表から幾分の妥協を引き出したようですが、シャナン=グズマン氏は自分自身の就任を拒み続けルオロ大統領の判断に抵抗の意を表明しています。
憲法解釈論争が再浮上
去年2017年7月に実施された議会選挙の結果、僅差で第一党の地位を奪還したフレテリン(東チモール独立戦線)が連立政権を組んだものの、それは国会の過半数を占めることのできない少数政権でした。野党三党はAMP(国会多数派連盟)を組みフレテリン政権による国会運営に立ちはだかり、今年1月、国会は解散され、AMPは「進歩改革連盟」として「前倒し選挙」に臨み、結果、政権に就いたのは再三再四ここで述べてきたとおりですが、フレテリン少数連立政権発足のとき論争になったのは、過半数に満たない勢力による政権樹立を大統領が認めたことにたいする憲法解釈でした。このたびは、大統領が首相から提示された閣僚名簿にたいし一部とはいえ就任を認めないという行為が憲法違反か否かが憲法解釈論争を生んでいます。
AMPは、大統領は首相任命にかんして承認する/しないの権限はあるが、閣僚を決めるのは首相であるからして、任命された首相が提示する閣僚名簿を拒否する権限を大統領は憲法上ないのであると主張し、推定無罪の原則からしても就任拒否された閣僚候補者たちを犯罪者扱いするのは間違っている、大統領の行為は憲法違反であり政治混乱を引き起こしていると批判しています。たしかにこの論理は憲法上正しいのですが、これにたいし大統領は閣僚名簿を拒否しているのではない、国民の信頼を得られる政府樹立のために熟慮を求めているだけであり、大統領として当然の行為である、裁判の結果を待とうではないかと反論しています。なお、市民団体はルオロ大統領の判断を歓迎しています。わたしの感覚からしても、現在係争中の汚職裁判の被告を大臣に指名するというのは、たしかに推定無罪の原則はわかりますが、裁判で決着がつくまで入閣は遠慮してもらうというのが政治的な常識であると思うのですが…。
大統領府の報道官は6月27日、政府高官が関わっている汚職事件について、とりわけ政府閣員名簿に載っている人物が関与している裁判について急いで進めるようにルオロ大統領は裁判所にたいして要請したと声明を出しています。
政局はまだ安定せず
6月26日、タウル=マタン=ルアク首相をはじめとするAMPの幹部たちがシャナナ=グズマン氏の怒りを鎮めようとシャナナ氏の邸宅を訪れ話し合い(あるいは説得か?)をしたようですが、ニュース映像を見る限りではみんな曇り気味の渋い表情をしてシャナナ邸をあとにしました。記者からマイクを向けられたAMP幹部たちは何がどうなっているのか、語りませんでした。自分の思い通りにならない事態にシャナナ=ズスマンAMP代表はいらだっている様子が想像できます。
憤懣やるかたないシャナナ=グズマン氏は7月12日に記者会見をおこない、ルオロ大統領を強く批判しました。この記者会見の中でシャナナ=グズマン氏は、就任を拒否された(大統領は拒否ではないというが)CNRT党員で大臣候補であるエルダー=ロペス、フランシスコ=カルブダイ=ライ、トマス=カブラル、ビルジリオ=スミス、ジャシント=リゴベルト、の5名については裁判所に名前が登録されていない、つまりルオロ大統領の行動には法的根拠がないことを力説しました。おそらく裁判所に名前が登録されていないのは検察の調査対象となっている段階であると思われます。
またシャナナ=グズマン氏は、ルオロ大統領は今回閣僚名簿に載った人物の(日本でよくいうところの)“身体検査”を、前回も同じようにしたのか、と非難しています。
シャナナ=グズマンAMP代表がルオロ大統領にたいしていきりたつ一方、穏便な解決方法を模索するかのようにタウル=マタン=ルアク首相はルオロ大統領と会談を重ねるニュース映像を見ると、もしかしてタウル首相は自分のやりたいことをやってくれているルオロ大統領を内心で応援しているのでは?とついつい邪推したくなります。
政府閣僚が全員揃っても揃わなくても、政府成立から30日以内で政府は「政府計画」を国会に提出しなければなりません。フレテリン少数政権は「政府計画」を野党多数派によって拒まれ、政治的袋小路に追い込まれました。第8次立憲政府であるAMP政権は国会多数を占めているとはいえ、大統領に閣僚名簿を保留され袋小路に追い込まれそうで、まだ安定性を示すことができていません。タウル=マタン=ルアク首相は「政府計画」を作成し、それを国会通過させることができるか、まずはこれが第一関門です。
~次号へ続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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