米中貿易戦争とは何なのだ…本当の対立軸はどこに? 2、習近平には悪くないはずだったが
- 2018年 8月 7日
- 時代をみる
- アメリカ中国田畑光永
新・管見中国(40)
前回は米トランプ大統領における米中の「貿易戦争」なるものの正体を考えたが、今回は相手方である中国の習近平国家主席にとってのこの「戦争」の意味を検討する。
この2人の初の出会いは昨年4月の習近平の訪米で、この時は朝鮮問題で習がトランプに蘊蓄を傾けたことが伝えられている。
両国間で経済問題が浮上するのは、昨年8月、米側が通商法301条で中国による知的財産権侵害や商品輸入の際の技術移転強要について調査を始めたあたりからである。中國側は11月のトランプ訪中の際の首脳会談で約2500億ドルの商談をまとめて、米側の矛先をかわした。
その後、今年に入ってから、米側は必ずしも中國だけを対象にしたものではないが、太陽電池製品に緊急輸入制限を発動したり、鉄鋼、アルミニウムに追加関税を課したりといった動きに出て、それに対して中国側も対抗措置を講ずるなどで、緊張が高まって今日に至っている。
政権トップとして、最強国の米を相手に「貿易戦争」を戦うのはできれば避けたいところであろうが、習近平にとって今回の戦いは必ずしも悪いことばかりではない。
というのは、トランプのすることはまさに「アメリカ・ファースト」の一国主義であり、その手段は相手の輸出を押さえつける古典的な保護貿易主義であって、現代の世界の大勢に逆行するものであるからである。
昨年1月20日の大統領就任式でトランプは次のような言葉を連発した。
―何十年にもわたり、われわれは米国の産業を犠牲にして外国の産業を富ませてきた。
―今日から、新しいビジョンがこの国を支配する。今日から「米国第一主義」を実施する。
―われわれの製品をつくり、企業を盗み、職を奪うという外国の破壊行為から国境を守らなければならない。(自国産業の)保護こそが素晴らしい繁栄と強さにつながる。・・・
(2017年1月21日・『日本経済新聞』より)
このトランプ就任式の3日前の17日、スイス・ダボスで開かれた世界経済フォーラムの演壇に立った習近平は「時代の責任を共に背負い、世界の発展を共に促そう」と題して、国際協調を力説し、翌18日には国連のジュネーブ本部で「人類の運命共同体を共に築こう」と演説した。
この習近平の発言は中国外交にとって大きな意味を持った。と言うのはほかでもない。フィリピンがハーグの国際仲裁裁判所に提訴していた南シナ海のスカボロー礁の領有権をめぐる対立について、前年16年の7月12日、仲裁裁判所は「歴史的に中国に帰属する」という中国の主張を「国連海洋法に反するもので認められない」と退ける判決を下した件をご記憶と思う。
あの時、中國はそれこそ国をあげて仲裁裁判所を批判し、判決を「こんな紙くずには何の価値もない」とまで酷評したものだった。当然のことながら、これで中国の評判はがた落ちとなった。いくら気に入らない判決だからといって、そこまでけんか腰になるのではまともな話はできないと思われるのは当然の成り行きであった。
この後、中國は当の相手のフィリピンには経済援助攻勢をかけて対立の熱を冷ましながら、世界に広まった「法律無視、唯我独尊」という自らのイメージを消さなければならなかった。それが習近平のスイス行きの理由であったろう。
そして、習演説の直後にトランプの「アメリカ・ファースト」演説がおこなわれたから、たちまち「米の一国主義に対抗する中国の国際主義」という図式が生まれた。中国にとっては願ってもない成り行きであったはずだ。
昨年11月のトランプ訪中で中国は先述のように米製品の「爆買い」を約束をしたが、それくらいで米が矛を収めてくれれば、それこそ中国にとっては最高であっただろう。しかし、いざ中間選挙の年が明けたとなるや、トランプは急に顔つきを改めて「赤字を減らすために多額の関税をかける」と真正面から攻め立ててきた。この展開には習近平にとって計算外であったろう。
とはいえ、司法裁の一件のみでなく、お国柄から経済面でも完全に自由な商取引がおこなわれているとは言えないと事あるごとに批判されてきた中國にとっては、ヨーロッパの国々と腕を組んで、「自由貿易を守れ」と米に向かって叫ぶことが出来る状況はある種、新鮮で心地よささえ伴うものではなかったろうか。
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しかし、その後の経過を見ると習近平にいささか誤算があったようだ。対米交渉の責任者に劉鶴副首相をあてたのがそれだ。劉は2003年から中央財経指導グループ事務室副主任、13年からは主任に昇格して経済財政運営の党における責任者として、間近で習近平を支えてきた。言うまでもなく習人脈の有力な1人である。昨秋の党19回大会で政治局員に昇格し、今春の全人代で副首相となった。
2012年から17年までの第1期習近平政権では、対外経済担当の責任者は共産主義青年団出身で李克強首相に近い汪洋副首相であった。その汪は昨秋、党の政治局常務委員に昇格して今春から政治協商会議の主席に転じたが、その後任と目されたのは新しく副首相となった胡春華であった。
胡も共青団出身、汪洋の後任として広東省のトップを引き継いだ人物で、1963年生まれの今年まだ55歳という若手である。そこからポスト習近平の有力な1人と目され、昨秋の党大会で常務委員に昇格すれば、その下馬評は事実に裏づけられるところだったが、昇格はならなかった。おそらく長期政権を目指す習にうとまれたのであろう。そして対米「貿易」戦争の司令官役にも、習は胡春華でなく、劉鶴を起用した。
劉は1994年から95年にかけて米ハーバード大学のケネディ行政管理学院に留学した経験があるから対米交渉に向いていると言えなくもないが、いずれにしろ劉がことをうまく収めれば、内政・外交を問わず、習近平の指導力はいっそう強固なものとなっただろう。
しかし、ことはそううまくは運ばなかった。6月初めのワシントン会談以降、表向きの交渉は開かれていない。その間に双方が相手からの輸入340億ドル分に25%の追加関税をかける戦闘が始まった。このままでは近く双方がそれに加えて160億ドル分についても同様の追加徴税が行われるだろうし、さらにその後には米側からは中国製品2000億ドル分に、中國側からは米製品600億ドル分(米からの対中輸出は昨年の総額で1300億ドルしかない)への追加徴税という矢がすでに双方の弓につがえられている。
こうなるとどこまでいけば収まるのか、という心配が双方に兆すはずだが、その強さはどうやら中国側の方が強いようで、米経済の好調さと対照的に、中國の株(上海総合指数)は年初来17%も下がり、人民元も下落の一途をたどっている。
そこで、勿論、確認はできないのだが、中国国内にはさまざまの噂が流れ始めたようである。
その1つは引退した長老幹部たちが連名で習近平に意見書を送ったというもの。夏の盛りは中国では現役、長老の幹部たちが河北省の北戴河という海岸の避暑地で休養するのが慣習だが、そこでは「北戴河会議」という言葉があるように、さまざまな意見が交わされる。習近平「一強」体制が何らかの形で長老たちの口の端に上ることは十分考えられる。
その中身に想像を巡らせても無意味だから、情報に耳を澄ますしかない。同時に、とにかく2か月ほども表面の動きがないということは、米中間の舞台裏の交渉(劉鶴とムニューシン財務長官と言われる)がよほど難航しているのであろう。これから先は、はて?
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