広島の演劇集団が群像劇『河』の京都公演へ - 被爆直後の峠三吉らの苦闘を描く -
- 2018年 8月 18日
- 評論・紹介・意見
- 原爆岩垂 弘峠三吉広島
「ちちをかえせ/ははをかえせ……」の詩で知られる広島の被爆詩人・峠三吉(1917~1953年)と、その仲間たちの敗戦直後の活動を描いた群像劇『河』が、広島の演劇集団の手で9月の8、9両日、京都市北区で上演される。演劇集団はこれを昨年12月の23、24両日、広島市内で上演したが、京都の人たちから「京都でも上演して」と声がかかり、これに応えることにした。「峠たちが原爆反対と民主主義の実現を求めて懸命に生きていた時代と、60余年後の今の日本の状況が実によく似ている。そのことを訴えたい」という。
『河』は、広島在住の劇作家であった土屋清(故人) の創作劇。1963年に広島で初演された。1948年から53年までの広島が舞台で、この間、50年には朝鮮戦争が勃発している。登場するのは、峠三吉や、峠らが結成した文学サークル「われらの詩の会」のメンバーだ。彼らは「反戦平和」を掲げて活動を始めるが、さまざまな困難に直面する。
それは、当時、日本が連合国軍総司令部(GHQ)、実質的には米軍の占領下にあったからである(それは、1952年4月28日に対日講和条約が発効し、日本が独立するまで続く) 。日本を占領したGHQは直ちに言論統制に乗り出し、「プレス・コード」を発令したが、それは、日本の新聞に占領政策への批判を禁じた規則だった。当然、原爆被害に関する報道も禁じられた。これは、一般人にも適用されたから、広島市民が、原爆について書いた文書を発表したり、配ったりすることはできなかった。小説など文学作品にもGHQによる検閲があった。
そんな環境の中でも、峠たちは反戦平和のための活動を続けるが、50年6月25日に朝鮮戦争が突発し、朝鮮半島で原爆が使用されるのでないか、という危機感が広島の市民の間で高まる。峠は「もし朝鮮人の上に原爆が落とされるようなことがあったら、ぼくら広島の人間の責任じゃ。急がんと」と焦る。
その年の「原爆の日」8月6日は広島市主催の平和記念式典も中止となり、広島では、集会・デモも禁止となる。そうした中で、峠らは、「戦争反対」「原子兵器禁止」「外国帝国主義は朝鮮から手をひけ」などと書いたビラをデパートの屋上からまいたり、ゲリラ的に集会を開く。
『河』はこうした峠らの活動を劇化したもので、4幕からなり、上演時間は2時間45分。
この劇が昨年12月の23、24両日、広島市西区の横川シネマで29年ぶりに上演されたわけだが、この公演を企画したのは、広島文学資料保全の会(代表・土屋時子さん、事務局長・池田正彦さん)の人たちだった。土屋時子さんは『河』の作者・土屋清の妻である。
同会は広島ゆかりの文学者の遺作を保存する活動を進めてきたが、ここ数年は、峠三吉をはじめ、やはり被爆詩人の栗原貞子、被爆小説家の原民喜の計3人の作品をユネスコの世界記憶遺産に登録させる運動に力を注いできた。広島市も共同推薦者に名を連ねる。
昨年は峠三吉生誕100年にあたったほか、土屋清の没後30年にあたった。そこで、同会内で「いろいろな意味で2017年は記念の年にあたるので、ぜひ『河』を再演しよう」という声が上がった。加えて、内外の情勢が、同会関係者を再演に踏み切らせた。
まず、この年、世界的には核とミサイルの問題をめぐる米国と北朝鮮の対立が激化し、両国間で核戦争が起こるのではないかと憂慮する声も上がって、世界は緊張の度を高めつつあった。国内では、安倍政権が「北朝鮮の脅威」を口実に総選挙に打って出たほか、北朝鮮による核攻撃に備えるとの触れ込みで避難訓練まで行われた。その上、安倍政権は「外国からの攻撃に備える」として、政権発足以来、特定秘密保護法、安保関連法、共謀罪法などを次々と成立させてきたから、これらが言論統制につながるのではと懸念する声が国民の間で聞かれるようになっていた。「いまの日本の状況は、峠らが生きていた終戦直後の日本のそれとそっくりではないか」。そんな危機感が、広島文学資料保全の会の人たちを、かつて上演された芝居の「再演」に向けて突き動かした。
制作は池田正彦、斉藤正恵、広田まり子の3氏。演出と峠の妻・春子役は土屋さんと決まった。キャスト(役者)は会社員や公務員、自営業者らで、プロの役者は1人もいない。いわば、臨時に集まって結成された演劇集団で、皆、仕事の合間をぬって稽古を重ねた。
思わぬ参加者もあった。登場人物の1人の「市河睦子」は実在した、「われらの詩の会」のメンバーだった林幸子(1929~2011年)がモデルだが、その役を林の孫の中山涼子さん(時事通信広島支社記者)が演じた。地元紙の報道によれば、広島文学資料保全の会を取材する中で土屋さんから『河』への出演を打診され、土屋さんらの意図に共感して出演をOKしたという。第3幕で、祖母の詩を朗読した。
「ああ お母ちゃんの骨だ ああ ぎゅっとにぎりしめると 白い粉が 風に舞う お母ちゃんの骨は 口に入れると さみしい味がする」
林の代表作とされる詩だが、地元紙によれば、会場からはすすり泣きも聞こえたという。
広島では4公演に約500人が観に来てくれた。予想以上の入りで立ち見が出るほどだった。次は京都公演だが、ここでは1964年にこの劇が上演されており、京都公演は実に54年ぶり。
京都公演の会場は紫明会館3Fホール(北区小山南大野町1番地 電話075-411-4970)。
9月8日午後5時、9日午前11時、午後3時の3回公演。
入場料は一般2500円、大学生1500円、高校生以下1000円(当日は500円増し)。
前売りチケットの申し込みは、広島文学資料保全の会(℡・FAX 082-291-7615)または京都上演委員会・<株>三人社(℡075-762-0368 FAX075-762-0369)へ。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion7918:180818〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。