中国擁護のわけ その3 -ちきゅう座より-
- 2018年 9月 17日
- 交流の広場
- 箒川兵庫助
一橋大学名誉教授加藤哲郎氏の『中国から見ても、日本は「忍び寄るファシズム」』及び『「忍び寄るファシズム」の足音に耳を澄まして!』を拝読した。石井七三一部隊の存在は知っていたがより詳細なお話を読むことができていくらか身近な話題となった。小生の研究する加藤周一も石井部隊の実験について書いているからである。
特に上の二つの文章で特に目を惹いたのが部分的ではあるが,「・・中国新疆ウィグルの人権についての国際報道が始まった途端に、突如TV映像が切れました。・・」と「「自然の時間から時計の時間へ」である。今よりもっと若かった頃の話で記憶も定かでないので申し訳ないが,中国でITパソコンの画面が「突如黒塗り」になったという話を聞いたことがある。その頃はひどい言論統制だと思っていたが,今ではそう思わない。教授添付の【ファシズム初期の症候】にある「メディアのコントロール」は森友・加計問題を全然報じなくなった日本の安倍友メディアに当てはまるからである。「敵国づくり」はさらにひどい言論統制であろう。また南スーダン・イラク日報隠しに至っては「軍事の優先」でありこれまたひどい言論統制であろう。「あるものをない」と言って騙した財務省も言論統制の最先端をゆく。
カシュガルから出発してムスタガ-タ山を見るために往った帰り道,沿道を馬車で行く農夫に出会った。スイカを運んでいたので一つ所望した。時刻は4時半を過ぎたころであったろうか。今,カシュガルまで高速道路ができたというニュ-ズに接して,石油を求めての西部開発の余波がカシュガルまで及んだのかという感慨をもつに至った。つまり「自然の時間」ではなく「時計の時間」が彼の地まで及んだことを心配した。ウィグル人の一日が北京政府の時間(時刻)で始まり終わる。しかしそういう生活にカシュガルの人々が容易に馴染むのであろうかと,農夫とスイカを思い出して考えた。そこからお財布携帯まで遠くないだろう。
さて本題に入るが朝堂院大覚総裁主宰するところのJRPテレビジョンで,ウィグル・ウルムチ出身のトゥール・ムハメットという人権活動家による東トルキスタンの歴史のお話を聞くことができた。さすがに大学で講師をされていただけあって説明がうまい。その独立の歴史と独立の熱意が理解できた。しかしそこに問題が2つある。一つは,東トルキスタンは2千年前からそこにあったのかどうかという問題。女真人とか契丹人あるいは西夏人はどうなったのか。トルコ人とは無関係なのかどうか。もう一つはヤルカンドの集中強制収容所の存在。「中国擁護その2」で指摘したように中国包囲網の一つとして人権問題が昔からあるが2016年8月からその強制所の存在が急浮上したのはなぜか。中国元がIMFの通貨取引権SDRに組み入れられたからではないのか(同年3月)。つまりペトロダラーの凋落であり,元が強くなったからではないのか。米ドルを使わず中国元を使う。
100万人以上いる収容所に関する衛星写真をカナダの学者がもっているという。ならばムハメット氏はそれを番組で提示すべきであった。偵察衛星はロシアも米国(NROL-37)も持っている。ロシアも提示すべきであろう。あるものは隠すことができる。ないものはないか,偽造できるかである。
日本の国会の言葉を借用すれば,印象操作(プロパガンダ)がCIAの得意とするところである。印象操作の他面は,別の問題から人々の目を逸らすことである。S.Darius氏は”While all eyes are on Syria’s Idlib, US continues to decimate Yemen,”を書いて,米国によるイエメン人多数虐殺問題から人々の目を逸らしている現状を警告している(rt.com,14 Sep, 2018)。 中国人権問題を衛星放送すればこれも亦イエメンから目を逸らすことに繋がる。逆も真なりだが,米軍やCIAが世界のあちこちに紛争をまき散らしているがゆえに,人々が一つの問題に中途半端となり集中できないように印象操作が行われていると,言ってよいだろう。すなわち印象操作という水道源は米国である。中国政府は汚名を積極的に挽回せねばならない。
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