深まる中緬関係 一帯一路戦略への組み込まれと高まる懸念
- 2018年 9月 30日
- 評論・紹介・意見
- ミャンマー一帯一路野上俊明
地元紙イラワジ紙で、この9月、ナンルインという若い女性記者が、注目すべき論説記事を二本書いています。総勢50人を超えるイラワジ紙記者の半数以上が女性記者で、しかも年々彼女たちの取材能力が向上しているのは、目立たないものの民主化の重要な成果です。半世紀に及ぶ軍部独裁の鎖国政策のために、ミャンマーの若者たちは先進国の社会思想や社会科学に触れる機会がほとんどありませんでした。そのためでしょう、イラワジ紙の記事といえども総じてしっかりした方法論に支えられておらず、政治・社会現象に対しての掘り下げが十分でないという恨みがありました。しかしナンルイン氏の論説は、若者たちの改革の情熱が尽きない限りは、かならずやその弱点を克服できるだろうと我々に確信をもたせる内容です。
本日は上記の論説記事の要約を以下紹介いたします。
①分析:多くの一帯一路プロジェクトの破綻で、ミャンマーで高まる「債務の罠」への警戒(9/18)
<中国の一帯一路戦略のほころび>
――パキスタン・中国経済回廊建設の合意をパキスタン中止
――マレーシアは債務の罠(デット・トラップ)に陥るのを避けるために、一帯一路の一部を構成する2つの主要インフラ・プロジェクトの総額230億ドルの取消を発表。
――スリランカの一帯一路の深海港プロジェクトはスリランカが債務返済に失敗した後、最近99年のリースで中国の国営企業に引き渡された。(その他、インド洋の島国モリディブで、9/23の大統領選で一帯一路反対派が勝利して世界を驚かせたーN)
<国内で広がる危機感>
数十億ドル規模の経済プロジェクトのためのミャンマー政府と北京との最近の合意は、国家信用の格付けが低く、債務返済能力が低い国では「債務の罠」を作り出す可能性があると国内で危機感が広がっている。(ウォール・ストリート・ジャーナル8/13によれば、ミャンマー当局は現在、プロジェクトの規模を当初予定の73億ドル(約8100億円)から13億ドル程度まで縮小する方向で、中国中信集団(CITICグループ)が主導するコンソーシアム(企業連合)と協議を進めているーN)。
<ミャンマー政府と北京との合意経過>
スーチー氏は2017年、北京の国際協力のためのBelt and Road Forumに出席し、 「シルクロード経済ベルトと21世紀海のシルクロード・イニシアチブ」の枠組み内での協力に関するMOUに訪問中に署名した。
続いて2018年、中国・ミャンマー経済回廊(CMEC)の設立に関する覚書(MOU)を締結した=中国の雲南省の省都である昆明と、一帯一路の一環として、ベンガル湾に臨むラカイン州のチャオピュー深海港とをつなげるもの。このプロジェクトは、内陸の雲南省の開発を促進する中国の夢を実現するものである。(かつ中東からの原油・天然ガスなど、危険なマラッカ海峡を経ずに直接中国本土に送り込めるーN)
1700キロにおよぶCMECプロジェクトは、NLD政権の下で、外国直接投資(FDI)の最大のパッケージの1つになるものであり、ミャンマーは毎年FDIの低下とラカイン州のロヒンギャ危機をめぐる国のイメージに苦しんでいるので、中国によるインフラ整備は願ったりかなったりである。
イラワジ紙より
<中国側のプロジェクト提案内容>
CMECの提案によると、プロジェクトの初期段階には、後で開始する他の主要なインフラ・プロジェクトを除いた総予算20億ドルの推定プロジェクト24件が含まれている。 この予算から、ミャンマーの農林水産省は、ミャンマーの回廊に沿って灌漑システムを開発するために4億ドルを受け取る。
ヤンゴンでは、中国通信建設会社(CCCC)は、CMECの一環として、複合的な新都市、工業団地、都市開発プロジェクトの建設を目的とした開発プロジェクトである1,000億ドルの新ヤンゴン市を既に提案している。
この提案には、マンダレー※を通じた3つの主要道路、中国との国境のミャンマー側のムセ、シャン州のいくつかの道路へのアップグレードも含まれている。 高速道路と高速鉄道は戦争で引き裂かれたシャン州とカチン州を横断することになっている。 戦略計画の成功を促進するために、中国はミャンマー政府と民族武装集団との和平交渉を支援する努力を続けている。ミャンマーの投資・企業管理局(DICA)によると、経済回廊プロジェクトは、基本的なインフラストラクチャー、建設、製造、農業、輸送、金融、人材育成、通信、研究技術を向上させる。
CMECがミャンマーの南部と西部地域に中国製品を直接流入させることを可能にし、中国の産業は人件費の上昇と過剰生産を削減するためにここに移転する可能性があると主張した。 ミャンマーは中国、東南アジア、南アジアの主要貿易拠点(ハブ)になるだろう。
※マンダレーは旧王都。アジア太平洋戦争中、日本の藤原特務機関はマンダレーが勝敗の分水嶺で、ここが落とされれば日本占領は瓦解するとみなしていた。今日マンダレーはほとんど中国人の町といえるほどで、漢字の看板が林立し、市場には中国製品があふれている。果たしてヤンゴン陥落の恐れはないのだろうかーN.
<ワシントンに拠点を置く「世界開発センター」の報告書>
中国は一連の援助活動と多額の貸付を通じ多くの国々を財務リスクにさらしている。報告書によると、特にリスクの高い国は、ラオス、モンゴル、キルギス、タジキスタン、モルディブ、ジブチ、モンテネグロである。―スリランカのBelt and Road Initiativeの深海港プロジェクトは、スリランカが債務返済に失敗した後、最近99年のリースで中国の国営企業に引き渡された。 スリランカは、一帯一路のルートへの影響力を確保するため、中国が野心的にローンや援助を利用している鮮明な例のひとつ。最近のKyaukphyu SEZ(チャオピュー経済特区)の最近の成功した再交渉は、経済回廊のためのMoUと組み合わされ、ミャンマーは地域の経済覇権を達成するための中国の戦略計画に足を踏み入れることになる。
<一帯一路への協力の条件>
ミャンマーの政治アナリスト=西側がミャンマーを中国に押しやっているのだ。ミャンマーは中国に頼る以外ない。中国は戦略を実現するため、多様な道筋を付けてくる。
他方、ミャンマーのようなアジア諸国の発展は、経済発展を促進し、生活水準を向上させるためにインフラ整備を必要としていることは間違いないが、これらのプロジェクトの所有権、運営および条件に関して重要な疑問があることが指摘されている。
ミャンマーは、土地利用権やその他の譲歩、これらのプロジェクトの条件など、他の条文についても注意を払わなければならない。 そうすれば、ミャンマーは主権と経済的国益を守ることができる。DICAの関係者によると、MOUには、両国の関係省庁間の15の協力関係が含まれているが、ミャンマー政府はそれを公開していない。
NLD経済顧問ショーン・ターネル=ミャンマーは、中国のメガプロジェクトがミャンマーの国家的および経済的利益に関わるものであるかどうかを検討する必要がある。
N――ミャンマーと中国の経済回廊の実現にあたっては、NLD政府が計画の主体性をもたず、国内の専門家や国民の声を無視して進める傾向にあるので、国際社会の監視が極めて重要です。とくにプロジェクトを実施するにあたり、大規模な土地の強制収用を行なう危険性があります。事業の実施主体が実質中国であり、NLD政府は国軍やクロニー寄りなので、プロジェクト対象地域で現地住民・農民の権利侵害が大規模に発生することも考えられるのです。
②分析:西側との関係がほころんで、北京にすり寄るNLD(9/27)
NLD政府になってからの2年間、スーチー氏から青年幹部に至るまで、NLD中央委員会のメンバー110名が中国詣でをしてきたが、それはとくに2017年のロヒンギャ危機以降加速している。中国側の招待による使節団は、両党間の友好促進のほか、議会経験交流、親善訪問、短期学習ツアー、青少年指導者訓練などを目的としている。
9月下旬、NLD所属の18人の高官が9日間の親善訪問で中国に行ったが、このような規模でははじめてのことだった。一行は農村開発、農業、環境保護、税制改革の分野での成果を見せられ、共産党の黄昆明宣伝部長と会談し、その後長江にまたがる世界最大の三峡水力発電ダムを訪問した。(これには「ミッソンダム」建設を何としてでも成し遂げたい中国側の思惑が透けて見える。おそらく環境問題などスルーした見学であろう—N)
通常の訪問パターンでは、使節団はまず北京を訪れてからミャンマーとの国境を共有する雲南省の首都、昆明で旅行を終了する。 その道すがら使節団は、共産党のリーダーシップ・モデルと中国の経済社会改革の様子を見て回る。
中国のミャンマー使節団を招待する回数や人数は他国の追随を許さない。この10月には、中央青少年作業委員会の指導者を含むNLDの青少年選手25人が、中国の雲南省雲南大学で6日間の研修に参加する予定。雲南大学がNLD青少年を招待したのは今回が3回目。 この研修は調査研究に重点を置いている由。
2012年以降、中国はミャンマーのミャンマー国内の知識人との関係を強化することによって、軍と政党との関係の範囲を超えて戦略を拡大している。 中国は、地元の専門家、ビジネスマン、ジャーナリストを北京に招待して、同国のプロジェクトや計画について説明した。2012年の補欠選挙で勝利後、2013年にNLDは使節団を派遣しだした。スーチー氏は総選挙前、2015年6月に初めて訪中、総選挙でのNLD勝利を見越して、中国側も大歓迎。
中国の眼目は、相手はどの政党でもかまわない、要は自身の一帯一路戦略のインフラ事業を実施できる条件をつくることである。2015年の選挙後、共産党は公式チャンネルを使用して、NLD議員や若い党員を短期研修ツアーに招待し、党の規律、指導力育成、農業分野、農村開発に関するアイデアの共有に重点を置いた。2017年12月にスーチー、習近平と初会談。その後も一回訪中。中国はNLD代表団を招待するために様々なチャネルを使用していると主張した。その主なものは「政府間」、「党間」、「議会間」のチャンネルである。
しかし、一部の専門家は、中国のミャンマー政治への影響力に対する懸念を表明し、CPCがミャンマーの与党に適切なモデルを提供しているかどうかについて疑問を呈した。中国は、ミャンマーの人々に訪問することを呼びかけることによって、自らのアジェンダ[投資とプロジェクト]を推進しようとしている。各国の政治的価値は異なる。 中国政府は集権的手法で知られている。 ミャンマーの与党が中国の経験を模範とするならば、それは我々を(やがて)支配することになろう。ミャンマー政府は公聴会を経ずに中国といくつかの覚書を締結し、市民団体にもより多くの制限を設けている。 これらは二国間訪問の結果として見ることができる。(つまり中国流の上意下達、民主主義無視の流儀を授けられているということーN)なるほど依然世論の大勢は反中国感情が根強いものの、中国側も地元社会との関与を強め、融和と利益還元を図ろうとしている。
かつて中ソ論争のとき、中国共産党はソ連を「社会帝国主義」と罵りましたが、今や中国はその域も越えて「新植民地主義」の色彩を強めていると、周辺諸国は警戒感を強めています。ただ中国のミャンマーへのアクセスの仕方には学ぶところがあるでしょう。開発プロジェクトの提案を皮切りに、大量の使節団の招待にみられる人的ネットワークの構築や現地見学・研修などの多様なメニューを提供して、国づくりの手助けをしているようにみえます。善し悪しは別にして、NLD政府が渇望する計画、資金、技術移転・人材育成、計画の実施に伴う組織化のノウハウなど、ある意味でかゆいところに手の届くような援助スタイルもとっているようにみえます。日本はJICAや多くのNGO/NPOが援助活動に入っていますが、なかなかその全体像が見えてこない恨みがありますーN.
2018年9月30日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion8040:180930〕
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