被害者本人を抜きにした国家間の協議と妥協では真の解決になるはずがない
- 2018年 11月 14日
- 時代をみる
- 安倍政権弁護士歴史認識澤藤統一郎韓国
ときどき吉田博徳さんから電話をいただく。たいていの場合、「サワフジさん、教えていただきたいことがあるんですが」という言葉から始まる。私は緊張して、次の言葉を待つ。さて、今回は何のことだろうか。
吉田さんは、私より22歳も年上。元は全司法労働組合の委員長だった方。その任を降りた後は、平和運動一筋。ごく最近まで日朝協会東京都連の会長でもあった。かつては日本領だった韓国の生まれで、その地で育った方でもある。その吉田さんの質問は、韓国大法院の徴用工判決についてのことだった。
韓国の最高裁が元徴用工の訴えを認めて、新日鉄住金に賠償金を支払えという判決を出しましたでしょう。ところが、日本の政府は、あり得ないとんでもない判決だという。どうしてそんなことが言えるのでしょうかね。
政府の言い分をまとめるとこんな具合でしようか。
日本の敗戦によって終了した植民地統治時代の諸問題を解決するための日韓会談が長く続けられて、1965年に日韓基本条約が成立しましたよね。ここから、独立国同士の新たな国交が始まった。同時に、「日韓請求権協定」が締結されて、それまで未解決だった両国間の財産関係だけでなく、植民地時代の両国民間の財産問題やあらゆる請求権問題が、「完全かつ最終的に解決した」というんですね。すべての請求権は、有償2億、無償3億(ドル)の経済援助を見返りに消滅した。それを今さら蒸し返すとは怪しからん、国際の信義に悖る、という言い分ですね。
国家と国家の間の協定で、国家の権利を処分できるのはともかく、国家が国民に代わって国民の権利を値切ったり処分してしまうなんてことができるものでしょうか。
おっしゃるとおり、大いに疑問の残るところです。少なくとも、この日韓請求権協定では、日韓両国とも個人請求権が消滅したとは言っていません。
国の権利と国民個人の権利とをきちんと分けて考えなきゃならんということですね。
国会での外務省の答弁も、一貫して「両国間の請求権の問題」と「個人の請求権の問題」とを意識的に分けて、協定の効果を考えています。たとえば、「両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。その意味するところでございますが、日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」というふうに。
つまり、解決済みというのは、「日韓両国が国家として持っている権利」であって、個人の民事的請求権ではないというわけですね。
そのとおりです。この場合、原告が旧日本製鉄に対してもっている慰謝料請求権と、韓国が日本に対してもっている外交保護権とは本来別物で、「最終かつ完全に解決した」のは外交保護権だけというわけですから、韓国の裁判所が元徴用工の旧日本製鉄に対してもっている慰謝料請求権自体はこの協定でなくなったというわけではない。
外交保護権とは、韓国が韓国民の後ろ盾になって、日本に対して、この問題何とかしなさいと要求する権利ですね。日本の企業が徴用工にひどいことしたじゃないか、日本が責任もって善処しなさい、と被害者本人に代わって交渉する権利ということですね。
もちろん立場を逆にした関係でも同じです。日本から韓国に対して、「日本国民の財産を韓国に残してきた。その補償を韓国として善処していただきたい」という権利も考えられる。この外交保護権はお互いチャラにした。でも、それ以上に、それぞれの国民の個人としての実体的な権利がなくなったということではない。日本の政府だけでなく、最高裁も同様の考え方を取っています。今回の大法院判決は、元徴用工の「強制動員慰謝料請求権」については請求権協定で消滅していない、と認めた。今回の韓国大法院の判決がおかしいとは言えない。これをおかしいということの方がおかしい。
でもね、サワフジさん。わからんのは、安倍首相が「国際法に照らしありえない判断」と言っていますね。「国際法に違反した判決」ともね。この国際法っていったいなんでしょうかね。
私も弁護士ですが、弁護士なんて国際法はろくに知りません。この場合に最高裁が従うべき「国際法」ってなんだろうって考えていたんですよ。結局のところ、実質的には、日韓請求権協定の存在を「国際法」って言い換えているだけのようですね。それだけのこと。
一国の首相が他国の最高裁の判決を批判しての発言なんだから、なにかそれらしい「国際法規」があるんじゃないですか。今日はそれを聞きたくて、電話を差し上げた。
「一国の首相」の発言という思い込みが間違いの元。ウソとごまかしの安倍晋三の発言と思えば、おわかりでしょう。
でも、何かあるでしょう。たとえば、国と国との約束は守りなさい、という程度の国際慣習でも。
調べてみたら、それならあります。「ウィーン条約法条約」という名前。国連国際法委員会が条約に関する慣習国際法を法典化したものだそうです。1969年に採択されています。その第26条に、「効力を有するすべてのの条約は、当事国を拘束し、当事国は、これらの条約を誠実に履行しなければならない」と、当たり前のことが書かれている。もしかしたら、安倍首相がいう「国際法」というのは、こことかも知れません。
今回の判決では、日本のマスコミが一斉に韓国批判の立場を取ったでしょう。どの新聞も安倍首相の言うとおりに書いた。もったいぶった安倍首相の「国際法」も、一役買ってますよね。その正体がこれですか。
1965年日韓請求権協定の「完全かつ最終的な解決」とか、2015年慰安婦問題日韓合意の「最終的かつ不可逆的な解決」とか、加害者側の押しつけがましい文言が、結局混乱と紛糾のタネになりますね。
やっぱり、加害者側に真に謝罪の気持と誠実さがないからですよ。それに被害者本人を抜きにした、国家と国家の話し合いと妥協ですから、これでは真の解決になるはずがない。
おっしゃるとおりですね。今日はこれくらいにして、続きは日民協の司法制度研究集会でお目にかかった際にいたしましょう。それから、11月25日午後の吉田さんの日朝問題の講義を楽しみにしています。午後1時半から小平市中央公民館で、今回のテーマは「明治維新後の日朝関係史」でしたよね。勉強させていただきます。
(2018年11月13日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2018.11.13より許可を得て転載
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