ハイブリッド政権内で高まる国軍比重―行きづまる民主化と旧将軍たちを主要閣僚ポストに軒並み登用
- 2018年 12月 6日
- 評論・紹介・意見
- スーチーちきゅう座会員・哲学研究ミャンマー野上俊明
2020年の総選挙まであと2年、民主化も経済的パフォーマンスもその実を上げることのできないスーチー政権は、民主化を棚上げして経済的実績づくりのために、中核的閣僚人事で元国軍の閣僚経験者を民間人と入れ替えています。先の補欠選挙での少数民族地域での実質的敗北に焦る政府は、無能で効率が悪いという世評を考慮して「行政改革」の手を打ってきたのです。その結果、経済関係省庁が統合集権化されて、一元的執行体制が本格稼働しつつあります。
その結果、政権内の従来の軍事・警察部門に加え、経済部門中心に元将軍らの登用が目立ってきています。(以下の図は、Nikkei Asian Review 11/19に掲載されたものです)
以下、イラワジ紙11/19とNikkei Asian Review11/29からの摘要です。
●ミャンマーの25の連邦レベルの省庁のうちの6つは現在現役軍人か元軍人の大臣に率いられている。つまり国軍が任命した3人の閣僚―国防省、国境省、内務省―のほかに、すでに連邦政府省、宗教文化省、労働移民省の大臣は軍関係者に置き換えられている。そのほかスーチー政府は2つの省庁トップにかつて国軍に忠実であった2人の人物を任命した。経済活性化の要である投資委員会トップの地位にタウントゥン氏を当て、またティンスエ氏を国家顧問 オフィス担当とした。タウントゥン氏は閣僚レベルの経済チームの中心となって、投資環境の改善を行ない直接投資誘導促進のためにフル稼働しているという。
●そのほか大臣以外の要職であるが、国の既存の法律を審査する役割を担う議会の法務・特殊事例審査委員会の議長に、独裁時代のナンバー・スリーでスーチー氏に最も近いトラシュエマン氏が継続して任に就いている。この審査委員会の守備範囲には、憲法審査も含まれている。腐敗防止委員会は、情報省、労働省、社会福祉・救済再定住省の大臣を歴任したアウンジー氏がトップを務めている。彼は軍事政権時代、国軍と自宅軟禁中のスーチーの連絡調整役を務めた経験を持つ。(以上の二つのパラグラフは、イラワジ紙から)
●9月に政府は予算内で優先的に扱うための251点の政策上の課題を列挙した「ミャンマーの持続可能な発展計画」を発表した。計画財務大臣のセッアウン氏は、計画をまとめる上で重要な役割を果たした。彼はまた、テインセイン大統領の経済顧問を務め、経済改革のためのテスト場を提供する国の経済特区を設立するのに役立った。 彼はまたティラワ経済特区の管理委員会の長であり、中国が関与するチャオピュー経済特区の管理委員会の会長も務めている。 彼は、中国からの資金援助が債務超過に陥らないように、プロジェクトを元のサイズの5分の1に縮小して、中国との難しい交渉を完了した。
●現在、ミャンマーに進出する外国の製造業者にとって最大の障害は電力不足である。 ウィンカインエネルギー省大臣は、輸入された液化天然ガスを燃料とするミャンマー初の発電所建設の道を開いた。大臣の示す方向性において、ミャンマーはプロジェクトの合理化された入札プロセスを採用し、外国企業が率いる2つの巨大なLNG発電所プロジェクトに承認を与えた。
●オーンマウン観光相は10月に政府内からの抵抗を乗り越えて新しいビザ制度を導入した。 消費拡大を目的としたこの新しい制度は、日本人と韓国人に観光ビザの要件を免除している。 到着時に中国国民にビザが提供される。(以上の三つのパラグラフは、NARから)。
●さらにミャンマーでは宗教文化省は、宗教・イデオロギー政策上極めて重要な省庁です。出家僧侶の集団であるサンガなど、各宗教宗派を統括管理するという重要な職責も担っています。近代的な多民族多宗教国家においては、異教集団間の融和と平和・安定を図ることが国策上重要です。だとすれば、この省のトップをムスリム迫害の元凶である国軍に明け渡しということは、スーチー政府の根本性格に関わる由々しき問題となります。スーチー氏の本質は人権主義者であり宗教的に公平な人物だとする弁護論が、いかに誤っているかをそのことは実証しています。実際、それみたことかというべきでしょう、元将軍のアウンコー大臣は、先日公の席で重大な発言をしました。彼はイスラム教を極端な宗教とし、「一夫多妻制を取っているので一夫一婦制の仏教徒国民は、人口増で圧倒され支配されるようになる」と、有名な僧侶の葬儀で挨拶したのです。この発言はヘイト・スピーチであり、国民にムスリムに対する恐怖心と憎悪を煽り立てるもので、宗教的に中立であるべき国家公務員としては決してしてはならないことなのです。予想されたことですが、スーチー氏はまったく問題にする気配すらありません。これでは各国政府、各大学、各国際団体らがスーチー氏に授与した、人権と民主主義に関わる名誉賞の剥奪に動いたのも無理はありません。
さらに最近、以前の独裁者タンシュエ氏の健在ぶりを示すニュースがいくつか入ってきています。イラワジ紙 12/3によれば、タンシュエ氏は、毎日のニュースを読んで、彼のスタッフ、軍の指導者、スーチー氏を含む政府関係者の動向にも注意を払っているそうです。自宅で定イラワジ紙より、2016年8月11日、中国共産党外交部幹部宋涛氏がタンシュエ氏と握手。
期的に中国人やタイ人など、現地のビジネスマンや国際的なビジネスマンの表敬訪問を受けている。最近も少数民族リーダーと会ったというニュースや、シャン州少数民族同士の衝突や難民問題に関心を示しているといいます。2017年8月には中国共産党・外交部の幹部とも会っています。
国際社会のスーチー氏に対する風当たりは強まる一方ですが、にもかかわらずスーチー氏の信念を支えているのは、依然として健在なビルマ族仏教徒からの圧倒的な支持です。そしてその国民ですが、かつての敵である国軍とはムスリム排外主義で一致したために、国軍の存在価値を認知するところとなりました。残念ながら仏教徒たちは排外主義に目がくらんで、自縄自縛に陥っていることに気付きません。民主化と国民生活向上の最大の障碍である国軍と融和すればするほど、民主化は先送りされ、2008年憲法体制の長期化という道筋は避けられません。その結果、近代的な国民国家の前提となる国民統合は、民族的、宗教的、人種的な差別と分断のため達成されることはなく、いびつなハイブリッド国家―産軍複合体国家―のままで推移するでしょう。経済成長のおこぼれとして民生はいくらか向上するにしても、貧富の差や社会格差の拡大はそれを上回り、格差を緩和する社会政策的観点がNLDには薄弱なため、結果としてきわめてストレスの強い社会体制になるでしょう。
88世代による「人民党」の立ち上げ、国軍系統の新党立ち上げ予測、旧支配政党USDPの巻き返しなど、2020年総選挙=大統領選をめぐる政治情勢は流動化の兆しがあります。しかし残念ながらそのどれをとっても、近代国家の理念である宗教的・世界観的中立性のコンセプトを党是とする政党政派はありません。植民地支配の負の遺産である差別と分断を乗り越え、国民統合を果たすための枠組みとして中立性国家が必要だということが、ほとんどの政治勢力に理解されていないのです。このアジア的な政権構想の限界を乗り越えるには、相当長期にわたる紆余曲折は避けられないでしょう。
2018年12月5日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
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