アンカラとゆとり教育
- 2019年 2月 8日
- 交流の広場
- 箒川兵庫助
藤澤豊氏の「アンカラでアンカラって何?」(2019年 2月 7日 ちきゅう座)を拝読して,寺脇研元文部省審議官が推進した「ゆとり教育」を思い出した。
「君!ゆとりだね」と言えばあまり勉強できない人を指す。あるいはゆとり教育のカリキュラムに忠実に従って,あまり勉強してこなかった人を指す。一種の差別用語だが,国全体で学習内容を約3割削減したのだから仕方ない。
また世界史未履修問題(国家的詐欺事件)が起きたと思う。必修科目の『世界史』を勉強しなくても高校を卒業できた。大学で補修をして高校卒業の資格を認定したようだが,大学へ行かなかった高卒は高卒なのであろうか。
まあ国家官僚の中堅はゆとり世代でもあり,国家的詐欺の世界史未修世代でもある。通りでデ-タ捏造・改竄をしても恥じないわけだ。普通なら幹部官僚を突き上げたはずだ(戦前の官僚もデ-タ捏造・改竄をしていた話は別のところで論じたい)。
現在文科省は,ゆとり教育を反省しいくらか積み込みに戻ったが,今度は英語科を必修にした。小学校から米会話を取り入れた。アンカラも知らない米会話に流暢な中・高・大生が大量に生まれるだろう。
とは言え小生も昔,レストラン「バーミアン」の名前を聞いて,それが何であったか直ちには思い出せなかった。タリバンが破壊した仏像(立像)がある場所がバ-ミヤンであることを思い出すのに,2,3日かかった。
映画『カンダハル』のカンダハルとかカ-ブルのアフガニスタンについてはそれなりに勉強していた時期があったので,自分の記憶再生能力の減退を嘆いたことがある。中村哲医師の灌漑施設拡大というアフガンの村々を豊かにする活動が今日も行われている,ことも併せて思い出した。アフガニ・トルコは一帯一路の通り道である。
アンカラに一度燃料補給のため飛行機DC8が降りたことがあった。一度ゆっくり訪れてみたい。
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