中国経済をどう見るか
- 2019年 10月 1日
- 評論・紹介・意見
- 中国阿部治平
――八ヶ岳山麓から(292)――
この数年「中国経済は中所得国の罠にはまり始めた」「近々崩壊する」といった議論が論壇に繰り返し現れている。だが中国経済は減速したとはいえ、昨年もバブルははじけず、破綻もしなかった。だれが見ても崩壊したのは「中国経済崩壊論」のほうである。
とはいえ中国経済には、成長速度の鈍化、就業人口の減少、構造問題、金融引き締めによる倒産と失業人口の増大、そして依然拡大する富の偏在、2018年春米大統領トランプが仕掛けた米中貿易紛争の衝撃といった問題がある。
中国国家統計局が9月16日発表した8月の工業生産は前年同月比4・4%増だった。伸び率は2002年2月(2・7%増)以来、17年半ぶりの低水準となった。米中貿易摩擦の長期化で製造業の不振に歯止めがかからなかった(北京共同)。
中国経済は2000年から8%強の成長を遂げ、一時は10%台になったが、近年は明らかに減速している。中国国家統計局は、2019年1月、物価変動を除いた2018年の国内総生産(GDP)の実質成長率をプラス6.6%と発表した。2017年6.8%より0.2ポイントのマイナスであるが、中国の統計の信頼性からすれば、これは誤差の範囲かもしれない。
減速の原因は、「デレバレッジ」と米中貿易摩擦である。中国企業の金融分野以外の債務残高はG20の中で最大、GDPの1.5倍となり、放置できなくなっていた。債務圧縮・緊縮政策は2017年の中央経済工作会議の決定によるもので、2020年までの中期的な目標とされている。「デレバレッジ」の結果は、インフラ投資の急減となった。
この数年間、アメリカは金融バブルの膨張に頼って好景気を演出したが、中国はバブルを意図的に縮小した。中国がデレバレッジ政策に向かったのを見て、バブル崩壊だとさわぐ論者は多い。だが中国の実体経済は見かけよりも強力だ。
これについてはきわめて楽観的なのは、マルクス経済学雑誌「経済」(2019年9月)に掲載された中国経済専門家井手啓二氏の論文「どうなる中国経済―米中貿易紛争と中国の対応」である。井手氏は「結論からいえば」として、以下の4点を挙げる。
〇中国はアメリカに替り、自由で公正な貿易制度の擁護と改革の立場にたち、比較的に抑制した対応をしている。言論性においてアメリカは、初めから敗者である。
〇しかし、中国政府は、軍事力の増強に努め、基本的人権の擁護や平和的国際環境の構築の姿勢を確立しておらず、諸国民の期待には応えていない。
〇トランプ政権の一方的攻撃には毅然として対応し、改革・開放の深化で困難を乗り切ろうとしており、この点では世界経済の発展にとり、積極的役割を演じている。
〇米中経済紛争は中国経済に打撃を与え、困難を作り出しているが、決定的なものではなく、中国経済は今後も高成長を継続する。
井手氏のこの数年の中国経済に対する評価は次のようである。
すなわち2010年から「新常態」・中高速成長時代に入った。現状は、質と効率の向上を基礎とするインテンシブな経済発展へ向かう転型期にある。2018年はGDPが対前年比0.2%減を認めながらも、6.6%増加して全体としては安定的高成長が持続したというのである
ここでは、中国の軍拡や人権問題はひとまず置くとして、井出氏もマイナス要因は無視できない。これについて、氏は過剰生産能力、過剰債務など成長下降圧力が未解決の中で、米中貿易紛争がはじまった。その影響はまだ18年の統計数字には反映されていないが、就業人口のはじめての減少があり、今後は労働生産性の向上に頼らねばならないという。
さらに米中貿易紛争の18年経済への影響は、①人民元が高から安に、株が株安に転じたこと、②それが貿易依存度の高い沿岸諸省にとって大打撃となったこと、③設備投資が低調だったこと、④一部産業がベトナムなど周辺諸国へ移転し始めたことなどにあらわれているとみている。
こうした認識にもかかわらず、井手氏は、中国経済が「今年も世界最高レベルの成長を維持するであろうし、6%台成長は高成長であって世界経済成長の最大の牽引車となることは動かない。米中貿易摩擦はあっても、今年も中国躍進の1年となろう」という。
ジャーナリストの福島香織氏は中国経済崩壊論を繰返してきた人物だが、近著でもそれに対する反省はない(『習近平の敗北――紅い帝国・中国の危機』(ワニブックス 2019)。
だが福島氏が中国農業銀行首席顧問・人民大学国際通貨研究所副所長の向松祚教授の説を援用して指摘している事実は、たしかに中国経済に存在する。以下それを見よう。
向教授は、中国の2018年のGDP 成長率は実は6.6%ではなく、国務院の調査チームによれば、1.67%だったという。
さらに過去10年来、中国企業は銀行から金を借り社債を発行しシャドーバンクなどに頼り、低い自己資本比率で投資してきた。
他方、2017年の上場企業すべての利潤は3兆3000億元だが、40数社の銀行と不動産業がその3分の2を占めている。つまり一般企業の利潤は極めて少ないのである。
前述の通り、中国政府は2018年3月以降「デレバレッジ」によって金融バブルの軟着陸を図った。これによって、企業への資金の流れが滞り、社債不履行総額は1200億元に達した。2018年1年間に中国の資本市場は30%、7兆元あまり縮小し、2018年上半期だけでも倒産企業は504万社に達した(網易ネット)。中国企業総数は3100万社だから6分の1が倒産したことになる。
向教授の指摘の中で重要なのは、「国進民退(国有企業の肥大と民営企業の後退)」が一層進んだことである。2018年1~10月のあいだに、50以上の上場民営企業の株300億元相当が政府機関である国家資産管理委員会によって買い占められ、大企業も含めてかなりの数の民営企業の経営権を政府が握るという状況になった。
民営企業は就業人口の7~8割を担い、中国のイノベーションの担い手であるが、民営企業への圧力は1000万人超の大量の失業者を生むことになった。
この背景には金融バブルのほか、国有企業のもつ構造的問題がある。2018年の中国の売上上位10企業のうち、8社が国有企業であるが、それは国有企業が優秀だからではない。国有企業は経営が苦しくなれば政府の援助を求めることができ、自助努力の必要がない。トランプ米大統領は対中批判の際、何度かこれを指摘している。
中国経済の専門家関志雄(C. H. Kwan)氏によれば、国有企業は水資源・電力・土地・石油・天然ガスなど、産業の川上における独占的地位にあって、低効率であろうがなかろうが、その価格を吊り上げることができる。これに対して民営企業は原材料を不利な条件で購入し、その分収益を減らすことになる。また民営企業が国有企業の競争相手となったとき、政府がこれに介入して民営企業を規制したり、国有化することもできる。これが資源の利用効率の低下を招き、中国経済に巨額の損失をもたらしてしまうという
(https://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/190411sangyokigyo.htm)。
2018年の経済成長が予期したよりも鈍化したことを反映して、中国では経済学者らの間で、景気対策か構造改革かという論争があった。景気対策優先論者は、経済が停滞すれば経済体制の改革、構造調整、金融リスクの解消などが難しくなる。失業が生れれば社会の不安定をまねくとし、財政規模の拡大と金融政策を主張した。
これにたいして構造改革派は、景気対策をすれば投資効果が低くなり、物価高騰を招き、資産バブルの膨張が貧富の格差を拡大するとして、構造改善をしなければ潜在成長率が今よりも低下し、その代償が大きいと主張したという
( https://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/190218kaikaku.html)。
では、国民の生活実態はどのように変わって来たのか。そしてどう変わっていくのか。
中国政府は富の偏在は徐々に縮小しているというが、所得格差を示すジニ係数は、相変わらず0.5に限りなく近く、いつ暴動が起きてもおかしくないレベルである(現に「暴動」は年10数万単位で発生している)。しかも労働賃金は、2010年前後に労働力不足が生れてからも依然低レベルにある。その税負担は国際的に見ても重い。
一方で高額所得層の富は、特権や賄賂、統計拒否によって十分に把握されてはいない。だから、単純に格差縮小に向かっているとは言えない。
私は中国で貧困の農村ばかりを見ているためか、庶民の生活水準がさほど向上したとは思えない。上水道のない村はいくらでもある。衛生、医療のレベルは依然として低い。中国経済を判断するとき、私は各種の経済指標だけでなく、環境・教育・医療福祉の現状をも見るべきだと思う。
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