ジョージア映画「聖なる泉の少女」を見る
- 2019年 10月 6日
- カルチャー
- 宇波 彰宇波彰現代哲学研究所
去る2019年9月27日に,私はザザ・ハルヴァシ監督のジョージア・リトアニア合作映画「聖なる泉の少女」(2016年)を東京神田神保町の岩波ホールで見た。タイトル通りの映画で、「聖なる泉」を守っている一人の「少女」の物語である。「少女」というよりは、もう少し年長の女性が、泉のそばの家で父親と暮らしている。彼女はその聖なる水で村人の心身の病気を治療してきたが、ついに先祖伝来のその仕事を捨てる決意をするというのが、話の大筋である。彼女の意識の変化が、泉の上流で作られつつある水力発電所の工事の大音響と重なる。泉はやがて水源を失うであろう。私にとっては、そのような物語の筋とともに、この映画で写されているジョージアの自然が、非常に魅力的であった。
私は普通の人が無視したり、些細なことだとして言及しないことにこだわることがある。この映画についても、なぜそれが「ジョージア・リトアニア合作」なのかが気になった。以前に見たジョージア映画「みかんの丘」で、みかん畑を作っていたのは、二人のエストニア人であった。この二人は、最後のシーンでは、故国のエストニアに還っていく。しかし、なぜ彼らは故国から遠いジョージアにきていたのか?
劇場にあった「聖なる泉の少女」のフライヤーによると、「本作の舞台は、黒海に面した(ジョージア)西部のアチャラ地方」である。16世紀以降はオスマントルコの支配下にあり、イスラム教徒が多い地区だという。つまり、ロシア帝国はオスマントルコと戦ってこの地域を支配下に置いたのであるが、イスラム教徒が多かったので、バルト地域からキリスト教徒を移民させたということが、ちらっとネット情報に出ている。また、1941年から1951年ごろまで、バルト地域ではソ連の支配に抵抗する動きがあり、ソ連はそのような「反政府運動」をする人たちを「人民の敵」と規定して、シベリア、カザフスタンなどに流刑にし、また女性や子どもを強制的にシベリアなどに「移民」させた。ネットの情報であり、また反ソ連的な立場を反映しているものかもしれないが、私がPC の画面上で見つけた資料では、1944年から1955年まで、ソ連はリトアニア人245,000人、ラトヴィア人136,000人。エストニア人124,000人をシベリアに追放した。「シベリア」がどこを指すのか不確実であるが、とにかく当時のソ連は「異民族」「人民の敵」を強制的に「移住」させたのである。シベリア東部にいた朝鮮人たちが、1938年にウズベキスタンに「強制移住」させられたことはよく知られている。私はウズベキスタンで多くの木槿(むくげ)の花を見たことがある。(木槿は韓国の国花でもある。)ジョージアとバルト三国のひとたちとのかかわりには、そのような歴史的経緯があるのではないだろうか? それでなくても、ジョージアはペルシャ、トルコ、ロシアなどの強国に挟まれて、非常に苦難の歴史をたどってきた国である。そういう背景が、この映画にあるように見える。
それはさておき、「聖なる泉の少女」には、三人の兄がいるが、彼らは「ジョージア正教の神父、イスラム教の聖職者、無神論者の科学の教師」である。科学の教師は、なぜか自分でノートに何か書きながら、まだ幼い女の子ひとりを相手にむずかしい「講義」をしている。私は「毎日新聞日曜版」に連載されている「藤原帰一の映画愛」を毎週楽しみに読んでいるが、この映画についての文章も非常に面白かった。藤原帰一は、この三兄弟について、次のように書いている。「このお兄さんたちが独特なんですね。ひとりはキリスト教、もうひとりはイスラム教徒、最後の一人が宗教を認めない。同じ社会でそんなにたくさんの宗教に分かれるなんてずいぶん無茶な設定にも見えますね。」その通りで、この設定は「ずいぶん無茶」である。しかし私は、そこに、ハルヴァシ監督の巧みな意図を見出したように思った。現実には、そのようなことは起こりえない状況であり、監督はそのような「ありえない話」「全くの意外性」を映画のなかに作り出そうとしたのではないか。ジョージア映画では、ときどきそうした「あり得ない話」「奇想天外」な場面が作られるのであり、私はそれがジョージア映画のひとつの特徴だと考える。
(2019年10月5日)
付記 過日アップした「少女は夜明けに夢をみる」の拙稿のなかで、イランでは女性がサッカーを見ることが禁止されていると書いたが、その後イラン政府は女性のサッカー観戦を認めることになったと、ある友人から教えられた。ただし、女性専用の席が設けられるらしい。
初出:ブログ「宇波彰現代哲学研究所」より許可を得て転載
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