不安を掻き立てる米中関係――双方に見える“司令塔不在” ――習近平の中国(6)
- 2019年 10月 23日
- 時代をみる
- アメリカ中国田畑光永
トランプ米大統領が米中間の貿易不均衡をやり玉にあげて、その是正をやみくもに迫って始まった米中「新冷戦」は、各方面に飛び火しながらすでにおよそ1年半を経過した。
ここまでの「戦況」を整理してみると、双方が面と向かって矛先を交える貿易摩擦は、担当閣僚による協議が昨年5月以来、3回の仕切り直しをはさんで断続的に続いてきた。そして今月10,11の両日、ワシントンでの通算13回目の協議で、ようやく1段階目の協定内容がほぼ固まり、現在は文章化が進められている、と言われる。双方は来月中旬にチリで開かれるAPEC首脳会議の機会をとらえて、トランプ・習近平両首脳立ち合いのもとに署名にこぎつけるのを目指しているらしい。両国が互いに相手からの輸入品に目いっぱい関税をかけ合う今の異常事態が解消に向かうかどうか、まだ確たる予想はできない。
貿易摩擦と並ぶ戦線は5G時代の通信革命をめぐる主導権争いである。これは昨年3月の、米商務省による中国の国有通信機器メーカー「中興通訊(ZTE)」に対するイラン制裁違反を理由とする処罰(米企業に同社との取引を禁止)から顕在化し、それはトランプ・習近平の電話による会談で夏にいたって一応の解決をみた。ところが昨年12月1日、米当局から委嘱を受けたカナダ警察が中国の通信機器最大手「華為(ファーウエイ)」の最高財務責任者、孟晩秋副会長を同じくイラン制裁違反容疑でバンクーバー空港において逮捕したことで、次の主役は「華為」となり、孟晩秋副会長の身柄引き渡しをめぐる裁判がいまだにカナダで続いている。米は秘密漏洩の危険を理由に同盟各国の5G時代向け通信網に「華為」の通信基地が広がるのを防ぐことに力を注いでいる。
なおこの分野では、「華為」や「中興通訊」の通信機器が米政府の秘密を盗みだすのに使われるのでは、という疑念から、米議会は昨夏、「国防権限法」、「外国投資リスク審査近代化法」といった新法を制定して、前者によって中国製通信機器の政府機関からの締め出し、また後者によって外国から米への投資案件や逆の米企業の中国企業への投資案件の審査に国防総省や情報機関の発言力強化、が実施された。
安保分野でも米中対立は広がっている。米は昨年12月31日、トランプ大統領が署名して「アジア再保証推進法」を成立させた。これはアジア諸国との安全保障面での協力を強化するもので、インド太平洋地域での「航行の自由作戦」維持、15憶ドルの予算で東南アジア諸国の海洋警備、軍事訓練の支援など、中国の進出に対抗する姿勢を打ち出している。
また昨年来の米の外交で目を引くのは台湾に対する積極的な擁護の姿勢である。昨年3月に「台湾旅行法」を成立させて官僚の訪台を公認し、また同6月には日本でいえば交流協会にあたる米国在台協会の台北事務所を総費用2.5億ドルで新築し、落成式にマリー・ロイス国務次官補を出席させた。また同9月には17年6月に中國と国交を結んだパナマ、昨年5月のドミニカ、同6月のエルサルバドルに駐在する米大使を本国に召還して、中米に対する中国の外交攻勢に不快感をあからさまにした。
今年に入ってさらに中国を刺激したのが台湾への武器の売却である。7月、M1A2戦車108輌、携帯型地対空ミサイル「スティンガー」250発の売却決定、約22憶ドル。8月、新型のF16V戦闘機66機の売却決定、約80憶ドルと続いた。中国外交部は「強烈な不満と断固たる反対」を申し入れたが、無視された。米の台湾に対する武器援助は1979年の米中国交正常化の際に、台湾の武器の老朽化にともなう補充に限って中国は目をつぶるということで妥協した経緯があり、昨18年の場合、F16については台湾が保有している旧型機の部品3.3憶ドル分を供給したにとどまっており、それと比べると今年は量も質も飛躍的に充実したものとなった。
戦線はまだ広がり続けて、最近では米は中国の内政への批判を現実の外交関係に波及させている。米はかねて中国の新疆ウイグル自治区におけるウイグル族に対する、中国側に言わせれば職業教育機関のような合宿生活を不満分子に対する強制収容所であると断定して、それに関与している個別の外交官、企業などは入国ビザなどで不利益な扱いをすることを公表した。
また香港における逃亡犯条令改正(逃亡犯の中国本土への引き渡しを可能とする)に反対する民衆運動を米は好意的に見ていたが、運動の激化とともに在香港米外交官が運動の中心人物と会見したり、米に招いたりと、中国の神経を逆なでするような行動に出ている。さらに10月なかば現在、「香港人権・民主法案」を上下両院外交委員会、下院本会議で可決し、上院本会議の可決を経てトランプ大統領が署名すれば成立するところまで来ている。これが成立すると、米政府は香港の民主主義の実情を毎年、議会に報告し、もしそれが不十分となれば、外交、貿易上香港に与えている特権を停止もしくは廃止することになる。
さらには米国に勤務する中国の外交人員が米の公務員と会う際には米政府の許可を得なければならないようにする、と言い出した。中国が自国内でしているのと同じにするだけだと米側は主張するが、中国側は事実ではないと反論している。
これらの措置が現実のものとなるかどうかはまだ何とも言えないが、貿易摩擦、5G通信革命の主導権争いは歴史の必然と言えなくもないにしても、それ以外の対立の火種は米側がことさら煽っている印象は否めない。
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そこで問題は、いったいこれが何を意味するか、である。私はトランプ、習近平という両国のトップの性格、あるいは行動が大きく関わっていると考える。
まずトランプ大統領だが、昨年来のこの人物の行動は2020年の大統領選に勝つため、という1点に集中していることは世界周知であるが、その方法があまりに低劣であり、また無計画、さらに近視眼的、即物的であることが問題である。
貿易問題をめぐる米中閣僚協議にしても途中に入る大統領のツイッター発言がしばしば事態を混乱させるし、その発言の振れ幅が広くて真意のありかもしばしば不明である。
しかし、対中戦線の現在のような広がりは必ずしも大統領の意思ともいえないように見える。大統領が貿易問題で強硬な姿勢を見せているのに便乗して、かねて米政官界に根付いていた伝統的な反中勢力がその主張を実現すべく動きを活発化させ、大統領はそれをまた自分に有利な対中取引材料としようとしているのではないか、という疑いが濃厚である。もしそうだとすれば2大国の一方の長としてあまりに無責任というほかはない。
他方の習近平主席はどうか。貿易問題での中国側の首席代表は習近平の腹心、劉鶴副首相である。交渉の経過での1つの大きなヤマは今年の5月初めのワシントン協議であった。当時さかんに伝えられたのはすでに約150頁に上る包括的な協定がほぼまとまり、その協議で本決まりとなって署名への段取りがつくという観測であった。
ところが蓋を開けてみると、中国側はすでにまとまったとされていた条文の約3分の1を白紙にもどすという「ちゃぶ台返し」に出た。劉鶴は「最終決定前にはあらゆることが起こりうるのだ」と開き直ったが、その表情の苦しさは見た目にもはっきりしていた。
そして劉鶴は中国の記者団との会見で、協定締結の条件として、1、締結後、米は追加関税をすべて撤回すること、2、中国側の対米輸入は関係機関・企業の実需に基づくこと(政治判断の大量購入はしない)、3、協定は国家の主権、名誉をそこなわないものであること、の3点を挙げた。
つまり締結寸前まで進んだ協定案では、この3条件が満たされていなかったということになる。ではそれは誰が判断したのか。推測するしかないのだが、5月協議の前にほぼまとまった案文を指導部内に明らかにしたところで、上記の3点が満たされていないという意見が多数を占め、習近平、劉鶴は再交渉をせざるを得なくなったと考えられる。一強体制といわれる習近平だが、実際はそれほど掌握力は強くないかもしれないのだ。
現に中国共産党の第19期4中全会という中央委員会総会がこの10月に開かれると予告されているにもかかわらず、これを書いている10月21日現在、いまだに開会日時が発表されていない。中央委員会総会というのは5年に1度の大会に次ぐ重要会議だが、前回は昨春だったからすでに1年半も開かれていない。毎度のことながら、内情は不明だが、指導部内でなにかが起こっていても不思議ではない。
そこで結論、というほどではないが、現在の米中「新冷戦」は見てきたような双方のトップのもとで進んでいることに注意しなければならない。双方それぞれ事情は違うが、いずれも十分な慎重さと指導性をもってことに処する態勢にあるとは思えない。トランプ大統領の登場以来、国際政治の世界で飛び交う言葉が軽率かつ粗野になったことで、突発的に異常事態が発生する危険が増大したが、戦線が伸び切った米中「新冷戦」はその危険度最大ではなかろうか。(191021)
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