11月9日は「ベルリンの壁」開放30年ですが…
- 2019年 11月 3日
- 時代をみる
- 加藤哲郎政治民主主義
2019.11.1 11月9日は、「ベルリンの壁」開放30年です。「崩壊」とするのが普通ですが、ここでは故西川正雄さんに従います。30年前の1989年、日本では、年初に皇位継承・改元があり、4月に消費税がスタートしました。春は中国の民主化運動が高揚し、5月の天安門広場は100万人のデモにまで広がりましたが、6月4日に戦車が出動して弾圧されました。その頃にはすでに、ポーランドやハンガリーの民主化が進んでおり、チェコから東ドイツでもソ連のペレストロイカに呼応した市民の動きが活発になり、11月9日の「ベルリンの壁」開放を導きました。すぐにチェコの「ビロード革命」が続き、年末には不可能と思われたルーマニアのチャウシェスク独裁打倒となりました。当時私は、「東欧の連鎖的市民革命」と名付けたものでした。東西冷戦が終わり、ソ連国家そのものがなくなりました。エリック・ホブズボームは、「短い20世紀」の終わりと特徴付けました。それは、21世紀の民主主義に希望を与えるものでした。この間、コミンテルン創立100年や大学闘争50周年の集いの誘いも受けましたが、私にとっては20世紀最大の「事件」でした。それは今日でも、香港や韓国の若者たちの声、地球温暖化に対する環境運動や格差に反対する社会運動に引き継がれています。
それから30年、『思想』10月号が特集を組んでいるくらいで、日本では大きな催しはないようです。世界的にもそうで、キャロル・グラックは「希望の大半は打ち砕かれました」といいます。東欧諸国の現在は不安定です。「ベルリンの壁」を開放した民主化運動のリーダーの中から、一部はイスラム系移民反対の右派ポピュリストも出てきたといいます。一体、何があったのでしょうか。東欧革命は、それまでの共産党独裁、民主集中制型の国家・社会組織を「フォーラム型の民主主義」で打倒し、自由と民主主義の政治を求めました。冷戦の崩壊は、世界を一つにするグローバル化を促しました。しかし、そのグルーバリゼーションは、アメリカ主導で進みました。「小さな政府」「民営化」の名で公共政策が縮減され、私的競争と自己責任を奨励する新自由主義型資本主義が、世界に広がりました。インターネットの普及と「移動の自由」が結びつき、EUのような地域統合は進みましたが、やがて域内外での格差拡大と移民・難民・外国人労働者流入で、「市民」たちが分解し、既得権益を守ろうとする新たな「壁」が作られるようになりました。
民主主義への懐疑が広がり、「強い指導者」が求められて、国によっては旧体制の中堅幹部だったエリート層が、私有化・民営化された企業の経営者になって政治権力をも奪回するようになりました。旧東欧に限らず、アメリカのトランプ大統領、イギリスのBrexit等々、各国政治の内部にも、大きな亀裂が走っています。しかも21世紀に入ると、民主化は抑えつけながら、市場的自由化で「世界の工場」になった中国をはじめ、アジアや中南米諸国 が世界市場に参入し、国際政治におけるアメリカ覇権の衰退と中東・アフリカ諸国の台頭とあわせ、不安定要因が拡大しました。東欧革命の条件を作った旧ソ連のペレストロイカは、ゴルバチョフによる情報公開のグラースノスチと、階級的問題よりも地球的・人類的課題を優先する「新思考」を伴っていましたが、当時の二大課題であった核戦争と環境問題は宇宙戦争と気候変動の問題にまで深化し、将来世代に、重くのしかかっています。それなのに「ファシズムの初期症候」は、世界中に溢れています。
その中での日本の変貌は、劇的です。1989年の日本は、バブル経済のさなかでした。当時、「東欧革命の日本的受容」という論文に書きましたが、長期の自民党政権のもとで、ハワイのホテルやニューヨークの高層ビルが日本資本に買収され、「24時間たたかえますか」というコマーシャルソングが流行っていました。世界市場が広がったとして、「今やわれわれは、とてつもないビジネスチャンスを迎えている」という大言壮語さえきかれました。それが、頂点でした。まもなくバブル経済が崩壊し、政治の「55年体制」も終わりを告げ、阪神大震災とオウム真理教事件を境に、21世紀の衰退の予兆が広がりました。そしてそれが、「失われた30年」へと連なりました。近年の世界経済の中での存在感喪失、内向きのナショナリズム、ファシスト安部政権の長期化は、アメリカのみに頼って中東や中国の行方を読めず、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」に酔い奢っていた国の、落日の帰結なのです。東日本大震災も福島原発事故もなかったかのように「復興オリンピック」に興じ、気候変動による大きな住民被害には後手後手で閣僚ポスト分配の内閣改造を強行、旧植民地の隣国への排外主義的差別外交・経済制裁で韓国の法相辞任を嗤っているうちに、自国の経産相と法相のスキャンダル辞任。極めつけが、神話と神道儀式にもとづく「象徴天皇」代替わり儀式の最中に、もともと独立国であった琉球王朝の「象徴」首里城炎上の悲劇。「国民に寄り添って」の「国民」には、沖縄は入っていませんでした。米軍基地を押しつけられ、幾度もの選挙で辺野古基地反対の民意を示してきた沖縄県民の怒りと嘆きは、いかばかりでしょうか。1989年からの日本的30年は、メディアを統制して言論の自由を窒息させ、小選挙区制で自民党支配を復活させて、科学も教育もわからぬ文部科学大臣が教育勅語を奉じる、世界から見ても異様な国に成り下がった姿です。
コンピュータの不調と更新ソフトの不具合が重なり、今回も1日遅れです。11月1日は、本サイトが一時アクセス不能になったようです。一橋大学・早稲田大学の退職を機に、そろそろ時局サイトからデータベースサイトへの切り替えを考えています。私の11月9日は、ベルリンの壁開放30周年ではなく、ゾルゲ・尾崎秀実処刑75周年のゾルゲ事件講演になります。もともと10月12日に予定されていたものが台風で延期になり、11月9日午後2時、早稲田大学11号館8階819教室に変更された、インテリジェンス研究所・20世紀メディア研究所共催第29回諜報研究会です。鈴木規夫 (愛知大学教授) 「ゾルゲ事件への英国流視角ーーC・アンドリューの新著『秘密の世界:インテリジェンスの歴史』から」と共に、私が 「ゾルゲ事件研究の新段階ーー思想検事太田耐造と特高警察、天皇上奏、報道統制」を報告します。報告資料はできていましたので、ここに入れておきます。この報告は、昨年から毎日新聞や朝日新聞で大きく報じられてきた国会図書館憲政資料室「太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした最新の編著『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)をもとにしたものです。すでに1・2巻は発売され、全巻のカタログも公開されています。ただし個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第1巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」も公開しておきます。ただし、第29回諜報研究会参加希望者は、「お名前と懇親会参加希望の有無を明記の上、npointelligence@gmail.comまでご連絡ください」とのことです。 もう一つの現在の研究テーマ、「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の731部隊についての記念講演は、you tube に入っています。その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」は、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。ご笑覧ください。11月14日(木)夕方には、京都大学人文科学研究所創立90周年記念公開セミナー「京大人文研と社会運動史研究」に出席します。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4663:191103〕
「ちきゅう座」に掲載された記事を転載される場合は、「ちきゅう座」からの転載であること、および著者名を必ず明記して下さい。