――八ヶ岳山麓から(111)――
「文藝春秋」(8月号)に中西輝政京都大学名誉教授「特別寄稿うらぎりの中華文明研究・中国はなぜ平気で嘘をつくのか」という論文(?)があった。
この趣旨を一口でいえば、中国はウソをつく国家だ、中国人は信用できないというにつきる。なぜ平気で嘘をつくかの答えはない。
中西氏は、最近の例として、今年5月6月の中国空軍機の自衛隊機への異常接近や東シナ海で海上自衛隊の護衛艦が中国海軍のフリゲート艦に火器管制レーダーを照射された事件、さらには毒入り冷凍餃子事件などを順不同にあげ、あげて中国の弁解はウソで固められている、戦闘機の異常接近も毒ギョーザ事件も根は同じ、『文明の病』なのだ、その文明というの「嘘」であるという。
さらに中国の歴史観に及び、「『中国○千年、悠久の歴史』こそ壮大なフィクション、すなわち中国的な『嘘』にほかなりません。その実態は数多くの異民族が跳梁跋扈し、王朝、支配者が目まぐるしく移り変わる、分裂と統合の繰返しです。その都度、すべてが断絶し、いったん更地に還元される。その後に新たに覇権を奪った後続の支配者が正当性を主張するために作り出した壮大なフィクションが、歴史の『正史』だったといえる」
そして「中国の数多い嘘、裏切りの中でも、最大級のものは、鄧小平が主導した『改革開放』路線だったと思います」という。
鄧小平の「韜光養晦(とうこうようかい。ことをすすめるにあたって能力を隠し時期を待つ意)」という外交方針は、十分な国力がついた暁には軍事力で国外に打って出て、かつての覇権の回復を目指すという、本音が隠されていた。尖閣棚上げ論も「大いなる嘘」で、領土拡大に臨む準備をしていた。鄧小平は1985年に「可能なものから先に裕福になれ。そして落伍した者を助けよ」といったが格差は拡大するばかり。香港の「一国二制度」も現状からすれば「嘘」だという。
彼は中国をぼろくそにいうが、ではわが祖国日本をどう認識するか。
「日本は世界でも珍しい持続的な社会で、嘘や裏切は長期的に見ればほとんどがマイナスになることを知っています。そこから『嘘はいけない』『信用が大切』という倫理、事実を重んじる態度が生れます。その意味で日本と共通するのは、やはり同じ島国であるイギリスでしょう。イギリスにおいて保険や金融など信用にベースを置いた経済システムが発展したのはけして(ママ)偶然ではありません」
ここまで来ると、もはやひいきの引き倒しというよりは神憑り的である。私は、近現代史上日本の「五族協和」「王道楽土」「大東亜共栄圏」などの嘘や裏切によって東アジア諸民族はとんでもない災難をこうむったと考えるものである。
イギリス人も中西氏がいうほどほめられたものではない。アメリカやオーストラリアの先住民、インド・アフリカに何をやって来たか。早い話がいまイスラエルがパレスチナ人を殺しているのは、イギリスのいわゆる「三枚舌外交」が遠因だ。フサイン・マクマホン協定でアラブに独立を認め、サイクス・ピコ協定でトルコ領を英仏間で分割し、バルフォア宣言でパレスチナにユダヤ国家を認めた。これはアラブ側から見てもユダヤ側から見ても裏切りである。
そこで日本は中国とどうむきあうか。かれは「三つの大切なこと」をあげる。
まず、政経分離に徹すること。日本は諸外国のあとから中国に入っていくくらいがちょうどよい。深入りすると日本国内も大変悪くなる。
二番目、世界地図の中に中国を置く。中国はアジアでは経済的、軍事的、外交的プレゼンスは大きいが、世界的視野に立てば大国と呼べるのは人口くらい。科学部門でのノーベル賞受賞者はいない。
三番目、日本は正攻法で中国に対すること。「策を弄したりせずあくまでも正直に徹して愚直に事実を重んじる日本人らしくふるまう」「これができたときの日本人が結局、一番強いのです」
いや、「諸外国のあとから中国に入る」のでは、EUとアメリカにやられっぱなしになってしまう。これでは財界人も困るだろう。それに世界的視野に立って見れば、中国は国際的影響力ひとつとっても日本よりはずっと大きい。中西氏の、「正攻法で中国に対する」に至っては、どんなことか私にはわからない。
この論文(?)の特徴のひとつは、保守派の論客が必ずいう「アメリカとの同盟強化」という主張がないことだ。中西氏はかつて冷戦終焉以後アメリカは日本を守る必然性が薄れたとか、核攻撃に対してはやはり核による抑止しかないといったことがあるから、アメリカの核の傘をあきらめた、日本核武装論者であるらしい。敵は中国で、核ミサイルで日本を攻撃してくる、これに対する防衛手段は核武装だということである。
私もアメリカは必ずアメリカの戦略で動くのであって、自国に不利のときは日本を守らない、日本人が期待するアメリカの核の傘は幻想に近い、と思っている。しかし、安全保障とは敵を作らないことである。中国を敵視せず、極力戦争を回避することが日中両国の利益にかなうことである。日本にとって緊急に必要なのは、信頼関係を再構築し、中国に非核武装国家には核の脅しをしないといわせる外交である。私はこれが「正攻法で中国に対する」ことだと信じる。
さらに中西氏は、中国の嘘や裏切、陰謀も辞さないという態度は、実は大きなリスクをはらんでいる、中国の強硬路線への転換こそは「自滅への道」だという。たしかに習近平外交は力づくが目立つ。ここはどのように、いつごろ中国が「自滅」するか、政治学だか歴史学の専門的立場からひとことあってしかるべきではないか。
中共一党支配の正統性は、抗日戦争勝利に導いた党であるという建国神話にあった。しかし今日汚職腐敗が広がって、民衆の間でその権威は揺らいでいる。この意味では、いまや中共後をにらんだ長期的政策を語るべき時期が来ていると思う。そして、中共にとって政権維持のためには、経済・生活水準をあげること、ナショナリズムを扇動することが重要な政策となった。6、7%程度の経済成長は政権維持に絶対的に必要である。この程度の成長なしには雇用を維持できなくなり、支配は安定を失うからである。だとすれば中国は欧米・日本との経済関係を維持し、現在は反日でも長期的には協調外交に向かわざるを得ない。
中共がしばしば国内矛盾を対外矛盾に転化してきたことは否めない。それは長い間反ソ反米であったが、今日では反日である。だが反日を扇動すればナショナリズムはもりあがるが、コントロール不能に陥る危険がある。先に尖閣問題で反日を煽ったとき、毛沢東の写真を掲げたデモ参加者がほうぼうに現れた。これは現政権よりも毛沢東時代のほうがよかったという不満を表したものである。
今日東アジアでは、アメリカにとってもっとも重要な国は日本ではなく中国である。アメリカは1990年代にすでに中国を「戦略的パートナーシップ」としていた。中国経済がアメリカと等しい力をもったとき(おそらく今後20年とはかからない)、中共が支配体制を維持していたとしても、アメリカは経済関係、核兵器を含めた安全保障において、相互依存関係をより深化させるであろう。そのとき日米関係は現状のままではありえない。
日清戦争以来日本人は「弱い中国」を見てきた。第二次大戦後も経済的には明らかに優位に立った。この経験によって、日本には中国が強国になる、あるいは経済的に日本の上をゆくことに耐えられない人々がうまれた。自分に都合の悪いところを見ないようにし、中国に負けてたまるかと歯ぎしりをしているところを見ると、中西氏もその一人である。
日本のマスメディアは、中国高官の腐敗や経済格差や一般人民の貧困を指摘し、ときには嘲笑する。だが、それが巨大な政治的・経済的・軍事的力量をもった隣人であることを知らなければならない、と私は思う。
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