――八ヶ岳山麓から(373)――
ロシアのウクライナ侵攻の2月24日、中国人はまだウクライナ国内に取残されていた。
アメリカの「ロシアの侵攻迫る」という情報によって、欧米諸国はもちろん日本政府もすばやく退避用チャーター便を手配し、開戦前には希望する自国民の退避はほぼ完了していた。
ところが、ウクライナ国内に在住する中国企業の駐在員やその家族、留学生など6000人余りは、3月末にようやく脱出が終わるという始末になった。駐ウクライナ中国大使館がまったく避難を呼びかけなかったためである。このため習近平はプーチンから侵攻計画をまったく聞かされていなかったという憶測が巷に流れた。
わたしは、それよりもウクライナに6000人もの中国人が滞在していた事実に驚いた。だから、習近平の「一帯一路」政策の拠点ウクライナには中国は多額の投資をし、それがロシアの侵攻によって破壊され、かなりの損害を出したものと思っていた。
ところが、「“中国のウクライナ投資は大損を出した”という嘘八百を信じるな」という論文が4月26日環球時報上に現れた。環球時報は人民日報の海外情報版だから、同論文は、この場合当局の公式見解とみて差し支えないと思う。
著者梅新育氏は、中国商務部(日本の通産省)国際貿易経済合作研究院に所属する経済学者である。中国では、人にもよるが一般には大学教授よりも研究機関の研究員の方が社会的評価は高い。
梅氏は、生まれたはずの損害額を明らかにしていないが、氏の論文によって「損害を出した」「国民の税金が失われた」といった政府批判がネット上で広まっていたことがわかる。
政府批判がネット上に登場したこと、しかもそれに真っ向から公式筋が反論するのは中国では珍しいことである。
わたしは中国の海外投資に暗いので何も言うことができないので、今回はウクライナ問題の一側面を示す資料として、梅氏の見解を要約して紹介することとした。それは以下の通りである。
「ロシアとウクライナの戦争は、ウクライナへの中国の投資に100億ドル以上の損失をもたらした」
最近、こんな主張がネット上に広がっている。
だが統計をよく見れば、これが事実とはかけ離れた言い分で、出まかせだとわかる。公式統計によると、中国のウクライナへの直接投資の残高は、世間に流された投資損失の50分の1足らずで、バルト3国を除いた旧ソ連の12共和国(独立国家共同体=CIS)の中で第4位であり、ここ10年余りの間にウクライナで完成したプロジェクトの営業額も40億ドルにすぎない。
1990年代以降、中国は新たな対外直接投資大国に成長しており、ウクライナなどCIS諸国は、中国企業が「外出」した最初の投資対象であった。
ウクライナは、CIS諸国のなかで経済発展と外国直接投資を引き付ける可能性がロシアに次ぐものと広く認識されていた。しかし、独立後のウクライナにはマクロ経済の不安定さ、ビジネスにおけるソフト・ハード環境の悪さ、経済成長の停滞があり、国際的な投資家の目からすれば、市場規模や成長の可能性だけでなく、政治的リスクが高い国とみられていた。
このため、中国の対ウクライナ貿易および請負プロジェクトは一定の発展はあったものの、直接投資は現在までわずかで、ほとんどのCIS諸国に遅れをとっていた。
「2020年中国対外直接投資統計公報」によると、2012年末から2020年末までのウクライナへの中国の直接投資の残高は、3314万ドルから1億9034万ドルに増加した。だが2012年から2020年の間では、ウクライナへの直接投資の年間フローは4年で1000万ドルを超える程度で、最高の2019年でも5332万ドルに過ぎず、2015年には76万ドルの純流出であった。
直接投資フローと残高がこのような状態であるのに、中国の直接投資資産が戦争によって100億ドル余りを失うことがどうして起こりえようか。
梅論文はさらに次のように説く。
中国はウクライナで一定数の建設プロジェクトを請負っている。 商務部の「2020年中国対外請負プロジェクト統計公報」によると、2008年~2020年に中国はウクライナ対し毎年1億ドル以上の新規契約を締結し、13年間で42億4,144万ドルの累計売上高となった。新規契約額は、95億5,933万ドル(約100億ドル)である。
しかし、これはウクライナへの中国のサービスおよび関連建材、設備などの輸出であり、ウクライナへの直接投資とはそもそも本質が異なる。しかも契約したプロジェクトは、必ずしも完全に履行されたとは限らない。中国が請負ったのはインフラの一部であって、インフラ全体を請負ったのではなく、さらにインフラ全体が中国の資産であることを意味するものでもない。
「ロシアとウクライナの衝突で、中国は100億ドルを損失した」と主張するメディアブロガーは、あれこれをごちゃごちゃにしている。中国企業が建設したインフラや中国企業が使用する流通ターミナルなどの施設を中国資産とし、ウクライナへの中国の輸出をすべて中国投資と見積もっているのである。
中国がハリコフ地下鉄プロジェクトに「投資」したと主張する動画は、2020年6月に中国自動車唐山公司がハリコフ地下鉄車両の発注を落札し、ハリコフ地下鉄システムに40台の地下鉄車両、スペアパーツ、工具、サポートサービスを提供したときのものだ。
梅氏の結語部分は概ね以下の通りである。
ウクライナでの中国の直接投資はすべて私企業のやったことで、政府の投資ではない。こうした「ロシア・ウクライナ衝突によって、ウクライナで中国が失った100億ドルは納税者のカネだ」という扇情的な宣伝は、一時的に読者の関心を引き付けるのに役立つだろうが、全く事実ではない。
新興の対外直接投資大国として、中国は平等互恵の原則に基づいてウクライナを含むすべての国への直接投資を発展させるのが願いであり、当然、海外資産の安全性に注意を払うべきである。だが、基本的な専門知識の欠けた誇張と、まったくの捏造は中国の海外資産の安全性を改善するのに役立たず、かえって逆効果だというべきである。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion12014:220509〕