「オペレーションZ」が問いかけているもの - 真山仁最新作(新潮社、2017年12月)を読む

真山仁氏の最新作『オペレーションZ』は、日本の累積債務問題を扱った経済小説。ヘッジファンドの生き様を扱った小説『はげたか』でブレークした著者が、今度は日本経済が抱える債務課題に挑んだ作品だ。

周知のごとく、日本は1000兆円を超える政府累積債務を抱えている。OECD統計で見ると、2016年現在で、GDPの230%を超えている。OECD加盟国で200%を超えているのは、日本の他にギリシアだけだ。
計算を簡単にするために、現在のGDPを500兆円、累積債務を1000兆円、一般会計規模を100兆円、税収を60兆円として計算すると、累積債務は税収の17年分になる。それだけの債務を将来世代から借りている。逆に言えば、人口が大きく減り、老年人口が大幅に増える将来世代の税収から、これだけ積み上がった債務を処理する必要がある。

これが意味するところは何か。
日本社会は現在の生活水準を維持するために、将来世代の税収を前借りしている。しかも、この前借り状態が改善されるどころか、年々悪化している。前借り分が返済されるどころか、増えている。これが続くと、いったい日本社会はどうなるのか。債務が国債で処理仕切れない事態が生じれば、増税と社会保障の削減を行うしか方法がない。しかし、それを躊躇している間に、国内外の経済危機や経済事件がきっかけで、日本の国債が消化できず、国債価格が大幅に低下することになれば、歳出入の調整では財政措置が追いつかなくなる。そうなれば、もっと劇的な施策が必要だ。それが国家債務(国債)の割引きや棒引き、あるいは銀行の取り付け騒ぎが起きれば預金凍結だ。こういう事態が到来すると、日本経済は事実上破綻する。急激なハイパーインフレが起こり、国家の債権債務も、個人の債権債務もチャラになる。それで政府の債務・財政問題が解決されるが、日本経済への信用が崩れ、円は暴落して国民生活は急激に低下し、生活水準の低下に苦しむ時代が続くだろう。その時になって、安呆総理やアホノミクスを恨んでも後の祭りだ。何も脅かしや絵空事ではない。終戦後の日本や社会主義国家の崩壊時にどの国でも見られた光景だが、ギリシアやメキシコ、アルゼンチンの経済崩壊もそれほど昔のことではない。

そういう結末を明瞭に理解していなくても、若者たちは将来の社会保障に不安を抱いている。なんとなく、自分たちの年金がまともに受け取れない不安を持ち、健康保険の自己負担大幅増が強いられるのではないかと危惧している。残念ながら、その危惧が現実になる可能性はきわめて高い。他方、しかし今の生活からそれを実感することができないから、何をすれば良いのか分からない。まして、歳を取った世代には関係のない話だ。
政治家も国民も、財政赤字の累積がどのような影響や問題を惹き起こすかについて深刻に考えていない。なぜなら、一般国民は当座の生活をやりくりするのに精一杯で、将来の財政赤字累積の行く末を考えることなど思いもよらないからだ。一般国民の意識と利害はきわめて短期的である。だからこそ、政治家は国の将来を考えて政治に取り組むべきなのだが、国会議員は選挙が第一だから、国民の短期的で即時的な要求に沿った行動を取る。だから、政治家は増税や社会保障削減で国民生活に負担かける政策を極力避け、当座の生活が守られるような近視眼的な政策を維持することに奔走する。口では「財政健全化」を謳うが、誰も財政問題を深刻に考えていない。政治家の任期は短いから、遠い将来のことなど「後は野となれ山となれ」だ。官僚は行く末を案じても、政治家の決断がない限り、債務削減の予算を組むことはできない。だから、何時しか、気骨のある官僚は飼い慣らされ、政治家の要求を飲むか、管轄の省庁の予算が削られないように努めるだけだ。要するに、誰一人として将来社会が抱える深刻な問題の解決を模索することなく、近視眼的な政策が継続されていく。これこそ、1億総無責任体制である。
何時の時代も、国民は当座のことしか考えられないから、二進も三進も行かなくなったときに、政府の政策の失敗の付けを払わされるだけである。しかし、その時に大騒ぎしても、もう遅い。だから、社会は同じ過ちを何度も繰り返す。
 それどころか、在野には無責任な応援団がいて、時の政府におもねって、「日本の財政は破綻などしない」と叫んでいる。「財務省は債務だけを大きく見せているが、政府資産を考慮すれば、純債務はきわめて小さい。財政破綻の宣伝は財務省の企みだ」と放漫財政と債務の累積を擁護し、「日銀が引き受ける国債は対政府債権だから、政府部門を統合すれば、債務と債権はチャラになる」という無知な議論を恥ずかしげもなく披露している。そうやって、あわよくば政府の役職を手に入れ、各地の講演会に呼ばれて、あぶく銭を稼ごうという輩が多い。政府もそういう無責任な連中に目をかけ、内閣府参与とか、政府委員会委員というような役職をあてがっておだてる。こういう連中は、長年にわたって「原発は百%安全」だと宣伝してきた政府与党や原発会社、御用研究者と同じである。

 さて、『オペレーションZ』だが、山口1区選出の梶野(カジノ)首相が始めた「カジノミクス」によって、日本の財政赤字の処理が猶予ならない時を迎える。しかし、政治家も官僚も、財政赤字に大鉈を振ろうなどという考えもない。この段になって、カジノ首相は無責任にも首相の座を放棄してしまった。「前総理がバカな経済政策を続けた挙げ句に、体調不良を理由に逃げた」ために、副総理の江島が総理の地位に就く。そして、財政支出半減政策の実行を決断する。ただ、歳出100兆円を50兆円にするのではない。100兆円のうち、25兆円は国債償還費と利払いだから、それに手を付けないとすると、残りの基礎的収支75兆円から50兆円を削減する政策が必要になる。誰もが無謀だと分かっている。しかし、それをやらなければ、日本はもっと大きな危機に巻き込まれる。その歳出半減(事実上、3分の1化)プロジェクトの名称が、「オペレーションZ(OZ)」である。なぜ、Zなのか。オズの魔法使いの魔法にあやかってのことか、それともこれ以上は先がない最終政策だからなのか。

 「日本では国家の赤字が1000兆円を超えても、財政破綻しない。...国内の金融機関が手分けして日本国債の大半を買い取っているからだ。なのに、そのバランスを梶野総理が崩してしまった。カジノミクスという金融緩和策の一環として、日銀は10年物の国債の70%を債権でディーラーから買い続けている。それによって、大量のマネーを市場に放出して、意図的にインフレを興そうとしたのだ。その結果、国債を買う国内の投資家が激減した」。
 ところが、ある事件をきっかけにして起こった取付け騒ぎで、大手の生保会社が保有する国債1兆円を売って、騒ぎを収拾しようとする。しかし、市場で引き受け手が見つからない。日銀が買えば、ヘッジファンドが国債を売り浴びせ、国債のみならず、株式も為替も暴落する危機を迎える。そこで、副総理の江島が奔走して何とか市場の買い手を見つけ、とりあえず問題が深刻化する前に解決する。それからほどなく、「梶野総理は突如、辞意を表明した。理由は持病の心臓病の悪化だった。...あまりの無責任振りに国民が呆れ返る中、この修羅場を乗り越えるための後任総理として、江島副総理に期待が集まった」。
 もっとも、現実には「アベノミクス」総理が在任中の間は、ここまでならないだろうが、東京大地震の到来よりこの種の危機が起きる確率は高いから、現実とフィクションが交わらないとも限らない。

 それはさておき、江島総理は2年後に歳出を3分の1にすることを決断し、そのための具体的措置を作るプロジェクトチームを発足させた。そのチームが準備する政策案が、「オペレーションZ」である。
歳出を3分の1にするために何が必要か。それぞれ歳出の5%程度でしかない防衛費や公共事業費あるいは公務員人件費を削っても、とても追いつかない。「(歳出の3割を占める)社会保障関係費と(歳出の15-16%を占める)地方交付税交付金を、ゼロにするしかない」。これが「オペレーションZ」の核心である。しかし、こんな乱暴な案は国民に支持されないばかりか、野党のみならず、与党の支持さえ得られないだろう。しかし、江島総理は玉砕するがごとく、その実現に向かってプロジェクトチームに発破をかける。
 「日本はもはや絶体絶命の崖っぷちに追い詰められているんです。しかも、助けてくれる人は誰もいないと思った方がいい。すなわち、自力で打開できなければ、待っているのは、破滅のみ。....革命的歳出削減は、絵に描いた餅ではありません。...各自が歳入増と歳出減のために、必死で知恵を絞って戴きたい。さらに、これから私が行う大改革の先兵として命を懸けて欲しい」。

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