「大国」意識を捨てて、身の丈の国と生活を!

著者: 加藤哲郎 かとうてつろう : 一橋大学名誉教授
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2019.2.1(FTP不良で3日にアップ)かと  厚生労働省の「毎月勤労統計調査」に続いて、「賃金構造基本統計」にも不正が見つかりました。国の現況を統計的にあらわす「基幹統計」56の内、四割の23統計が法令通りに調査されていなかった、とわかりました。例えば、「国土交通省の「建設工事統計」では、1事業者が施工高などを「百万円単位」で書くべきところ、「万円単位で記入したため、公表した全体の値が実態よりも大きかった」、新たに判明した「小売物価統計調査」では、大阪府の調査員が実際の調査をせず過去データを提出していた、という具合ですから、お話になりません。「毎月勤労統計調査」や「賃金構造基本統計」は、別に経済学者・統計学者でなくても、労働時間や賃金格差など社会労働問題を扱うさいには、誰でもベーシックなデータとするものです。景気・投資動向や国際比較の分析でも、欠かせないものです。そうした分析や議論の土台となる数字がいい加減で、「アベノミクスの成功」や「3%賃上げ」の根拠が、土台から揺らいでいます。それが安倍首相の時局発言を「忖度」したものであったかどうかはともあれ、問題を隠蔽し、秘かに内部で処理しようとし、あまつさえ過去の基本データを紛失したとする厚生労働省及び安倍政権の対応は、大問題です。統計法違反として、立件すべきです。この虚偽データが、消費増税や「働き方改革」のもととなり、国連やOECD・ILOなどの国際機関に送られていました。恥ずかしいことです。それを承知しながら、また右の東京新聞記事の言う公文書・データ改竄の数々を重ねていながら、安倍晋三首相は、1月23日のダボス会議で、世界の政財界エリートを前に「世界的なデータ・ガバナンス」の必要、国際的なデジタルデータの流通ルール策定を提唱」したのですから、厚顔無恥もきわまれりです。

かと この点からすると、「日本が大国である」という前提そのものを、疑ってかかった方がいいでしょう。国際統計で日本の名目GDPが、1位アメリカ、2位の中国にどんどん引き離されながらも、なお世界3位だというのは、その通りでしょう。しかし一人あたりにすると、名目でもOECDで20位(2017年)、最新IMF統計では25位、購買力平価の実質では30位(2018年10月)です。ちなみに、サッカー・アジアカップの優勝国カタールは、一人あたり名目GDPで日本の1.5倍、アメリカ以上の7位購買力平価なら世界一です。どちらが「ハングリー」かは、AI風の世界の眼からは明らかです。公的教育費の対GDP比較では、ユネスコ統計(2017年)で114番目です。経済的参加度に経済機会、教育達成度、健康と生存、政治的エンパワーメントを加味したダボス会議(世界経済フォーラム)の「男女平等(ジェンダーギャップ)ランキング」でも、114位です。「アベノミクス」の肝である経済成長率で言えば、統計偽造でかさ上げの可能性がありますが、2017年は世界147位アジア25ヵ国中では下から3番目の23位です。少子高齢化がありますから、大きな躍進はありえません。衰退と格差拡大が続きます。発展「途上国」ではありませんが、落日の「衰退国」です。21世紀世界におけるこの客観的位置と、国内の階級・階層構造を前提にした将来像こそが、求められます。かつて日本がGDP第2位、一人あたりでもアメリカを凌駕したバブル経済の時代でさえ、日本は、世界から「経済一流、政治は三流」と揶揄されました。「政治は三流だが、官僚は一流」といわれた時代もありました。その頃、日本の外務省に招かれたアメリカのジョン・ダワー教授は、近隣アジアに「友人を作れなかった経済大国」の中味を、「5つの欠如」としてあげました。①喜びの欠如した富、②真の自由の欠如した平等社会、③創造性の欠如した教育、④真の家庭生活の欠如した家族主義、⑤リーダーシップの欠如した超大国、と特徴づけました。私のブックレット戦後意識の変貌』(1989年)末尾に入っています(J・ダワー「日米関係における恐怖と偏見」『昭和』みすず書房、2010所収)。それから30年、①は富そのものの摩耗で貧困と格差に、②は集団主義的企業社会や年功賃金を言っていたのですが、日本的経営も過去のものとなって、非正規労働が蔓延する自由も平等も欠如した社会に。③のつめこみ教育は変わりませんが、いじめや貧困児童の増大で、教育そのものの危機に、④は家庭も持てない若者の増大、⑤はアメリカ・トランプ政権に頼るだけでいっそう衰退し、いまや国際社会から孤立する「外交五流国」です。核廃絶にも、米中ソ関係にも、能動的影響力を持てないのです。

かと  そうした現実を認めることができない、ノスタルジアの「大国」意識が、安倍内閣を支えています。いまや「官僚も三流」で、官邸ファシスト政権に権力が集中し、景気回復・「大国」再来を夢見る狭隘なナショナリズム、反中・嫌韓排外主義が蔓延しています。冷戦終焉・バブル崩壊の時代よりも深刻な、2世・3世政治家が跋扈する、「経済も政治も三流」の国です。かつて石橋湛山の唱えた戦前「小日本主義」、戦後の竹内好の「アジア主義」、30年前で言えば「河野談話」「村山談話」のような、身の丈に合わせた謙虚な国に、立ち戻ることはできないのでしょうか。私個人は、2018年春に上梓した『731部隊と戦後日本』(花伝社)の延長上で、元731部隊軍医少佐であった長友浪男が、軍歴を隠して旧優生保護法強制不妊手術を担当する厚生省高官になり、北海道副知事に上り詰める問題等を具体的に探求していきますが、若い「想像力」「洞察力」と「創造力」を持った「有機的知識人」(グラムシサイード)の出現を、期待します。昨年11月八王子12月東大での731部隊講演は、どちらもyou tubeに収録されています。30年前の戦後意識の変貌』、昨年末にウェブ公開が解禁になった、中部大学年報『アリーナ』誌第20号(2017年11月)に発表された長大論文「米国共産党日本人部研究序説」(藤井一行教授追悼寄稿)を、そのきっかけとなった、インタビュー「エピローグとなった『序説』への研究序説ーー『スターリン問題研究序説』と70年代後期の思潮」(中部大学年報『アリーナ』第16号、2013)とともに、歴史の記憶と記録として、残しておきます。FTP不良で、更新は3日になりました。2月は体調と執筆の遅れを回復したいので、次回更新は3月1日とさせていただきます。

 

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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