「失敗の本質」

 「失敗の本質―日本軍の組織論的研究」という書籍を御存じの方は、今では、かなりのお年ではないでしょうか。 確か1984年頃に、社会人、中でも、企業や官庁に属する人に人気を博したものです。 
 実は、福島の原発事故に関わって一部で、この書籍を参照される方々がおられるようです。 私も、事故後にこの書籍の内容が浮かび、逐一明らかになって行く人災の様子に嘗ての日本軍の愚行を重ね併せて、第一線で命を的に死力を尽くす原発労働者(上層の幹部・科学者では無く)に、兵糧・弾薬が尽き果て屍を晒す無名の兵隊が重なりました。
 日中戦争からノモンハンでの紛争に亘る日本軍の悪弊は、英米に追い詰められると神がかりの様相を呈して、悪戯に第一線の兵士を死地に追いやる結果になりましたが、そもそも英米等と先端を開いても、戦争の結末に何の見通しも無く、従って、戦略的にも一貫した方針がありませんでした。 個々の戦闘では、敵である英米等が驚嘆するような敢闘精神を見せる日本兵も、集団としての日本軍になると実に愚劣な作戦を実施したのが実情であったようです。
 少し書籍を離れますが、米国に第一撃を加えた真珠湾攻撃にあっても、軍事問題を聊か齧ったと言えども素人である私が疑問に思う程の中途半端な攻撃しかしませんでした。 
 その昔に戦史を読みながら、猫のちょっかい程度の攻撃で、肝心の航空母艦を打ち漏らし、軍港の機能にも最大限の損害を与えずに逃げ帰るのでは、何のために長途ハワイまで遠征したのだろうと考えずにはおられませんでした。 その後に、この時に撃ち漏らした航空艦隊にミッドウエーで大敗を喫したのですから皮肉です。 そのミッドウエーの戦闘にあっても、本書に詳細があるように陸上攻撃か艦隊攻撃かを巡り混乱を極め、爆装の転換を、敵を目前に繰り返す阿保らしさには言葉もありませんでした。
 しかしながら「特攻」の真実には、私も、さすがに魂を揺さぶられ、それが実戦で如何ほどの損害を与えたのかを冷静に振り返ることが出来にくい心理ではありました。
 生き残った零戦の撃墜王であった坂井三郎氏が、敵状も不明のまま、事実上の特攻攻撃を命じられた折に、理不尽な命令に逆らい敵状不明として列機を率い基地に帰還された事実を氏の著書から知ったのも本書を読んだ当時でした。
 一兵卒として実際にフィリピンで銃剣突撃をした亡父からも、第一線の兵士の勇猛果敢さを彼の左脚の銃痕の由来と併せて重い口から聞いたこともありました。 しかしながら、日本軍の上層部の実態は、亡父のような一兵士には知るべくもなかったのですが、その命令が如何に理不尽であったかは、身を持って知ることになったのです。 何しろ、第一線で敵の侵攻を防御する兵に、兵糧の支給が無かったのですから。 
 しかし、この書籍の発行時も今も、大方の日本人は、戦争の結末は「物量の差」によるものであるとしか認識していません。 「物量の差」は当然のこととして存在したのですから、無視して戦争に踏み切った理由を分析するのが後世の我々の務めでありますし、日本軍の戦略の指針が第一線の兵士を死地に追いやった経過についても明らかにして後世の反省に繋げる必要があったのです。
 本書を再び紐解く必要があるようでは、どうやら、我々日本人は、第二次世界大戦後から何の進歩も無かったように思われます。