「尖閣」で注目される中国側2人の発言―日本も交渉を真剣に考える時

著者: 田畑光永 たばたみつなが : ジャーナリスト
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(暴論珍説メモ122)

 中国の「両会」(全人代・全国政協)の季節が終わった。習近平国家主席、李克強首相の時代が始まったが、この「両会」の時期には多くの記者会見が開かれ、時には有名人にいわゆる「ぶる下がり」取材も行われて、メディアは活気づく。
 中国の新体制についてはひとまず措いて、ここでは尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐる対立に関する2人の発言を紹介する。
 1人は軍の総後勤部政治委員の劉源上将。文革中に非業の死を遂げた故劉少奇国家主席の子息で、今年62歳。太子党の重鎮で、習近平国家主席とも近いと言われている(そして失脚した薄熙来元重慶市党委書記とも)。尖閣について、軍は強硬論の中心と見られているが、3月10日、記者団に囲まれた際、この人の口から出たのは、きわめて常識的、かつ穏当な言葉であった。以下は3月11日・香港『星島日報』による・・・
 ――「軍人は常に戦争に備え、命令が下れば、いつでも戦うことは当然である。しかし、国家と人民の利益という大局に立てば、戦争はほかに方法がない場合の方法、最後の方法である」
劉源によれば、中日双方は知恵を働かせて対立を解決すべきであり、「どうしてもだめなら、しばらく先送りして、話し合いを重ね、協調を図るべきだ。人類のもっとも極端で最も暴力的な方式で解決すべきではない」。
 軍部および民間に開戦の呼び声が絶えないことについて、劉源は「戦うという天職以外に、軍人には戦争とはいかなるものかをはっきり説明することがもっと必要だ」と言い、その場の若い記者に向かって「君のような子供は戦争の何たるかを知らない。実際はきわめて残酷で、その代価はきわめて大きいのだ」と諭した。そして、現在の中日間の釣魚島をめぐる膠着状態について、相当程度はメンツの問題であり、「意地の張り合いだ」と決めつけ、「中国と日本の民衆にとって何が最大の利益であるかをはっきりさせ、民衆の平和を守り、人民の安定した暮らしを守ること、これこそが軍人が存在することの最大の意義だ」と述べた。――
 軍隊という組織、それも中国のような国の軍隊においては、強硬論なら多少羽目を外しても、「愛国無罪」ということで、お咎めを免れるだろうが、こういう常識論をあえて唱えるには勇気がいるはずだ。太子党の中でも飛び切りの「太子」だからこそ出来る業、にしても、この発言には敬意を表したい。願わくば、氏が組織内でも堂々と所論を展開されることを。
 もう1人は傅瑩(ふ・えい)前外務次官。今期から全人代の発言人(スポークスマン)に就任し、そのお披露目の場となった3月4日の記者会見での発言である。モンゴル族出身の女性。それも駐英大使という主要国大使を務めた初の女性外交官である。
昨年、日中間の対立が激化する直前の8月末、尖閣諸島の「国による購入」について中国側に説明するために北京に飛んだ、当時の山口壮外務副大臣が話し合った相手が外務次官であったこの人である。山口氏はさらに戴秉国国務委員とも会談して、その結果、国による購入に「中国側の理解を得られた」と判断して、野田内閣は購入に踏み切ったのだが、それがボタンの掛け違いの始まりで、今日の事態につながった。その意味ではこの人は現状をもたらした当事者の1人であると言ってもいい。

 会見は日本の共同通信社の記者の質問から始まる。
 ――問・・中国は海洋強国建設の青写真をどのように描いているのか。日本を含む周辺国家との摩擦をどのように緩和するのか。中国外交はさらに強圧的になるのか?
傅瑩・・(一部省略)あなたは今、中国の対外姿勢を強圧的と言った。最近よくそういうことを耳にする。アメリカやヨーロッパから友人が来ると、すぐ私にこの問題を持ち出す。あなた方がこう言ったのはどういう意味か、ああいうことをしたのはどういう意味か、あなた方はすこし強圧的ではないのか?と。これは日本だけの見方ではない。ほかの国でもそういう心配をし、そういう報道がある。
 あなたが今、この質問をした時に、中国の記者たちが笑ったのに気づいたろうか。中国で聞こえるのは実のところ全く別の、ほとんど反対の意見のはずだ。メディアを含めて非常に多くの中国人は、中国がもっと強硬に出ることを望んでいる。とくに挑発を受けた場合にはより強硬な姿勢に出ることを望んでいる。(外国とは)これだけの差がある。これが現実だ。われわれはこういう状況が存在することを見据えるべきだ。
 政策を言うなら、われわれは以前から、中国は自主独立の平和外交政策を堅持し、一方では自己の主権と権益を断固として守り、他方では地域の平和、世界の平和を積極的に守ることを明らかにしている。この基本的原則の立場は30年間動揺したことはない。しかし、問題が起きた時、領土・主権問題で困難に直面した時に、ある国が挑発的行為に出た場合、われわれはどうすべきか?
 われわれは果断に対応し、問題を正面から処理する。そうすることは地域の平和を守り、地域の平和的秩序を守るための地域に対する重要なシグナルであると考える。(中略)
 あなたが今提起した隣国との争いをどう解決するかという問題だが、中日間の対立の原因ははっきりしており、多くのことが語られて来たから、ここでは繰り返さない。中国は対話と交渉を通じて対立と矛盾を解決することを希望する。中国人は「一つの掌では叩いて音を出せない」と言う。双方がそういう気持ちになる必要がある。もし相手が強硬な行動を選び、共通認識を捨てることを選ぶなら、中国には「来たりて往かざるは非礼なり」という言葉がある。私は共同通信の記者さんは日本の政治家、有識者にこのことを伝えて欲しいと思う。日本の人民、日本の指導者は中国人民の考え方を理解しているのだろうか。釣魚島の歴史事実を理解しているのだろうか。彼らはそれを客観的に直視することができるのだろうか。
 実際、釣魚島の基本的事実は極めてはっきりしている。1つは、1895年の「甲午戦争」(日清戦争)の後、日本は当時の中国の清朝政府から釣魚島を盗み取った。この歴史事実ははっきりしている。日本政府の文書、記録そして日本の学者の書籍にもこれについての記載がある。この情況をありのままに日本の人民に聞いてもらいたいと心から希望する。
 2つには、世界が反ファシズム戦争に勝利した後、「カイロ宣言」「ポツダム宣言」に基づいて、日本は占領していた中国の領土はすべて中国に返さなければならなかった。この歴史事実もはっきりしている。だからわれわれは釣魚島を語るとき、常に「第2次大戦」の勝利の成果を尊重すべしと言うのである。
 3つには、去年、日本政府が島を購入したことは両国が国交を回復した時の共通認識に背いている。その共通認識が存在しなくなったのだから、中国の忍耐の基礎も失われた。中国の海監船が釣魚島海域を巡航するのは必然の結果である。
 あなたの今日の報道を通じて、日本社会にこの情報がありのままに伝わることを希望する。私は人代代表として、日本社会の各方面が中国人民の声に耳を傾けて、過去に何が起こったか、現在、何が起きているかを客観的に見つめるように強く希望する。そうすれば両国は対話の基礎を見つけることが出来る。ありがとう。――
 ここでの領有権についての発言内容はとくに目新しいものはないが、傅瑩発言の基本の論理は、①日本がそれまでの共通認識に背くこと(国による購入)をした。②だから中国側はお返し(周辺での巡航)をしている。③この中国の考え方を日本側は知らないのではないか、だったら知らせてほしい、ということになる。
 これをこじつけと非難するのは簡単だが、彼らは日本政府による「島の国有化」を「棚上げ」という国交回復時の共通認識に背いたものと受け取り、だから自分たちも自国船による島の巡航を始めたという論理なのだから、このまま実力で島を奪い取ろうというわけではなく、日本と同じ立場に立って、対話による解決を求めているということになる。
 したがって、①の点こそが昨夏の山口・傅瑩会談の主要テーマであり、緊張の根源なのであるから、それについてあらためて、日本としては買い上げは島の現状変更でないこと、またその意図を有するものでもないことを説明して、昨年夏以前の状態にもどるための協議をすることは、「領有権問題はない」という日本政府の立場にも抵触しないはずだ。
 とにかく「対話の扉は常に開けてある」と言いながら、「尖閣について話すことはない」という日本政府の態度は、客観的に見て傲岸不遜であると同時に、一面では逆に対話を恐れているのではないかという印象を第三者に与えている。中国の新体制が出来たこの機会に、日本側も積極的に交渉のテーブルにつくべきである。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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