「尖閣」は中国でどう報道されているか -管見中国 (39)-

著者: 田畑光永 たばたみつなが : ジャーナリスト
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 今年4月、東京都の石原知事が「国が守らないなら、東京都が守る」、「なにもしない国の役人らにほえ面をかかせてやる」と、埼玉県の栗原家所有の尖閣諸島に対する東京都の購入計画を明らかにして以来、起こる必要のない波風が日中間に起こっている。
 日本国内では7月7日に野田首相が同諸島を国有化する方針を明らかにしたのに対して、石原知事は「まず東京都が買う」という姿勢を崩さず、価格算定のための調査という形で8月中旬以降に都の調査団を現地に派遣しようとしているのに対して、国は上陸許可を保留する方針と伝えられるなど、東京都と国のメンツ争いのような展開となっている。
しかし、そもそも島の所有者が誰になろうと、それは領有権紛争としての「尖閣問題」にはなんの影響もない末節である。国の領土は持ち主が誰であれ、国が守らなければならないものであり、私有地だから公有地だから、によって一生懸命守ったり、そうでなかったり、などということはありえないからである。
 ところがこの「購入騒動」に対する中国の反応も過敏としか言いようがない。メディアがさも重大事であるかのように騒ぎ立てるばかりか、7月11,12の両日には漁業監視船3隻が同諸島周辺の「領海」内に進入するという実際行動に出てきた。「自国領における正常な公務」というのが表向きの理由であるが、日本国内の騒ぎに触発されての行動であることは明らかである。
 それにしても、同諸島の日本国内における持ち主の変更が日中間の「領土問題」には何の関係もないことは百も承知のはずの中国がなぜこれほどまでに過敏に反応するのだろうか。今度の事だけでなく、今年3月に日本政府が国内の無名の39の小島に命名した際に、その中に尖閣諸島の7島が含まれていたのだが、それにも中国は反発し、みずからも命名するという「対抗措置」に出た。
 こうした中国の反応は何に基づくものか、その背景には何があるのか。目についた中国の報道から、それを探ってみる。

 7月16日『環球時報』 陳鴻斌「釣魚島問題で日本は中国が武力発動する一線に挑戦」・・・この評論は日本の「日中間に領土問題はない」との主張に反駁し、この問題では「田中・周恩来黙約」があったとする中国の主張の核を説明している。
 「・・・1972年に田中首相が国交正常化交渉の中でこの問題を取り上げた際、当時の周恩来首相ははっきりと、この問題を討論すれば国交正常化は実現できない、と述べた。この時、両国の指導者はこの問題を棚上げするという黙約を結んだのだ。現在、日本国内で多くの人がこれを否定しようとしているが、無駄な努力である。なぜなら当時、田中首相は周総理の態度表明にいかなる異議も唱えなかったからだ。また鄧小平が1978年 に訪日した際にもこの問題の棚上げを述べたが、日本政府はやはり反対の意思表示をしなかった。したがって、日本政府が一貫してこの問題で『領土問題は存在しない』と言っているのは、完全に自らをも人をも欺き、事実を無視するものである。・・・」
 当時の田中・周両首脳のやりとりについて、日本側が公表した会談記録によれば、周首相は「尖閣諸島問題については今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない」としか言わずに、話題を転じたことになっていて、「この問題を討論すれば国交正常化は実現できない」というくだりはない。中国側は記録を公表していないので、真相は分からない。
 そしてここから両国の主張の分岐が始まる。中国側はここで「棚上げ」という黙約(中国語では「黙契」)が出来た、とするのに対して、日本側は周首相が討論を避けたのだから、中国側は日本の実効支配を認めたのだ、とする。したがって「領土問題は存在しない」ということになる。一方、中国側は「棚上げ」の中身について、文字通り「棚に上げて一指も触れない」という意味にとる。われわれから見て、なぜ問題視するのか分からない小島に命名したり、持ち主が変わることにまで、過敏に反応するのは、それが「棚上げ」に反すると受け取るからであろう。

 その背景として、中国の目にはこのところ日本は中国の神経を逆なでするようなことばかりしていると映っているようである。
 5月11日『人民日報』(海外版)「日本は最近、なにを騒いでいるのか」(張紅記者)…この記事は日本政府の最近の行動を中国に敵対するものと見る。
 「このところ日本は大騒ぎだ。微妙な時期に海上自衛隊の訓練艦をフィリピンに派遣し、日本と太平洋島嶼国との第6回首脳会議には強引に米国代表を招いて、3年間に5億ドルという援助を約束したり、さらに言わずもがなの事だが、釣魚島を『買う』とわめいたり、沖ノ鳥島を大陸棚の起点にしたり、などなど。相次ぐ騒ぎの背後には何があるのか?
 …訓練艦の派遣は米比同盟への支持を表明し、合わせて日比両国が海洋主権問題で同盟を結ぼうとするものだ。
 …太平洋島嶼国への5億ドルのODA供与について、野田佳彦はいかなる国家に敵対するものではないと繰り返しているが、日本のメディアは今度の首脳会議を『中国を牽制する』目的なのは明白だと指摘している。
 …島嶼国首脳会議にせよ、南シナ海における活動にせよ、日本の活躍ぶりは中国要素と切り離せない。近年来、中国経済は高速かつ持続的に発展しており、08年の世界的金融危機発生後、中国の国際社会での影響力は日増しに強まっている。日本は、と言えば、世界第二の経済大国の椅子を失い、さらに大規模な災害を受けて、目下、経済の歩みは困難が大きい。このギャップに日本は慌てふためいているのだ。常任理事国入りの夢想の背後には実は変わることのない大国への夢があり、アジアへの影響力を中国と争うのは治しようがない日本の心の病いなのである」
 これを読むと、強がりを言いながら中国もじつは日本の行動に神経をとがらせていることが分かる。

 さて尖閣諸島をめぐる対立がエスカレートしたらどうなるのか。中国の『環球時報』と台湾の『中国時報』が7月中旬に行った電話による共同世論調査では、尖閣諸島防衛のために「軍事手段の採用」を支持するという答えが中国では90.8%に達したという記事が7月20日の日本の各紙に掲載されたが、じつは「日本と一戦を」という声は今や珍しくないのだ。
 香港ベースの『多維新聞』というにユースサイトへの投稿を1つ紹介する。筆者は銘軒、タイトルは「中国は台頭の途上で日本と一戦する要あり」(6月6日)
 「中国が台頭するのを最も不愉快に感じているのは、アメリカでも、ベトナムやフィリピンの輩でもなく、それは海を隔てて相望む日本である。もし中国が東アジアで戦争を発動して、最終的にこの地域で押しも押されもしない強国の地位を確立しなければならないのであれば、中国は日本を開戦の対象に選ぶ可能性が非常に高い。…
 中国が日本と開戦する理由は、領土紛争、歴史感情に拘泥するからではなく、中国はこの戦争をしなければならないからである。中国が日本を打つのは、日本の領土を占領するためではなく、何かわだかまった復讐のためでもなく、戦争を通して、自己を見失い狂った状態にある日本を覚醒させることが必要だからだ。日本を現実離れした反中国の夢から目覚めさせてこそ、中日間の恒久平和を真に実現できるのだ。
 日本という国は一貫して強者を崇め尊び弱者をいじめ侮る『現実派』であった。歴史的に見て、軍事的に日本を徹底的に打ち負かしてこそ、その傲慢で無知な態度を改めさせることができるのだ。
 1300年以上前の唐王朝時代、中国軍は朝鮮の白村江で日本の朝鮮侵略軍を全滅させた。これは中日両国の歴史上初めての戦争であり、倭の勢力は朝鮮半島から退出し、その中国侵入の野心もこれに伴い消失した。朝鮮での惨敗により、当時の日本が全く中国の相手ではなかったことが証明された。そこで日本は続けざまに『遣唐使』を中国に送って中国の天子に至極丁重に接し、中国の文化と工芸を学び、これにより日本を改造した。
 近代の日本は欧米の艦隊と大砲の攻撃を受けて彼らの強大さを認識し、明治維新後の日本は『脱亜入欧』を開始し欧米に学んだ。第二次大戦においてはアメリカの軍事上、経済上の圧倒的優勢が、日本を打ち破った重要な鍵であり、米軍による占領後に日本はアメリカ文化を全面的に学び始めた。今日に至るまで、日本の外交内政はただアメリカに従うのみである。…
 中華民族の頑強な抵抗精神が抗日戦争に勝利した主な原因であるが、日本には自分達が中国に負けたという自覚がない。日本は彼らが本当に負けたのはアメリカだと思っている。したがってたとえ中国が第二次大戦の戦勝国であっても、日本はそれを口先だけでなく心から承服するということがなかった。そのうえ、第二次大戦後、日本が急速に台頭したのに対し、中国は十年の動乱に陥ったことで、明治維新以来の日本の中華民族に対する優越感は未だに衰えていない。したがって、中国には日本に対し戦争を起こし、自己の力で日本を徹底的に敗北させる必要があるのだ。…
 日本の中国感情の根は近代日本民族の心の中にあり、日本の思い上がった増長ぶりを中国はしっかりと叩き、彼らを対中優越感から目を覚まさせる必要がある。たとえ中国が戦いに負けたとしても、どうせ日本に占領されるくらいのものだが、勝てば100年間は中日間に戦争はないと保証できる。
 実際のところ、80%から90%の日本の庶民は非常に友好的である。彼らは政治にはあまり関心がなく、生活の細かい美の実現に余念がない。この点に日本文化における細やかな美しさが見て取れる。多くの日本人は臆病で事なかれ主義の態度をとり、いざこざを起こしたくない。しかしながら日本の普通の民衆は右翼分子の扇動にたやすく乗せられやすい。日本の右翼分子は極めて少なく、石原に集まった募金は現在のところやっと10億円(8,000万元に満たない)である。仮にこれが中国だったら、民衆は短期間で問題なく1,000億元は寄付するはずだ。これも右翼を本当に支持する日本の民衆が少ないことをまさに説明している」

 一貫して強者を崇め尊び、弱者をいじめ侮る・・・こう言われるのは、はなはだ心地よくない。
 しかし、島民数千人が武力で追い出され、ロシア(当時ソ連)に占領されたままの北方4島については、かの石原都知事は何も言わない。韓国に抑えられている竹島にも何も言わない。わずかに優位に立つ尖閣となると目の色を変えて強硬論をぶつ。これでは「強きを恐れ、弱きを侮る」と見られても仕方がないかもしれない。
 それにしても領土問題は危険だ。中国にも日本に負けず劣らずの主戦派がいる。今の日中両国政府は冷静な多数より、少数ながら音量の大きい強硬派を敵に回すのを恐れて、ついそれにおもねる態度を積み重ねている。
 それは両国政府の統治能力がそれだけ虚弱であることの証明だが、無策のまま対立をエスカレートさせることは許されない。もはや「棚上げ」とか、「領土問題はない」とかの逃げ口上は捨てて、あの島々をテーブルに乗せて、正面から向き合うべきだ。そして双方は堂々と自国民に相手の言い分を十分周知させる努力をするべきだ。それを逃げていては、対立をクールダウンさせることはできない。国民は必ずしも強硬論を聞きたがってはいないのだ。本当のところを知りたい人間が多数のはずだ。
 鄧小平が「後世の人間の方が賢いだろうから、彼らに任せよう」と言ってから34年。「後世」の人間どもはますますいきり立っている。さすがの鄧小平もこの点は判断を誤ったのか。妥協こそ人間の知恵のはずなのだが、今のところだれもそれを口にしない。折角の知恵を使わないことこそが愚かである。両国政府は賢いところを見せてほしい。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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〔eye2006:120727〕