二人の日本人が「イスラム国(IS)」の人質になり、残酷に殺害された事件。日本政府の対応について、安倍政権が作った検証委員会は5月21日に「政府の判断や措置に、人質救出の可能性を損ねるような誤りがあったとはいえない」と結論した検証報告書を発表した。わたしはその直後、本欄で「安倍首相のエジプト・イスラエル訪問そのものが要因」―「目をつぶった検証委報告」との見出しで「初めから政府支持の結論が決まっているような人選で固める委員会や審議会を作り、その報告書を政策ゴリ押しの武器にする、安倍政権の手法をまた裏書きした内容だ」と批判した。
今週、第三書館から、綿密に事実と報道を付きあわせ、政府の対応とそれを検証した検証委員会報告書を批判した冊子「後藤さんは政府に見殺しにされた」(800円)が刊行された。岩波書店も先月末、朝日新聞取材班による「検証『イスラム国』人質事件」を出版しているが、いずれもISによる湯川遥菜氏、後藤健二氏の人質・殺害事件と日本政府の対応の真相に迫る内容だ。ここでは、第三書館の冊子のごく一部を紹介したい。
筆者は黒木英充、西谷文和、板垣雄三の3氏。黒木さんは東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授。中東地域研究が専門で、同研究所がシリアの隣国レバノンのベイルートに作った研究拠点に毎月通っている、シリアに最も近い研究者と言える。西谷さんはフリー・ジャーナリスト。「イラクの子どもを救う会」代表で、中東とアフガニスタンの取材リポートが豊富。板垣さんは東京大学名誉教授。いうまでもなく、イスラム研究の最高峰として尊敬されている人。
黒木氏は「『テロに屈しなかったから適切だった』だけでいいのか」題して(1)はじめに(2)これは「検証報告書」か?(3)新事実の提示はあったか(4)書かれていない重要な事実は?(5)事実関係への疑義(6)おわりに・自己の客観化をーの各章。政府が「テロに屈しない」とのスローガンを呪文のように唱えたことは、「イスラム国」と交渉しないことなのか?交渉しなければ「イスラム国」が人質殺害におよぶのは容易に予想できた以上、「テロに屈しない」ことと「人命第一」で真に人質解放を目指した「働きかけ」とは両立できたのか?と問う。そして、交渉によってフランス、スペインなど9か国15人とトルコ49人の人質がISから解放された事実と対比する。
西谷氏は(1)8月の行方不明発覚から12月3日までの対応(2)12月3日から1月20日の動画公開までの間の対応(3)1月20日の動画公開後の対応―に分け、事実関係と政府の対応を詳細に追跡している。その中で西谷氏は、政府がヨルダンの首都アンマンの日本大使館内に現地対策本部を設置し、情報収集と交渉の可能性をヨルダン政府に依存していたことを、次のように批判するが、その通りだと思うー
「確かにアンマンに在シリア大使館が一時避難していたことは事実である。しかしヨルダンはISIL(=IS)にとって空爆をしている国、つまり敵国である。実際に空爆をするためにISIL支配地域の上空を飛んでいたカサースぺ・パイロットが捕虜になっている。なぜヨルダンだったのか。
通常、人質交換は第3者が行うものではないか?事件はシリア北部、トルコとの国境付近で起こっていて、ISILや自由シリア軍兵士はシリアとトルコを行き来している。またトルコはこの内戦中、アサド政権を打倒するため、反政府勢力を支援しており、ISILが台頭してきた後も有志連合の空爆には加わらず、米軍への基地提供も拒否してきた。さらにトルコは49名の自国の人質をISILから奪還した実績もある。トルコは第3者としての資格があった。
実際にISILがリシャウィ死刑囚と後藤氏の交換場所を指定してきたのは、シリア・トルコ国境であった。ヨルダンはシリアの南側しか国境を接していない。つまりISILはヨルダンの方向、シリア南部を実効支配できていないのであって、人質交換ができる場所もなかった。ヨルダンに対策本部を置き続けたことが、いたずらに時間を浪費し、後藤氏を解放できなかった大きな原因であると考える」
板垣雄三氏は「“邦人殺害テロ事件への対応を検証する”とは?」と題して、政府の検証報告書を、お手盛りの「官僚機構の内部文書だ」とまず批判。「『人命第一』と言いながら冷厳な結果を引き出した政治判断の失敗や、日本国家のインテリジェンスの弱体ぶりについて、客観的に検討、検証しようとするものではない。大所高所から政治の責任を吟味するという、死者にとっても国民にとっても切実に必要な検証作業とは、目的も性格も異なる仕事だ」「『テロに屈しない』『犯人と交渉しない』を呪文化し、その自縄自縛で,みずからの主体的働きかけの能力欠如を正当化する。人質を解放させた他の諸国に事例を参照することはせず、『あらゆるルート・チャンネルを活用して最大限努力』が空文化しているのを恥ともしない」「『この道しかない』『辺野古が唯一の解決策』流の政治の自己解体的な劣化と通じあうものだ」と政府を批判している。
安倍首相の中東訪問について板垣氏は、「カイロでの政策演説(「ISILと闘う周辺諸国に二億ドルを支援する」と表明した)が、拘束下日本人の運命に及ぼす影響を看過するものだったことは否定しようがない」と批判。イスラエルでの記者会見(イスラエル国旗の脇でイスラエル人警備員に守られて行われた)がうっかりミスでなかったことが、「イスラエル滞在中の安倍首相数々の言動で裏付けられてしまった」「安倍首相のこのような中東訪問に乗じて、ISILはイスラム世界における日本イメージを変えさせ、イスラエルはその世界的孤立に手をさしのべる盟邦日本の姿を映像化させた」と指摘している。
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