――八ヶ岳山麓から(378)――
今年秋の中国共産党第20回全国大会を控えて、習近平指導部の退職幹部に対する統制強化が示された。5月15日「新時代の退職幹部の党活動強化に関する意見(以下「意見」)」を党中央弁公庁(日本でいうと内閣官房か)が告示したのである。
「光明日報」など主だった新聞には、「意見」についての中共中央組織部による「解説」が掲載された。日本のメディアも一斉にこれを報じた(2022・05・16)。
その「解説」によると、「退職幹部の党建設工作を強化するのは新時代の党建設、新しい偉大な工程の重要な内容である」「退職幹部党員とその組織は全国党員隊伍と基層党組織の重要な組成部分である。退職幹部が増加するにしたがってそれへの党建設工作の任務も重くなり、要求も高まる」とのことである。いつものこととはいえ、いやにおおげさだ。
中国では一般にデスクワークをする職員を「幹部」というから、「退職幹部」は、上は元中共中央総書記から下は郷村幹部まで含まれる。
ところが、「解説」の中の文言には「近年党員幹部によっては退職後自分の要求をかってに言い触らし、党規律や法律に反する状況が生まれているが、これに対してはもっと厳格に、もっと明確に、もっと具体的な規定と要求をもって対処しなければならない」とある。
中国では、退職幹部がむやみに政府に不満を言ったり、党の政策を批判したりすることはない。私が知っているのは、2010年青海省当局が義務教育学校教育用語を全面的に漢語(中国語)にしようとしたとき、これに反対するチベット人退職幹部が集団で取消要請をしたという事件だけである。
だから、これは退職幹部一般に対する統制強化策ではなく、対象は高級職を歴任した退職者だとわかる。
さらに「解説」を読むと、「(各レベルの党組織は)すべての退職幹部に対して教育指導し管理監督し、援助に関心を持ち……」「退職幹部を政治的に扱い、読むべき文書をさだめ、さらに重要会議に参加するなどの制度を実現する」「『意見』は党の政治建設を強化するため、規律・規則などの面を厳格にし、過去に指導職務に就いたことのある退職幹部が率先してその役割を果たすよう特に強調している」といった文言が出てくる。
ここまで来ると、わたしのように中共中央の動向に疎いものでも、「過去に指導職務に就いたことのある退職幹部」すなわち高級職にあったもののなかに問題の言動があったことがわかる。
中共中央の意向に反したか、あるいはそれを無視した言動は、本ブログで紹介したウクライナ戦争に関する論考だけでも、「プーチンと手を切れ」とした胡偉氏、「プーチンの目的は旧ソ連領域の回復だ」とした馮玉軍氏、「ロシアは貧乏だから負ける」とした元ウクライナ大使の高玉正氏と3人もいる。
だが、前2者は現役の研究者で退職幹部ではない。神田外語大の興梠一郎氏はYouTubeで断定はしていないが、高玉正氏にふれている(2022・05・23)。わたしも高氏らが対象かもしれないと思った。
これを北京ウォッチャーの友人に話したら、高玉生氏は内部の会議で話しただけで、問題の内容を漏らした当人ではないから、別に咎められるすじはない。党中央弁公庁が「意見」を出すきっかけとなった問題の言動とは、朱鎔基元首相の発言に関する報道ではないかという。
それというのは、3月15日付米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の記事である。それによると、習近平総書記が今年秋の第20回党大会で3期目入りを目指していることに対して、朱鎔基元首相ら引退した党幹部から反対意見が出ている。またかれらは、習近平政権が経済政策で国有企業を重視し、(中国恒大集団・アリババなど)民間企業には強い社会的影響力を持たせないよう統制を強めていることに対しても疑問を呈しているというのだ(WSJの記事は、産経・読売などが伝えた。2022・03・18)。
朱鎔基元首相は江沢民総書記時代、鄧小平路線に従って中国経済の市場化をすすめ、「市場化は資本主義だ」という批判に対して「共産党が権力を握っている限り社会主義だ」とやり返した剛直の人である。朱氏が習近平氏の3期目入りに疑問を呈し、国有企業偏重に異議を唱えたとしてもおかしくはない。
「解説」は退職高級幹部に対しても習近平氏への忠誠を要求している。
「退職幹部は習近平総書記を党中央の核心とし、全党の核心の地位を断固として擁護し、中央の権威と集中統一指導を擁護すること、中国の特色ある社会主義の道・理論・制度・文化についての自信をもち、政治意識・対局意識・核心意識・学習意識を高めること」
さらに「解説」が力を入れているのは、退職高級幹部に対する統制の強化である。
すでに今年3月閣僚級や党幹部の配偶者や子どもを対象に、外国株や外国の不動産の直接および間接的な保有を禁じた。海外留学や駐在など正当な理由がない限り、外国金融機関の口座開設も禁止した(WSJ 2022・05・15)。
退職幹部の移動に際しては、原住所と移動先双方の党組織の管理体制を確立せよといい、もともと大学や地方機関の管理職でも、パスポートを公安当局が管理し、出国は自由にできない仕組みになっていたのに、「退職幹部の出国は関係規定にもとづいて厳格に手続きをしなくてはならない」と、さらに縛りをかけた。
「特に指導職務に就いたことのある幹部は厳格に規律を守らなければならない。党中央の政治方針についてむやみに議論したり、政治的なマイナスの言論を広めたり、非法社会組織活動に参加したり、原職の権威あるいは職務を利用して自分や他人のために利益をはかってはならない。各種の誤った思想や享楽主義と贅沢主義に断固反対しなくてはならない」
朱鎔基氏にかぎらず、総書記や首相はもちろん、政治局常務委員などを歴任した長老クラスのなかには、内心習近平思想など中身がないものと考え、習氏が権力集中に邁進する姿を面白く思わない人がいるかもしれない。
これを一口で言えば、退職幹部らの発言に「問題が芽生える兆候があり、大衆に悪い影響があれば、その部門単位の党委員会あるいは老幹部工作機構は、適時規律違反に対して厳重に処理すべきである」ということだ。
21年11月の中共6中全会(中央委員総会)で習近平氏は、かなり無理をして「歴史決議」をやり、みずからを毛沢東・鄧小平と並ぶ地位にもちあげた。秋の中共党第20回大会では、通常は「2期10年」である党総書記の地位を手放すことなく、異例の3期目就任を決めようとするだろう。
党大会が近づくと、さまざまな揣摩憶測が飛び交うのが常である。それもふくめて、高級幹部退職者の発言があちこちにささやかれ、いまや習近平氏にとっては我慢ならないところまで来てしまったのであろう。ここで、うるさい長老らの口を押さえ、いうことを聞かないと「適時規律違反」に問うぞとくぎを刺しておかないと、秋の党大会が思うように運べないというわけだ。
「新時代の退職幹部の党活動強化に関する意見」の告示と「解説」は、そうした習近平氏の意思を反映したものとわたしは思うのである。
(2022・05・24)
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