――八ヶ岳山麓から(430)――
6月2日、人民日報の国際版「環球時報」が国内社会問題を取り上げた。中国でこのところ話題になっている「断親」現象である。
「断親(親族断絶)」とは、一口でいえば若者が肉親を含めた親族間の行き来をやめ、親しい関係を避ける傾向である。たとえば春節や清明節などに親元に帰らない、もちろん親戚の結婚式や葬式にも拘わらないといった傾向である。
これが「90後(ジュウリンホウ・1990年以後出生世代)」に著しいという。なぜかという議論は人によってまちまちだが、「環球時報」が掲載したのは厦門大学社会人類学院副教授常青松氏と同大学の修士課程研究生班興令氏による評論である。環球時報紙編集部は、これが一般的で常識的な見解と見たからであろう。以下にこの評論をとびとびに引く。
「断親」現象の背後にあるもの(抜粋)
常青松・班興令
「断親」の背景には深刻な社会的な根源があり、それは新世代の他人との交流の選択傾向と、人口動態や社会の変容に伴う若者の受動的な受け止めの両方が影響している可能性がある。
第一に、人口の少子化が「断親」現象を生んでいる可能性がある。 第7次国勢調査によると、2020年の中国の出産可能年齢女性の合計特殊出生率は1.3。総人口を一定に保つために必要な水準2.1を大きく下回り、北京や上海などの大都市は全国平均よりさらに低く、合計特殊出生率は1.0を下回る。
昔と比べると、多くの一人っ子が「豊かな」家族体験をしていない。とくに父も母も一人っ子の場合、オジやオバといった存在もない。親族の数が少なく、交流の不足が「親族意識の薄さ」の原因になっている。
第二に、家族構成と家族関係の変化である。 都市化と人口移動を背景に、家族構造の小型化は避けられず、「同棲」「子供のいない共稼ぎ」「単身」など、多くの新しい家族形態が出現している。同時に家族構造の小型化と新しい家族のモデルは、家族関係の「崩壊」を容易にもたらす。
これによる疎外感は、空間的な距離や対面での交流の減少といった客観的な距離だけでなく、親族に対する不慣れ感や不信感といった感情や、それに伴うつきあい意欲の減退も含まれる。また、その過程で家族の集団的利益を重視する伝統的な価値観が次第に個人の自立や幸福を追求する近代的な理念に変っていく。
現代社会では、親族などの一次的関係の重要性や影響力が低下する一方で、友人や同僚などの二次的関係の影響力はますます高まり、「親戚よりも友達」という考え方の若者が多くなり、「断親」現象が顕著になったのである。
また、「親孝行」の理解が新たな意味合いを持つようになり、世代間の違いも生まれている。現代の若者の「親孝行」理解には、自由や自立という概念が含まれているのに対し、一世代前の人の多くは「多子多福」「家系を継ぐ」「老後のために子どもを育てる」といった考え方にとらわれている。
最後に、現代の若者は多くの現代的な社会的圧力に直面しており、たとえば若者の間に生まれた「社交恐惧症」(注)などのネット用語の流行も「断親」を激化する重要な心理的要因の一つになっているかもしれない。
注)ひとの多い場所に行くのを極度に心配したり恐れたりする、また人づきあいを嫌がる症状。
まとめていえば、若者が「断親」するのは必然であり、それは人口構造や家族構造の変容と密接に関係しており、また、現代の若者が直面する多くの圧力に対応するための方法でもある。
若者の「断親」現象は複雑であり、その背後にある社会的根源を理解し、人口・家族政策の設計を改善するとともに、現実的な配慮を重視し肉親の情を若者の「負い目」ではなく「暖かい避難所」にすることが必要である。(引用おわり)
1989年天安門事件当時大学進学率は3%強、20世紀の終りでも10%程度だったが、その後急増して2021年にはほとんど60%近くになり、いまや大卒は(限られた「重点大学(エリート大)」卒を除けば)エリートではなくなった。
ところが国家統計局が5月16日発表した4月の16〜24歳の失業率は20.4%と、2018年1月以降で最高だった。大卒のかなりのものが職探しで難航しているとみられる(日本経済新聞 2023・05・16)。
かつて「蟻族」がいた。北京の「蟻族」は、ほとんどが「80後(パーリンホウ 1980年以後出生世代)」の大卒で半失業者、まともな仕事がなく半地下のような安アパートで7,8人一緒に暮しており、ベッドを交代に使う形でアルバイトをして生活費を稼いでいた。
さらに2021年前後から「躺平(タンピン)族」という若者の集団が話題になった。「躺」は横になるという意味だから「寝そべり族」。とはいえ、かならずしも怠け者ではない。物欲がなく、仕事や結婚、出産を拒否し、「常に横になっている」ようにみえる若者たちのことだ。
金持の出身ではない若者は、社会人になったとしても、不動産バブルによる地価上昇、教育費の異常な高騰で、家を買い子供を持つことは、かなわぬ夢になりつつある。だが、インターネットで不平不満を漏らしたら、捕まってしまう。無力感の中で「俺はやめた」となり、横たわる(興梠一郎神田外語大学教授 週刊エコノミスト2021・07・03)」
常・班両氏がいう「断親族」の生れる必然なるものは、ほぼその通りかもしれない。しかし、あえて触れない側面がある。
重点大卒で親が金持、就職もマンション購入も結婚も思うようになる若者はとにかく、今日の「躺平族」「断親族」のかなりの部分には、「蟻族」に通じる就職難や不安定な生活、それがもたらす負の感情がある。
高校卒も入れた中国の若者の5人に1人は失業者だ。統計に漏れたものを勘定に入れれば4人に1人になるかもしれない。想像するに、小中高と受験戦争を戦い、両親の期待に応えて大学に入学したものの、卒業してみると大卒に見合う仕事がない、今さら親元へおめおめと帰るわけにはいかない、よし帰ったとしても周囲や親戚から生活や仕事、結婚のことなどを尋ねられる。
この圧力に苦しみを感じる若者はかなりいる。だから環球時報という国際報道紙も無視しかねて取り上げたのである。中国若者の「断親」現象は、すべてとは言わないが、つらい現実から逃避する手段のひとつである。今さら親戚を増やすわけにはいかない。そうであれば、肉親の情を「暖い避難所」にするには、とりあえずは貧困・失業からの脱出が必要である。
(2023・06・10)
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