「朝鮮戦争終結」と「完全非核化」のはざまで進むファシズム化

著者: 加藤哲郎 かとうてつろう : 一橋大学名誉教授
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2018.5.15 かと 6月12日に、米国トランプ大統領と北朝鮮金正恩労働党委員長のシンガポール会談が、本決まりになりました。歴史的な会合で、中国の習近平主席韓国の文在寅大統領の列席も、取り沙汰されています。ただし米国側では、軍産学複合体をバックに、CIA出身のポンペオ国務長官や「リビア方式」の核廃棄を主張するネオコン・ボルトン国家安全保障担当補佐官が動いていますし、中東イランイスラエル・パレスチナでは、新たな緊張を高めています。北朝鮮金委員長には、2度目の中国習主席との大連会談など、予測不能な行動がみられ、5ヵ国の報道陣が立ち会う核施設の廃棄についても、これまでの経験から完全な非核化につながるのか不透明との見方もあります。さまざまな情報戦が世界的規模で続いており、具体的な「成果」は予断を許しません。しかし確かなことは、この世界的規模の外交ゲームで、近隣国で唯一日本だけが主体的なプレイヤーになれず、「蚊帳の外」にいることです。 逆にアメリカから主体的参加を要請されたのは、イラン核合意を破棄した対イラン経済制裁への参加、英独仏もロシア・中国も批判しているアメリカ大使館のエルサレム移転アメリカ・イスラエルの一方的イラン核合意破棄への、「圧力一辺倒」が得意な日本の動員です。連休にも中東に行っていた安倍外交の時代錯誤、ここに極まれりということでしょうか。

かとそして、日本での論調が「北朝鮮の完全な非核化」と「拉致問題」に集中しているのに対して、国際社会は、北朝鮮の「体制保証」に関連した「朝鮮戦争の終結」に注目しています。歴史的なタイムスパンでいえば、北朝鮮の拉致問題も核保有も、戦後朝鮮半島の南北分裂と朝鮮戦争・国家対立の流れの所産です。この「朝鮮戦争の終結」に照準すると、1953年の休戦協定当事国である米国・北朝鮮と共に中国の参与は納得できます。当時の協定には李承晩が調印拒否した韓国、背後で金日成・毛沢東を支援したスターリンのロシア(旧ソ連)も、準当事国です。米国の占領からようやく抜けだし、基地を残した米軍への軍需物資供給(朝鮮特需)から経済復興の足がかりをつかみつつあった日本は、その後の経済成長・経済大国化にもかかわらず、もっぱら米国の世界戦略に従属する、東アジアのバイプレーヤー(脇役)に留まりました。

かと現在安倍首相の改憲の焦点である実力組織・自衛隊も、もともと朝鮮戦争の産物でした。国連軍の名で在日米軍が参戦した国内治安の空白、占領統治維持のために日本人による警察予備隊がつくられ、保安隊・自衛隊と大きくなり、制度化してきました。極東米軍の補完部隊として、今日では海外派遣「日報」記録の隠蔽文民統制の形骸化が語られ、隊友会の日本会議協力さえ問題になっています。「軍部」の復活です。朝鮮戦争が生んだ戦後日本社会のゆがみの一つに、731細菌戦部隊の復活と1980年代の薬害エイズ事件があります。1950年、朝鮮戦争が始まった直後に、日本ブラッドバンクという血液銀行が発足しました。発案者は内藤良一、二木秀雄・宮本光一という旧関東軍731部隊の残党、つまり中国人・ロシア人・朝鮮人に国際法違反の人体実験で数千人、細菌爆弾の実験と撒布で数万人の犠牲者を出した秘密部隊の再結集でした。株主に約10人の731部隊関係者、役員に北野政次第二代隊長等を集め、元陸軍軍医学校防疫研究室責任者内藤良一を中心に、米軍傷病兵輸血用の乾燥人血漿を作って、大儲けしました。1964年にミドリ十字となって厚生省御用達の大手血液製剤企業になり、1980年代に非加熱血液製剤で大量のHIV患者を出します。つまり、朝鮮戦争こそが、731部隊復権の契機であったことを、私は前著『「飽食した悪魔」の戦後』及び新著『731部隊と戦後世界』(共に花伝社)で、明らかにしています。新著はまもなく発売で、 アマゾン等で予約できますので、ぜひご笑覧ください。

かと 実は、1951年9月のサンフランシスコ講和条約と同時に調印された日米安保条約地位協定(52年当時は行政協定)締結も、したがって今日の沖縄基地問題も、米ソ冷戦を背景とした朝鮮戦争の勃発を、直接の契機としていました。日本国憲法第9条と日米安保条約・自衛隊という二つの法体系上の矛盾も、朝鮮戦争が終結せず「休戦」状態だったことと、深く結びついていました。6月12日の米朝首脳会談が「朝鮮戦争終結」の第一歩になれば、日米安保条約が前提としてきた国際的枠組が、1989年の冷戦終焉に匹敵する、重大な転換期を迎えます。 いうならばアジアも、ようやく21世紀に入るのです。まともな民主主義の政権・政党なら、「パクスアメリカーナ」の終焉、中国の台頭、そして朝鮮戦争の終結という東アジアの新しい時代に、日本はどう進むべきかの長期の平和構想・政策路線を提示するでしょう。しかしこの国では、安倍内閣が対米従属の軍事化と原発・自動車等20世紀型商品輸出の拡大以外の戦略をもたず、中国・朝鮮への侵略と植民地化の真摯な反省を示すことなく、むしろ20世紀の戦争を正当化するような政策と言説を繰り返してきました。国民の3分の1がそうした内閣を強固に支持し、それに対抗する野党は、分裂したまま対抗軸を示し得ていません。全体として、内向きのファシズム化が進行しています。外国人観光客や留学生は増えていますが、排外主義的言説やヘイトスピーチも横行しています。そして、恐ろしい言論統制が、始まりつつあります。自民党の右翼国会議員が文科省管轄の科学研究費の配分・研究テーマを国会で問題にし、産経新聞社の『正論』は「大学政治偏向ランキング」なる荒唐無稽な「学者狩り」を掲載しました。国会運営の横暴と共に、虚言癖の「裸の王様」の強権政治が続いています。

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
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