一昨日の本欄で来年初めの台湾総統選に立候補を表明した台湾1の富豪経営者、郭台銘氏について紹介した。その際、大陸と台湾の対立のはざまにあって大陸で事業を経営する台湾の経済人はどちらからも睨まれないように細心の注意でノンポリの立場を守るのが定番であるのに、郭氏があえて火中の栗を拾おうとするのは極めて異例であると書いた。
そして、出馬表明のその日に郭氏が道教寺院に参詣し、「台湾の平和と繁栄に努力すべし」という神の「お告げ」を受けた、と述べていることに注目し、それは「神のお告げ」ではなくて、中国の習近平国家主席の郭氏への「お告げ」ではなかろうか、と私の推測をのべた。
勿論、その推測の当否は不明であり、将来も不明のままかもしれないが、しかし、その後、早くも間接的ながら蔡英文現総統と郭氏のあいだでは「選挙戦」が始まり、その中身はまさに台湾対大陸の立場のぶつかり合いそのものなので、お知らせしておきたい。以下は4月22日・香港DW(多維)ニュースによる。
口火を切ったのは蔡英文総統で19日のラジオ・インタビューで、郭氏が「国防は平和に依拠する」と述べていることについて、「本末転倒である」と批判し、「平和は国防に依拠する」とのべて、国防予算を増額することの重要性を強調したという。
この立場の対照性は分かりやすい。大陸側にすれば、「台湾は大陸に逆らわなければ(大陸と平和であれば)、何も危険はない(国防に問題なし)」となる。台湾側にすれば「国防力がなければ、大陸に統一(併合)されてしまう。クワバラクワバラ」ということになる。まさに中台の対立の原点である。
もう1つの論点は「民主」である。5年前の2014年(国民党政権時代)、台湾では「ひまわり運動」といわれる若者の民主化運動があった。その際、郭氏は「民主はメシのかわりには食えない」と言ったといわれる。それに対する蔡総統の反論は「民主がなければ、メシをもらって食うだけになる」だったそうである。
郭氏の考えでは、台湾には2つの大きな問題があり、1つは安全問題、もう1つは経済問題で、民主はそれを解決するための1つの方式に過ぎない。郭氏から見れば、「民進党の民主は戦争と貧窮に突き進むニセ民主」であり、郭氏自身は「平和、富強の台湾を展望する。そのための鍵は両岸問題(中台問題)の処理である」そうである。対立点は「民主は台湾の平和と富強の手段であるのか」、それとも「その2つより重大な民主自身が目的であるのか」、である。
直接の論戦が始まる前に、郭氏のこういう考え方がすでに広く知られているとすれば、台湾の経済人としては、政治的立場をことさらあいまいにする性格の人ではないのだろう。とすれば、今回の総統選出馬には本人の意思も与かって力があったと見るべきかもしれない。
同時に、大陸との関係をよくすることが平和と富強の条件だと公言する郭氏が総統に当選すれば、大陸との「統一」が現実の問題として政治日程にのぼることは必至であろう。これまでの国民党は大陸との融和を掲げながらも「統一」にはなるべく触らないように振舞ってきた。郭氏はそれを振り切ろうとするだろう。台湾はいよいよ最後の選択を迫られることになる。
1946年から49年まで続いた国共内戦で一方的に共産党軍に押しまくられた国民党が台湾に逃げ込んで以来70年、ともかく中華民国の看板を下ろさずにここまでやってこられたのは、当時、共産党軍には軍艦がなく、台湾を攻めようにも手立てがなかったからだ。
一方、南の海南島にはなんとか漁船を集めて、軍隊を上陸させた。そこで国民党軍と実際に戦闘になれば、その勝敗の行方は分からなかったが、国民党軍のほうがさっさと島をあけ渡して、台湾へ逃げたために、海南島は共産党の支配下に入った。
今、中国は海洋強国を大っぴらに打ち出して、海軍を増強している。新造の国産空母2隻が実戦配備されるのもそう遠いことではない。おりから、23日午後には、山東省の青島で習近平国家主席による中国海軍創設70周年を祝う盛大な観閲式が日本の最新護衛艦も参加して行われる。
70年間に台湾海峡はぐんと狭くなった。台湾の運命を決める選挙戦はこれからである。
(190423)
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