◆ 2022.5.1 ロシアによるウクライナ侵略戦争は、国際世論の圧倒的なプーチン批判にもかかわらず、続いています。首都キーウ(キエフ)はウクライナ軍と市民の抵抗で防衛できていますが、東部のハリキウ(ハリコフ)から南部のオデーサ(オデッサ)にいたる海岸線と、2014年以来実効支配を続けるクリミア半島を含む一帯で、戦争は長期化しそうです。モルドバ共和国の沿ドニエステル地方まで「ロシア化」が言われるに及んで、中立国フィンランドとスウェーデンのNATO加盟さえ日程にのぼってきました。1989年東欧革命・冷戦崩壊以来と言うより、1945年第二次世界大戦終結以来の、世界的激動です。
◆ これを4月の更新では、ロシアによるNBC(核Nuckear,生物Biological, 化学Chemical)兵器使用の現実的危険とみなしましたが、今回は、この間コロナ・パンデミックを日本軍731部隊・100部隊の亡霊との関連で述べてきて、連続講演のyou tube 映像でも展開してきた延長上で、ロシアが核兵器と共に実際に使うおそれのある「BC(生物化学)兵器」にしぼって、ウクライナ戦争と日本との関わりを考えてみましょう。トム・マンゴールド=ジェフ・ゴールドバーグ『細菌戦争の世紀』(原書房、2000年)の言葉で言えば、「生物戦の愚かな第一歩は、日本の731部隊から始まった」問題です。
◆ 2020年の年初から、世界は、新型コロナウィルスの脅威にさらされました。20世紀の「スペイン風邪」に匹敵する世界的大流行=パンデミックです。その感染者数が「スペイン風邪」の5億人に匹敵する規模まで広がった2022年春に、世界は新たな災禍、ロシアによるウクライナ侵略戦争に直面しました。もともと人類が共同して対処すべき地球的課題が、各国の安全保障の思惑によって、コロナウィルスへの国別検疫・感染対策が強化され分断されたところに、ロシアのプーチン大統領による新ユーラシア主義的侵略が重なって、国際法も国際連合もまだまだ弱体であることを痛感せざるをません。そのウクライナ戦争では、ロシアによるNBC(核Nuckear,生物Biological, 化学Chemical)兵器の使用準備が、危機を深刻なものにしています。しかもその中で、第二次世界大戦中の関東軍防疫給水部731部隊、軍馬防疫廠100部隊が生物兵器による細菌戦の世界史を拓いたことが、改めて注目されることになりました。
◆ 20世紀に、インフルエンザの正体も分からぬまま、5億人の感染者から4000万人以上の死者を出した「スペイン風邪」の場合とは違って、その百年後の新型コロナウィルスについては、いち早く遺伝子ゲノム解析情報が世界で共有され、mRNAワクチンという最新の「科学的成果」が重症化率・死亡率を低く食い止め、5億人感染段階で死亡者600万人の犠牲にとどめてきました。しかしその同じ「科学的成果」が、核兵器・生物化学兵器開発に応用されて、ジェノサイドとよばれる民間人の大量虐殺を可能にしています。バイオハザード、バイオテロという副産物を産み出しました。
◆ 旧ソ連崩壊時に、冷戦時代の1979年に秘密都市スヴェルドロフスク(現エカテリンブルク)で生物兵器として研究中の炭疸菌が流出して住民に感染させる大きなバイオハザード事故があったことが明るみに出ました。日本のオウム真理教事件ではボツリヌス菌・炭疽菌によるバイオテロが計画されていました。21世紀に入って米国9・11同時多発テロ時に炭疽菌郵送事件がありました。以後、日本医師会のホームページには、生物兵器は①簡単に人から人へ拡散、伝播すること、②高い死亡率であること、③パニックを引き起こし、社会を壊滅させること、④公衆衛生上の対策で、特別な準備を必要とすること、の四つの特徴を持ち、特に炭疽菌による大量同時殺人がありうると記され、「生物兵器は、従来の化学兵器に比べ、より破壊力(殺人力)が大きく、安価であることが特徴である。そして、生物兵器に用いられる生物量は、比較的コントロールしやすく、輸送や散布が容易なのである。1993年の米国政府機関(The United States Congressional Office of Technology Assessment)の報告では、100キログラムの炭疽菌(Bacillus anthracis)を首都ワシントンで空中にばら撒いた場合、13万から300万人の死者がでると推計されている。これは、水素爆弾に匹敵する」と警告しています。
◆ したがって、2020年初めに中国の武漢からコロナウイルスが見つかった時、米国ですぐに始まったのは、これは生物兵器であるのか、それとも研究中に間違って漏らしたものか(バイオハザード)、あるいは個人的に中国政府に対して怨みを持ったものの犯行か(バイオテロ)という、犯人探しでした。私個人は、コウモリなど動物を介しての自然感染と推測していますが、特に武漢ウイルス研究所のバイオセーフティレベル(BSL)管理が注目され、米中両国の情報戦になったのです。
◆ ロシアのプーチン大統領は、ウクライナへの開戦当初から、核兵器の使用を示唆しました。チェルノヴイリ原発事故跡地を占領することによっても、核の現実的使用・放射能拡散への道を拓きました。 世界平和に責任を持つべき国連安全保障理事会常任理事国、核保有国でありながら、個人の生命と人類の生存を公然と脅かす暴挙に、3月2日の国連総会では、「ロシア軍の即時撤退」が140ヵ国以上の賛成で採択されました。
◆ この国連総会決議に対抗するかのように、ロシアは3月11日に国連安全保障理事会に対して「米国がウクライナと生物兵器を開発している」と主張して緊急会合を要請しました。米政府は「ロシアが生物・化学兵器を使う口実を作るために嘘の主張を広めている」と反論しましたが、もう一つの常任理事国中国はロシア側の主張に同調し、米国のウクライナでの生物兵器開発にはバイデン大統領の息子が関与しているとまで報じられて、情報戦の深刻なイシューとなりました。 ロシア軍放射線・化学・生物学保護部隊は、3月10日、「米国の生物学的計画は、1940年代に中国を侵略した旧日本軍の731部隊が行ったことに似ている。その関係者は戦後、米国に逃れて庇護を受けた」と指摘し、中国のメディアはこれを肯定的に報じました(レコード・チャイナ「ロシア『米国がウクライナで731部隊に類似した研究』、中国ネット2022年3月11日、BBC解説「ウクライナは生物兵器を開発している ロシアの主張をファクトチェック」2022年3月15日、共同通信「ロシア、バイデン氏息子関与主張 ウクライナ生物兵器で」2020年4月1日 )。
◆ 2022年4月に、日本政府がウクライナへの支援として化学兵器に対する防護マスクや防護服を提供することを発表すると、ロシア下院のヤロバヤ副議長は「防護マスクの提供こそ、ウクライナ側が化学兵器の使用を計画している証拠だ」として、第二次大戦中に、旧日本軍731部隊が人体実験を行い生物兵器を開発したと訴え、「こうした国の新たな犯罪計画は、平和への脅威となる」とコメントしました(テレビ朝日「化学兵器対応『防護マスク』日本提供に猛反発」2022年4月20日)。
◆ ロシア政府による日本軍731部隊を歴史的事例とした生物兵器をめぐる情報戦には、一つの下敷きがありました。前年2021年8月30日のタス通信は、ロシア連邦保安庁(FSB、旧KGB) が第二次世界大戦時の日本の対ソ細菌兵器使用、細菌兵器製造および試験の基地創設の計画に関する秘密解除保管文書を公開する、と伝えました。9月6日に、ロシアFSB中央文書保管所は「終わりの無い過去」プロジェクトの一環として,「ハバロフスク裁判 歴史的意義と今日の課題」国際学術実務フォーラムで、1949年の日本人戦犯裁判の秘密解除裁判資料を公開することを発表しました。 「押収資料、尋問調書および日本軍兵士、将校軍属の自筆証言は、ソ連国境間近の満州に建設された細菌兵器製造基地の存在、ソ連その他の国に対する細菌兵器使用計画、および生体実験などの実施の事実を証明している。…いわゆるアムール川のニュルンベルク裁判の資料は、ハバロフスク地方迎賓館で開かれる『極東のニュルンベルク裁判 ハバロフスク裁判の歴史資料文献』で初公開される」 といいます(タス通信「FSBは第二次世界大戦時の日本の細菌戦計画の文書を公開」2020年8月30日、毎日新聞「731部隊や関東軍の文書公開 ロシアが歴史問題で日本牽制か」2021年9月10日)。
◆これは、ロシアのプーチン政権が第二次大戦中の日本軍の戦争責任を強調する動きで、8月の旧関東軍細菌兵器開発文書公開に続き、9月には旧ソ連が日本の戦犯を裁いた「ハバロフスク裁判」に関する学術会議を開き、プーチン大統領が歴史の「改ざん」を批判するメッセージを寄せました。このことを、中国人民網「ハバロフスク裁判 現実的意義がますます顕著に」2021年9月13日も、「国際フォーラム『ハバロフスク裁判:歴史の教訓と現代の課題』が、このほどロシア・ハバロフスクで開催された。ロシアのプーチン大統領はフォーラム参加者に書面でメッセージを寄せ、『ハバロフスク裁判は非凡な意義を持つ。歴史の記憶を留め、人道に対する罪を防止するという観点から、フォーラムには特に重要な意義がある』」と報じました。20世紀に「満洲」事変=侵略から「支那事変」=日中戦争、「大東亜戦争」=太平洋戦争とエスカレートしてきた日本には、NBC戦争を語る資格はない、といわんがばかりです。
◆ 1949年末の旧ソ連ハバロフスク裁判では、731部隊と100部隊の人体実験・細菌戦が暴かれ、裁かれました。この国際フォーラムは、ロシアのウクライナ侵攻の半年前で、プーチンなりの新ユーラシア主義的歴史観・「大祖国戦争」観にもとづく戦争実行の予兆だったのです。同時に、こうしたハバロフスク裁判の歴史的事例がウクライナ戦争のさなかにロシア側から持ち出され、中国政府もこれに同調したことに、この世界史の再編期に日本がおかれている立ち位置の難しさがあります。ロシアの「ウクライナ=ネオナチ」というプロパガンダに対して、ドイツやイタリアがNATOの一員としてウクライナを支援し、欧州の国際世論のなかにスムーズに受け入れられるのとは違って、東アジアにおける日本の役割には、平和維持のうえでも核廃絶のうえでも、一筋縄ではゆかない問題があります。国内的には保守派から、日本国憲法の制約が問題だから自衛隊を国防軍にし軍備増強、米国との核共有といった声高な改憲論が強まっていますが、国際的にはそうした言説に敏感に反応し警戒する声が、隣国中韓朝露ばかりでなく、同盟国アメリカやEU諸国、東南アジア、大洋州からも聞こえてきます。731部隊の問題を含め、ナチス・ドイツと組んで「東洋の解放」「大東亜共栄圏」などと近隣諸国・諸民族への侵略を拡げてきた自国の戦争の歴史を、主体的に反省・自己批判することなく70年を費やし、時にはリーダーがプーチンやトランプとファーストネームで呼び合ってきた、重いツケです。
◆ これらの問題については、昨年夏以来、毎月2回のペースで「パンデミックと731部隊の影」の対面講演を続けてきました。多くは下記のyou tubeに入っていますので、クリックしてご笑覧ください。
●東京オリンピック・パラリンピック強行との関係、
https://www.youtube.com/watch?v=01gt8vWDJ1A&t=7s
●映画「スパイの妻」から見たパンデミック、
https://www.youtube.com/watch?v=smgAbMjmfRM
●731部隊・100部隊から「ワクチン村」へ。
https://www.youtube.com/watch?v=cJhMbXRZ7G4&t=3236s
.●「2020年永寿総合病院クラスターから見えた731部隊の影は戦時インドネシアの人体実験につながるーー倉内喜久雄の戦争責任」
.https://www.youtube.com/watch?v=z3Z25-FnLT8
.●NEW「新・1940年体制」ともいうべき国家安全保障、治安・経済政策に従属した日本の感染対策、
https://www.youtube.com/watch?v=3aqXTdIxQmE
●NEW「生き残った感染症村、ワクチン村・優生思想ー厚生省・厚生技官・医療政治と差別の問題」二木秀雄と長友浪男を事例にして、
https://www.youtube.com/watch?v=OKzwQxbwaeY
●NEW「感染症の世界史への日本の遺産ーー京大・戸田正三と東大・安東洪次の戦後責任」
https://www.youtube.com/watch?v=-tfhAW2mi6I
◆ 『戦争と医学』誌22巻(2021年12月)に寄稿した「戦前の防疫政策・優生思想と現代」をアップしました。ゾルゲ事件関係で、『毎日新聞』2月13日学芸欄のインタビューに答えています。日独関係史がらみで、『岩手日報』2月20日の社会面トップ記事、「可児和夫探索」の調査取材に協力しました。可児和夫は、ナチス・ドイツ敗北後に日本に帰国せずベルリン近郊に留まりソ連軍に検挙された医師・ジャーナリストで、もともとナチスの作った東独のザクセンハウゼン強制収容所に、1945−50年収監されていた唯一の日本人で、片山千代のウクライナ「ホロドモール」体験に似た収容所体験記「日本人の体験した25時ーー東独のソ連収容所の地獄の記録」(『文藝春秋』1951年2月)を残した、現代史の貴重な証言者です。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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