『資本論』150年、ロシア革命100年の日本は、「ファシズムの初期症候」に溢れていた!

2017.12.15 かと 年の瀬です。先日、明治大学での現代史研究会で、研究上の大先輩、水田洋さん伊藤誠さんに、久しぶりでお会いしました。2012年に亡くなったイギリスの歴史学者エリック・ホブズボームの遺著『いかに世界を変革するか:マルクスとマルクス主義の200年』(作品社)をめぐってでしたが、95歳で亡くなったホブズボーム浩瀚な歴史書について、1919年生まれの水田さんが亡友エリックの想い出を交えながら話し、1936 年生まれの伊藤誠さんは、戦前日本資本主義論争宇野弘蔵経済学も踏まえて精緻な解説、 お二人ともお元気かつ明晰で、大いに気を強くしました。日本の社会科学・人文科学も世代交代が進み、様変わりしていますが、水田さんや伊藤さんから「市民社会」の歴史的含意やマルクス「資本制生産に先行する諸形態」の今日的意義を聞くのは、久しぶりの知的刺激でした。 中村勝巳さんが報告したように、晩年のホブスボームが21世紀へ架橋できるマルクス主義の遺産と評価していたのがアントニオ・グラムシであったことも、この春に「現代社会科学の一部となったグラムシ」を発表した私としては、我が意を得たりでした。

かと 2017年は、マルクス『資本論』150年ロシア革命100年でした。いくつかの催しはありましたが、出版言論の世界では、さみしいものでした。新自由主義の世界制覇の後、世界の工場はアジアへ拡散し、一国的にもグローバルにも、経済格差の拡大と社会的弱者の生活破壊が進んだにもかかわらず。客観的に見ると、ロシア革命100年ソ連型社会主義・共産主義の負の遺産が、 『資本論』のスケールでの資本主義批判の必要性・切実性の一部を、相殺している様相です。一方でのグローバル資本主義の世界の隅々への浸透と、他方でのナショナリズムポピュリズムの台頭が、インターネット時代の「万国の労働者、団結せよ!」をめぐって、せめぎあっているかたちです。今ではこの「労働者」が多義的で、女性であったり、民族的・宗教的マイノリティ、移民・難民・外国人労働者であったり、高齢者・こども・障害者・無国籍者であったり、はたまた無名の消費者・納税者・市民、ヒバクシャ・環境保護活動家・脱原発運動参加者であったりするのですが。

かと 私のロシア革命100年は、中部大学『アリーナ』誌20号の「ソヴィエトの世紀」特集への寄稿としました。ちょうど2年前の12月25日、私の旧ソ連粛清日本人犠牲者発掘・名誉回復の「同志」であった藤井一行・富山大学名誉教授が、闘病生活の末に、亡くなりました。ご遺族の意向で、ごく近しいご親族・友人にしか知らされず、今でもウィキペディア上では、生前のままです。そこでご遺族と『アリーナ』小島亮編集長の了解を得て、『アリーナ』誌20号に小特集「藤井一行とソ連研究」を組み、書物になっていなかった遺稿を「コミンテルンと日本人粛清」として編纂・発表し、公的な訃報・追悼とすることにしました。旧ソ連崩壊期に発掘した野坂参三夫人野坂龍や、沖縄からアメリカに渡って西海岸の労働運動に加わり、FBIと移民局に弾圧されてソ連に「亡命」した「アメリカ亡命組」らの粛清裁判記録を綿密に検討し、学術的に政治裁判の恣意性・不当性を明らかにした記録です。稲田明子さんの「父・勝野金政と藤井一行先生」、私の「米国共産党日本人部研究序説ーー藤井一行教授遺稿の発表に寄せて」 が、解説と補足の役割を果たしています。藤井教授遺稿も私の「序説」も、一冊の書物になりうる長大な論文ですが、『アリーナ』誌のご厚意で、全文が収録されました。私の「序説」は、この機会に、石垣栄太郎健物貞一鬼頭銀一ジョー小出(鵜飼宣道)・矢野務(豊田令助)・ジャック木元(木元伝一)・宮城与徳野坂参三小林陽之助ら、米国共産党を介して戦前日本の共産主義運動に重要な役割を果たした人々の活動を、系統的に描いてみました。戦後にカール米田ジェームズ小田によって作られた「神話」の解体です。ご関心の向きは、ぜひ『アリーナ』誌で。その副産物は、『北海道新聞』11月7日と『産経新聞』 11月24日に掲載されています。

かと 本年3月早稲田大学を退職するにあたって、20周年を迎えた本サイトに「現代史資料アーカイヴ」を併設する決意を述べましたが、それは果たせませんでした。春に公刊した『「飽食した悪魔」の戦後ーー731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』花伝社)が好評で講演会・旧満州現地調査等が続き、すぐに『アリーナ』誌の藤井教授遺稿編纂と私自身の長文寄稿があって、まとまった時間をとれませんでした。何よりも、アメリカのトランプ政権始動と安倍晋三内閣のモリカケスパコン疑惑、北朝鮮核危機とそれを最大限利用した安倍内閣衆院選大勝があり、徐々に撤退しようとした時局への発言も、続けざるをえませんでした。 私は2017年の日本を、「ファシズムの初期症候」の進展ととらえ、その一つ一つに警鐘をならしてきました。731部隊や戦前米国共産党の日本人を追いかけてきたのも、1930年代後半の日本との類似性を見出し、危惧してきたからです。そこから1940年の「紀元2600年」の国際的孤立幻に終わった東京オリンピック、万国博覧会、国際ペンクラブ大会中止への道は間近でした。藤井教授に限らず、尊敬していた先学・先輩、親しかった同僚・友人、中には年下の友人も含めて、一人また一人と、現世から旅立って行きます。遺された私たちのできることは、20世紀の歴史に学んで、その真実と教訓を、後生に伝えていくことでしょう。マルクス生誕200年、「1968」50周年の来年も、1月20日(土)の第304回現代史研究会で、「今日もなお徘徊する亡霊たちーー731部隊の戦後史」を講演します(1−5時、明治大学リバティータワー7階1076室)。

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
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