【俳文】札幌便り(13)

著者: 木村洋平 きむらようへい : 翻訳家、作家、アイデア・ライター
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 立派な洋梨を見つけて色も形も申し分なく、見ようによっては少しいびつなのもおかしとて家に持ち帰り切るけれども、じゃりと言うばかりで味の淡泊なること甚だし。

洋梨の切るまで味のわからなさ

  同じように、はと麦茶もいい加減に選んで買ったからかこのあいだのはと麦茶(メーカーがちがった)のように豊かな香りが満ちてこない。かたや檸檬をしぼっただけの水が驚くほど美味しい。

霜降やあたりはずれのはと麦茶
ひとり居に檸檬の水のうれしさや

飲み物つづきだが、喫茶店ではココアを頼む。

口つけて雪の音の止むココアかな

円山公園でいつも見上げる白樺も日に日に葉を落として簡素な身なりになりゆく。

白樺の葉の幾ばくぞ今朝の冬
マフラーを日除けに小春日和かな

そんな散歩も幾日か、11月の半ば頃、まだ秋の東京へ帰る。

なにげなく南天の実をゆきすぎる

  あの赤い実は南天の実と美しい名前がついているが、垣根にありふれてついつい目にも留めずに通り過ぎてしまう。それでも、あとから思い返せばありありと浮かぶ、近所の一街路である。

人波のここに愉しや日記買う 中村汀女

  歳時記に見つけた句。なんとも愉しげな雰囲気が漂う。好感をもった。どことなく優雅でさえある。東急ハンズの文具コーナーはダイアリーにあふれて、選ぶのも、人波さえも楽しい。折よく汀女の句が光景にぴたりとはまった。

真っ白の頁も多し古日記

  「古日記」「日記買う」は同じ項目にある冬の季題だが、趣向を変えて詠んでみた。江戸の俳人さながら、「いや、世間のひとは細かく予定を書き込むのかもしれないが、わたしは閑人でね……」といった見栄。ただ、本当に白いことには一抹のさみしさも。

東京の人になりけり着ぶくれて
小雪やポケットに手を入れる頃

 札幌では、厚いコートを使うので、中は重ね着をあまりしない。建物のなかに入ると、暖房が十分に効いているからでもある。東京へ来て二週間ほどで着ぶくれる文化に染まり直した。ところで、札幌の紅葉は七竈(ななかまど)や白樺が目を引くが、東京はやはり銀杏並木が「紅葉」を代表している……ように私には思える。

なんとなくちょっとさみしい銀杏散る
黄落の積もり積もりてミルフィーユ

  友人からドイツ土産の珈琲をもらった。粉だが、ずいぶん細かく挽いてある。酸味は強く、香りが立ってフルーティーだ。もらいものはいっそう美味しく感じる。

ありがたやドイツコーヒー冬の月

初出:ブログ【珈琲ブレイク】http://idea-writer.blogspot.jp/2013/09/blog-post_27.html より許可を得て転載。

記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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