【俳文】札幌便り(7)

著者: 木村洋平 きむらようへい : 翻訳家、作家、アイデア・ライター
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雪解けの松葉の先の雫かな

円山公園はいまだに腰まで雪があった。四月の初め。帰り道では、

凍て山の向こうにありぬ春夕焼

稜線のうえには春の夕焼けが穏やかに、その下は薄暗く、白雪と枯れ木の厳しい表情を湛えた山。

凍てゆるみキウイフルーツくりぬけり

ちくちくする酸っぱさが、抜けきれない冬のなかの早春を思わせる。今年の四月は、東京への帰省がある。

あてもなき旅にしあれば朝寝かな

帰省もまた長旅のよう。長旅ならば、朝寝のひとつも、と、くちずさみ、飛行機のチケットを取る。

清明や季節を越えて東京へ

海を越え、季節を越える。札幌は、ふた月遅れで春が来ると、道民から聞いた。東京行きは、ふた月分の時間を進めるだろう。はたして、東京へ着けば、桜もすでにだいぶ散ったあと。

知らぬ間に花も散りしな里帰り

さっそく、家の周りを散歩する。

熊ん蜂どこゆく橋の右左
芝桜われよりほかに花知らず
空き家や主なくして花水木
小手毬や姪っ子の頬つつく指

暖かい春の保育園も通りかかった。子供たちは外で遊ぶ。

子に配る風船売りになりたしや

晴れやかな日が続く。曇りがちの北海道とは、だいぶ異なる。お釈迦様の誕生日も迎えた。

恋人と指の触れ合う花祭り

艶のある句も、たまには良かれと。

四月の後半には、また札幌へ戻ってきた。車窓から見る野原に田畑、雪はほとんど解けている。街中も、路肩に積まれた壁のような雪が取り払われていた。

札幌の道幅広し春コート

雪がなくなってみると、札幌はこんなにも道幅が広かったのか、と驚く。

真っ先に開こうとしてクロッカス

ふきのとう、福寿草、クロッカスは北海道の春の先触れ。街路樹の下、小さな花壇に早咲きのクロッカスを見つけて、気持ちがほぐれる。さて、本業の書き物に取りかかろう。そう考えながら、カフェの窓から外を眺める。しかし、いつまでたってもこうして新鮮な気持ちになれるのは、裏を返せば、進歩していない証拠ではないか、などと思わないでもない。

いつまでも新入社員カフェの空

また新しい四月を迎えられたことを幸福と思う。

初出:ブログ【珈琲ブレイク】http://idea-writer.blogspot.jp/2013/04/blog-post_30.html より許可を得て転載。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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