この相手から、人質の生命を救うことができるか -「イスラム国」との戦いは国連中心で⑩

イスラム過激派「イスラム国」が、拘束していた湯川遥菜さんと後藤健二さんの二人を人質として2億ドルの身代金を日本政府に要求、72時間以内に払わなければ二人を殺害する、という脅迫声明を20日に出してから1日が経過した。現在進行中の事態。日本政府はトルコのエルドアン大統領やイラクのスンニ派有力者らを通じて、解放交渉の糸口を開こうとしているようだが、まったく楽観できない。2億ドルを支払えば、日本政府がテロに全面屈服したことになり、仮に10分の1に値切っても、屈したことに違いはない。「イスラム国」にとっては大きな賞金となる。米国政府のように、きっぱりと拒否すれば、人質たちは間違いなく殺される。交渉を引き延ばすことはできるかもしれないが、その間にどうなる相手でもない。湯川さんと後藤さんの命を何としても救いたいが、政府が身代金を支払うことには賛成できない。米国人の人質たちと同じ運命から逃れる方策は見いだせないかもしれないが。
これまで「イスラム国」の残虐性、危険性を書き続けてきた。本連載も十回目。⑨⑩回目には「イスラム国」とどう戦い、どう解体していけるか書こうと考えていたら、パリでの連続虐殺事件があり、今度の事件が発生した。
「イスラム国」が今回の事件を起こしたのは決して偶然ではない。一つは、昨年の後半を通して、残虐事件の続発を生む「場」が急激に形成されてきたということだ。パリの事件直後に書いた⑨では(1)「イスラム国」によるヤジディ教徒や捕虜の集団虐殺、人質にした外国人の斬首の見せびらかし(2)イスラエル軍によるガザの子供、女性を含一般市民1462人の殺害と10万人を超す市民の住宅破壊―を挙げた。次に、何が起こるか。怖い。

▽チャンスを作った安倍首相の中東パフォーマンス
偶然ではないもう一つのことは、安倍首相の軽率な中東パフォーマンス、わざわざ「イスラム国」にチャンスを与えた発言だ。
安倍首相は今回の中東訪問の最初の国エジプトでの演説(17日)で、新たに25億ドルの援助を表明、そのうち2億ドルを『ISIL(「イスラム国」組織の英語呼称)がもたらす脅威を少しでも食い止める』ための対応として、イラクやシリアなど最前線にあたる国や周辺国の難民・避難民支援などに無償資金協力を行う、と発言した。イラクやシリアの巨大な数の悲惨な難民は、「イスラム国」だけが原因ではなく、シリアでは政府軍の攻撃・破壊が生み出した難民が多い。難民支援に無償資金を行うのは当然としても、わざわざ「ISILの脅威」に限って、名前を挙げたため、「イスラム国」が飛びついた。「イスラム国」は二人の人質を取り、仲介者を通じて身代金交渉を関係者とおこなっていたらしいが、二人はメディアや企業などから派遣されたわけではなく、とうてい支払えない。交渉が進むはずはなかったが、カイロでの安倍演説が絶好なチャンスを提供した。その3日もたたないうちに、安倍演説のイスラム国対応の金額を口実にして、それまで内密な交渉で要求していた金額(2千万ドルとも伝えられる)よりはるかに巨額な身代金を、日本政府に要求したのである。安倍首相はあまりにも軽率だった。
この件で政府関係者に「イスラム国の名前をあげたのは、安倍流のパフォーマンスだね。難民支援とだけ言えばいいのに思った」と言ったら、その人は「そもそも、この時期にわざわざ中東まで出かけることはなかった。彼流のパフォーマンスだよ」と答えた。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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