ーー八ヶ岳山麓から(532)ーー
参院選では外交防衛問題は争点にならなかった。そんなものは素通りしてごらんのとおりの結果となった。
ところで、中国軍の軍事演習は今年になって目立って増加した。空母「遼寧」「山東」を東シナ海に展開し、台湾侵攻の実戦を想定し、台湾海峡の中部や南部での海上封鎖の能力や重要な目標に対する精密攻撃能力を見せつけている。
そして航空自衛隊は、6月30日、参院選公示後の7月9日から8月4日まで国内10基地を中心に、米空軍主催の多国間共同演習「レゾリュート・フォース・パシフィック」に初めて参加すると発表した。空自から約3100人・50機が、アメリカ本土から飛来するF35Aステルス戦闘機など数十機が合流する。目的は「実戦環境での効果的な作戦遂行の確認」という。これは素人が見ても中国を仮想敵国とした日米軍事一体化の象徴的演習である。
英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)電子版は20日、米政府が日本の防衛費を巡り、当初主張していた対GDP比3%を上回る3・5%への引き上げを求めたと報じた。また先日、NATO首脳会議は、2035年までに防衛費をGDP比5%に引き上げる新目標で合意した。
またトランプ政権の報道官は、日本を含むアジアの同盟国も欧州と同水準を目指すべきだと発言し圧力をかけてきた。日本の防衛費は2024年度で9.9兆円、実質GDP比約1.8%だった。3.5%といえば19.6兆円になる。10年後とはいえ5%が受け入れ可能とは思えない。
7月12日さらにFTは、米国防総省ナンバー3のコルビー政策担当次官が日本とオーストラリアの国防当局者に対し、台湾有事で米中が軍事衝突した際の役割を明確化するよう伝え、「関与」を求めたと報じた(共同、2025・07・12)。アメリカは台湾有事の対応についてはこれまで「曖昧戦略」を維持してきた。アメリカが「曖昧」なのに日本がどのように「明確化」するのか。
ところで、自民・公明政権は、一方で台湾の現状維持を集団的自衛権の行使容認、敵基地攻撃能力の保有、防衛費の増強、南西諸島の要塞化など、台湾有事を想定し米軍と自衛隊の一体化を進めてきた。だが、中国本土には日本企業がすでに巨額の投資をしている、貿易依存度も高い、在留日本人は17万という。一旦緩急あればどう対応するのか。中国敵視の軍拡を進める理由を自公は国民に説明する義務がある。
立憲民主党の外交防衛政策は枝野幸男氏の代表時代から自民党とほとんど同じである。このためか、台湾問題への対処の仕方を参院選の争点にするべきだったのにそうはしなかった。このままではアメリカによって軍拡が強制され、自衛隊の指揮命令系統が米軍に組み込まれ、ずるずると彼らのアジア戦略に日本の青年の命が巻き込まれることになる。何のための野党だろうか。
共産党、れいわ新選組、社民党は、台湾問題を外交的交渉で解決するべきだ、有事でも参戦してはならないという点では共通である。ならば中国の「武力解放」という戦略の撤回を期待するのであろうが、そのためにどういう対中国外交をやるのか、参院選で説明してほしかった。この方針を貫けば、場合によっては「民主主義の台湾」を見殺しにすることになるが、それでもしかたないなら、いまからでもよいから「局外中立」を宣言してもらいたい。
一方、中国にとってアメリカ市場を失うことは死活問題だから、中国軍の台湾侵攻はあり得ないとする見方がある。これを認めるにしても、サイバー空間や人脈を通じたフェイクニュースの拡散、海警や海上民兵を使った領海侵犯など、中国による武力攻撃に至らない「グレーゾーン事態」にどう対処するかという課題がある。わたしは政党ばかりか、こうした重大な問題に目をつぶったメディアに対しても不満を言いたい。
ところが、中国は日本のおかれた状態をよく見ている。
7月15日環球時報は復旦大学アメリカ研究センター教授の張家棟氏の論評「アメリカの約束を盲信するのは危ない」を掲載した。この論評には「台湾」という語彙はないが、焦点は台湾問題である。
張家棟氏は2つの世界大戦の歴史をふりかえって、「アメリカはしばしば『腰の重い』同盟国であり、戦略的に同盟国に引っ張られ、敵対国に押されなければ動かない粘土の巨人であった。両世界大戦では米国は参戦に手間取り、自国の利益に対する直接的な脅威がない場合の集団安全保障への参加が疑われた」という。
そして、「米国の外交政策決定は常に国益を中心に展開されており、その尺度はしばしば定量可能な経済的利益、軍事的優位、地政学的利益に還元される」 つまり「いわゆる軍事的介入がもはやこれらの利益を生まないと見たとき、あるいはコストが利益を上回ったとき、(アメリカにとっては)戦場からの離脱や放棄が可能性の高い選択肢となる」
たしかに、わたしたちが見てきたところでも、アメリカはベトナムでもアフガニスタンでも突如軍を引き上げてそれまでの同盟者であった現地政権をごみのように捨て、アメリカに協力した人々をあっさり「敵」の手に渡したのであった。さらに張氏は、アメリカがあてにならない理由として、頻繁な選挙と政権交代によって外交政策が変わると指摘する。
われわれも、トランプ2期目はプーチン氏と積極的に交渉しバイデン政権時代のロシアとの敵対的な関係を新たな関係へ転換させようとしたのを見た。もっとも、昨今のニュースでは、トランプ氏はプーチン氏の態度に業を煮やして、50日以内に停戦に同意しないときは(ドイツが費用を負担する形で)ウクライナに地対空ミサイルシステムの「パトリオット」を供与すると発言したが、これもあてにはならない。
ウクライナにとってアメリカの軍事援助の継続は死活問題だからゼレンスキー氏はアメリカに感謝したが、張家棟氏は「ウクライナには政治的戦略的環境が変化すれば、アメリカが支援を撤回する恐れがあることはわかっているであろう」という。
張家棟氏は、皮肉を込めて、日本はアメリカに従うばかりだが、戦場ではしごを外されたらどうするつもりかと問うている。
「今日の世界において、幻のようないわゆる『約束』や同盟に希望を託し、わざわざ間違った戦略を選ぶのは間違いなく先見の明がないやり方だ。歴史的に見れば、米国は世界の反ファシスト陣営に多大な貢献と勝利を収めた瞬間もあれば、ベトナムやアフガニスタンの戦場から恥ずべき撤退をしたこともある。歴史は単純に繰り返すものではないが、常に似たような法則がある。かつて『民主主義の道標』とされた約束や、『盤石』とされた保証も、現実の政治的利害の計算の中で重みが変わるかもしれない」と。
中国に言われたくはないと言いたいが、我が国世論のほとんどの安全保障政策は日米安保一辺倒である。「日本人は優秀な民族だ」とか「日本人ファースト」だとか叫んだ人々も、祖国が実上の従属状態にあることに気が付かない。アメリカからの政治的軍事的独立を語る人々は少数で影響力はほとんどない。日本はどこへ行くのだろう。
初出:「リベラル21」2025.7.22より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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