2018.6.1 6月12日の米国トランプ大統領と北朝鮮金正恩労働党委員長のシンガポール会談は、予備交渉過程で、トランプ大統領の一事中止発表や2度目の南北朝鮮首脳板門店会談など、世界を驚かせるせめぎあいもありましたが、実現しそうです。「蚊帳の外」にいる日本は、トランプのブラフの一時的中止発表を世界で唯一公式に支持を表明する、醜態を演じました。安倍首相の言う「強固な日米同盟」とは、この程度のものです。国会での森友・加計問題追究から逃れるため、大切な会期中にロシアを訪問しました。領土問題など懸案の議論も成果もほとんどなく、何に対する慰労か、昭恵夫人に秋田犬とのモスクワ・スナップをプレゼントするだけに終わりました。その直後に、ロシアの外相は北朝鮮を訪問し 金委員長と会見、南北朝鮮閣僚級会談も再開、北朝鮮ナンバーツーが訪米し、ホワイトハウスでトランプに金委員長親書を渡す急展開です。日本は、「蚊帳の外」から「仲間はずれ」へと、文字通り「一人ぼっち」に。先を読めない日本外交の、歴史的失態です。東西冷戦崩壊以降の、20世紀から21世紀への大きな世界史的転換の方向を読み間違えた、ツケがまわってきました。
外交は、内政の延長上にあります。首相官邸一極集中のもとで、公文書隠蔽から改竄、セクハラ・パワハラまで、権威失墜でふがいないエリート官僚たち、そのトップの大臣たちの国際的にも恥ずかしい暴言の数々。ウソにウソを重ねる首相を追い込めず、党首討論で独演弁明会を許す野党の非力、その間にデータも効果も怪しげな法律が通過する立法府。ようやく同一労働同一賃金に近づいても、国策の原発事故の犠牲者を守ることはできず、沖縄基地の米軍犯罪や首相を守るための公文書改竄は見逃す司法。そして、そうした権力に正面から立ち向かえず、芸能人やスポーツのスキャンダルに多大な時間とエネルギーを費やすマスメディア。ジョージ・オーウェルの「動物牧場」や「1984年」が身近に感じられる、この国の閉塞です。バブル経済がはじけた後の非正規労働者激増、貧困・格差拡大、IT革命・自然エネルギー転換に乗り遅れ、原発やガソリン自動車にこだわり続けての成長失速と「失われた20年」。こちらは、世紀末の政治的転換期に、小選挙区制による二大政党制での政権交代に突破口を見出した、「政治改革」の見通しの甘さのツケでしょう。
20世紀末の世界史的転換を読み違えたツケは、そうした転換と見通しを学術的に提供し、知的遺産を次世代に継承すべき大学においても、顕著にみられます。加計学園獣医学部や日本大学危機管理学部のまやかしもさることながら、文部科学省主導のいわゆる「大学改革」そのものが、大いなる幻影のうえに成り立っていました。冷戦崩壊後の世界を「グローバル化」と捉えたのは、それ自体は間違っていなかったでしょう。けれどもそれを、日米同盟に便乗した「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の成功体験の延長上に想定したことが、ボタンの掛け違いの始まりでした。一方で少子高齢化と大学進学率の高止まりは前提されていましたから、「大学改革」の方向は、大学院増設や社会人入学、実学教育奨励、留学生の大量受入に設定されました。700以上になった国公私立大学を、科学技術と学問のグローバル化で世界の一流大学と競争しうる約30のG大学と、サービス化の進む産業構造変化に対応する労働力供給とローカルな地域貢献に専念するL大学に大きく分けて、それぞれに企業経営をモデルにしたトップダウン型の大学運営・財務を義務づけました。大学設置基準の大綱化、国立大学の法人化、旧帝大等の大学院重点化が制度的受け皿になりましたが、私は、2001年の中央省庁再編による文部科学省成立が大きなインパクトを持ったと考えています。義務教育である初中等教育を中心に国民の基礎的知識・教養底上げを担当してきた文部省と、原子力・宇宙開発・海洋開発など巨額予算で高度な国策研究を担ってきた科学技術庁が合体して、高等教育・研究機関である大学の役割と機能が、科学技術庁主導型に大きく変わったのではないかと思われます。
そのことを、3月末に刊行された信州大学『イノベーション・マネジメント研究』という経営学の専門雑誌(2017年度第13号、2018年3月) に寄稿を求められ、「大学のグローバル化と日本の社会科学」 と題して、発表しました。 「海外から注目される戦前日本の軍産学協同」「日本政府と文部科学省のグローバル化対策ーー忙しすぎる若手研究者」「 世界大学ランキングの陥穽ーー自然科学評価手法の人文社会科学への強制」「留学生30万人計画の内実ーー大多数がアジア人で人文社会科学を学ぶ」「ノーベル賞に幻惑された科学技術政策の軍事化」「社会科学から貢献できる大学史・学問史の見直し」として、もともと「大学の自治」として文部省の干渉・介入を最小限にしてきた大学教育・研究に、日本政府の科学技術基本計画、経産省の成長戦略や財務省の財政政策が入りこみ、研究の世界には、英語教育・研究発表への選別的・重点的予算配分、科学技術庁型の大型プロジェクト研究、競争的外部資金獲得、期限付雇用と短期的業績評価、経営学的手法での大学運営と予算管理等々、科学技術庁型「改革」が推進されました。 それらがことごとく裏目に出て、「2020年までに世界大学ランキングトップ100に10校以上のランクインをめざす」という「第5期科学技術基本計画」閣議決定にまで書き込まれた空想的目標は、大学の荒廃と研究者の過剰負担、基礎科学・哲学・歴史学など長期的視野での研究の衰退など、無残な結果をもたらしつつあることを解析しました。そればかりではありません。ちょうど昨年前著『「飽食した悪魔」の戦後ーー731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』を公刊し、10日前に発売された新著『731部隊と戦後世界ーー隠蔽と覚醒の情報戦』(共に花伝社)をまとめる合間に執筆したものですから、こうした「大学改革」が科学技術の「国策」軍事化と研究者の戦争協力の方向へとシフトしつつあることに、警鐘を鳴らしています。経営学の専門雑誌に書いたもので、一般には入手が難しいですから、ここに「大学のグローバル化と日本の社会科学」 の最終校正原稿をpdf でアップロードします。特に大学・研究機関関係者の方々は、アマゾン等で購入できる 『「飽食した悪魔」の戦後』『731部隊と戦後世界』と合わせて、ぜひご笑覧ください。
初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html
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